表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
純惑―ジュンワク―  作者: 白月
7/11

陸■反応

 使用人の中年女性に髪を結って貰いながら、私はぐるぐると思考を巡らせていた。

 義兄はいったい、いつから感付いていたのだろうか。なに食わぬ顔をして。無関心な空気を纏って……。


 以前ならお気に入りであったはずのボレロを袖に通されるも、目で楽しむ事が出来なくなってしまっては、その価値はボロ布とさして変わりはなかった。

 それまでは“色”として認識していた享楽も、感じられなくなった今では空しいものでしかない。

 今の私の心中を彩るのは、目が見えないという“虚しさ”と“恐怖”だけ。

 ――でも、何故だろう。義兄にならば知られてもいいような気がしている。

 この胸の内を。幼い頃から蓄積してきた、黒くドロドロとした想いを……。


「身支度は済んだ? 朝食を持ってきたけど」

 不意にドアが叩かれたかと思うと耳慣れた声が聞こえ、私の心臓は跳ね上がらんばかりに暴れだした。

「ええ、もう終わりましたよ。後はお任せします」

 背後で使用人が答えると、彼女の気配が遠退いていった。そしてドアが軋む音がし、入れ違いに別の気配が部屋の中へと入てくるのが足音でわかる。

 近くでカタッと音が鳴り、同時に微かな金属や陶器の音が聞こえ、テーブルに朝食を乗せたトレイが置かれたのだと気が付いた。

「ほら、手を貸して」

 言われた通りに差し出すと、ティーカップの持ち手を握らされ、もう片方の手で反対側の縁を支えるように手を添えさせられた。

 紅茶を飲むという行為がこんなにも大変なものだとは、以前ならば気付けなかった。

「熱いから気を付けて」

「……わかっているわよ」

 抑揚のない声で注意を促す義兄に、私は苛立った口調で返した。

 ナイフやフォークが上手く使えなくなった私に、義兄は己の時間を割いて私の口に食事を運んでくれる。


 ――まだ、胸の中がもやもやしている。

 まだ、言葉にするのを躊躇っている。

 そもそもが胸中を曝け出したところで、果たして理解されるのだろうか。受け入れてくれるのだろうか。


 受け流されるかもしれない。

 鼻で笑われるかもしれない。


 幾つもの思いがじわじわと湧いてきて、心を侵食してゆく。

 与えられたスープを飲み干し、それでも喉に引っ掛かったままの言葉達。

 ――その内、窒息するかもしれないわね。

 心の中で自嘲気味に独りごちる。

 どのみち、あのぼんやりとした母には期待できないのだ。

 義父は私の願いをなんでも聞いてくれる。

 この義兄だけが、己の中で唯一異端だったのだから……。


「今のお前となら、上手くやっていけそうだ」


 黙りこくっていた私に、義兄は低く呟いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ