零■胎動
今は無き己のHPにて連載していた作品の改稿版。登場人物の名前を一切出さずに書き上げてみようと試みた実験作でもあります。
折れてしまった人形の首を、無感情に玩ぶ。
静かな室内は、とても空虚で。
幼いこの身ひとつには、あまりに広すぎた。
高い天井は恐怖感を引き起こす。いつしか、私は天井を見上げる事がなくなった。
ぼんやりと虚空を見つめていると不意にドアが開かれ、マーメイドスカートの裾をはためかせた母が空虚な部屋に足を踏み入れてきた。
「まあ、どうしたの? お人形さん、壊れてしまったの?」
絨毯の上に座り込んでいた私の手元に気付いた母は、屈みこんで目線を合わせ痛ましげに言う。
「パパに頼んで、今度また新しく賈ってもらいましょう? もう少し待ってちょうだいね」
私が意識的に壊した事など露知らず、母は次の約束をしてくれた。
「ママ。わたし今度はお人形さんじゃなくて、クマさんがいい」
無邪気な私の声に、母が少女のように小首を傾げた。
「クマさん? ぬいぐるみの?」
「うん! おっきーの、ね!」
私は両手をぐっと頭上に伸ばし、円を描くように下へとおろした。
「はいはい」
母は苦笑を浮かべながら、壊れてしまった人形を片付けた。
――それから二年後、両親が離婚した。