漆■呼応
僕とて当然、まだ学生の身だ。義妹の世話役を買って出ても学校へは行かなくてはならない。
他人との親密な関わり合いを面倒に思う僕は、学校内でも大勢でいるかひとりでいるかのどちからで、親しい友人を作る気にはなれなかった。
帰宅してもそれは同じで自室に篭りきって読書や勉強をするのが殆ど。家族とも常に一定の距離を保って接している。だからこそ、父や使用人は義妹の世話役を自ら申し出た僕を不審がったのだ。……勿論、義妹本人も。その反応すらも、僕にとってはとても愉快だったが。
まあ、つまり僕が学校に行っている間は使用人に義妹の世話を任せ、学校が終わると帰宅した僕が世話をする、という事の連続だ。
忙しいといえば忙しいが、退屈極まりない以前までの繰り返しの日々に比べれば、適度な緊張感を与えてくれる今の生活の方が、ずっと楽しかった。
“生活が”というよりも“義妹の心理考察が”だが。
義妹へ食事を運ぶ僕は、そのまま食事の手伝いもした。彼女は不安が拭えないらしく、僕が発する何気ない忠告にも過敏な反応を返した。
朝食時「熱いから気を付けて」と、僕が紅茶の注がれたカップを手渡せば、「わかっているわよ」と義妹は突っけんどんに言いのけてきた。
僕は慣れた手つきで透き通ったスープをスプーンに掬い、義妹の口へと慎重に運ぶ。静かに与えられたスープを飲む義妹の表情は、物言いたげな雰囲気だったが、彼女は黙々と朝食を消化していく。
ふと、僕はこの状況を妙に滑稽に感じた。あれだけ思うままに行動していた義妹が、今では他人の手を借りなければ日常生活さえもままならない。
……一枚上面を剥がしてしまえば、そんなものなのかも知れない。
初めて義妹を見た時から感じていた。おそらく、彼女は“同類”だろうと。“敵”だの“味方”だの関係なく。
少なくとも、今までの退屈な日常からは多少、逸脱できるのではないだろうか。
だからこそ、この“家族ごっこ”も楽しめたのだ。
義妹だけが、この家の中で唯一異端だったのだから。
その彼女がこんな状況になってしまったというのは、皮肉のような気もする。
話したくないのなら、話さなければいい。
聞きたくないのなら、聞かなければいい。
見たくないのなら、見なければいい――。
僕は常にそう思っている。
とりあえず、現状のままならば義妹は勝手なことをせずに、屋敷に引き篭っていてくれるわけか。
嘲笑にも似た苦笑が漏れる。義妹は、なに事かと、僕の方へと顔を向けた。考え事でもしていたのか、彼女は食事中ずっと眉根を寄せていたのだが、僕の苦笑で現実に引き戻されたらしい。
「今のお前となら、上手くやっていけそうだ」
率直すぎる僕の感想は、胸の内より思わずぽろりと口から零れ出した。