伍■擬態
失明という事実からか、義妹は殆ど自発的な行動をしなくなった。ほぼ全ての物事に対して受身を決め込んだように思える。
あれだけ生き生きとしていた時分の見る影もないほどに。話すことすら受動的なのだ。
彼女が物怖じする所など、今までただの一度も見たことがなかったのに。
そこで僕は医者が言っていた、義妹の受けていた“ストレス”とやらについて、ほんの少しだけ考察してみる事にした。……暇潰し程度だが。
まずは義妹の様子を観察するべく、彼女の世話を買って出た。“以前から別段、親しくもなさそうだったのに?”と、みんな驚いていたけれど、義母だけは「やっと兄妹愛が芽生えたのね」と嬉しそうだった。
そして、それを伝え聞いた義妹もまた吃驚していた。
「なんのつもり?」
不審さと、幾分の動揺を含んだ声音で彼女は僕に疑問を漏らした。
「……別に」
“観察”という言葉を飲み込み、僕は素っ気なく呟いた。さすがに口に出してはまずかろう。
「気味が悪いわ」
ぼそりと毒吐くも、やはり義妹は今までとはどこかが違っている。
「だろうね」
適当に相槌を打ったが、僕は違和感を拭い去る事が出来なかった。
――気持チ悪イ。
素直にそう思った。
そして、同時にひとつの考えが浮かび上がってきた。
“目が見えなくなる”という事は、なにか“見たくないものがあった”からなのではないか、と。
直視したくないものから目を背けた結果が、今の失明に繋がっているのだとしたら……。
「――なにからそんなに目を逸らす?」
考えるよりも先に、僕の口が動いた。
突いて出た言葉は空気を振動させ、静かな二人きりの室内に響く。
それを受けて義妹の細い体がぴくりと反応を示し、僕の推測が的外れでない事を確信付けた。
「なにをそんなに怖がっている?」
次は先ほどよりも明確に。
だが、まだ輪郭だけ。答えがまだ見えていないから。
それでも、義妹がベッドの上で微かに震え出したのが見てとれた。
――はったりはもう充分かな?
少なくとも今のところは。これ以上、収穫はなさそうだ。
僕はゆっくりと義妹に近付き、そっと頭を撫でた。
「今日はもう休むといい」
そう言い残して、彼女の部屋を後にした。
もう少しでなにかが掴めそうな、そんなもどかしい感触だけを残して。
止まってしまった時計はいつ動き出すのだろうと、漠然と思った。