表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

プロローグ

プロローグ

 

『異能行使時の活性化物質についての一考察』


 世の中には異能の力を持つものが存在している。これは誰もが知っている事実であろう。しかし、筆者は異能の力を持つものが、その力を行使する際に、活性化している物質があることを発見した。

 偉大な研究者たちが、長年研究しても発見することができなかった物質を、筆者が発見することができた理由としては、筆者もまた異能の力を持つ者であるからである。筆者の能力は異能者が力を行使する際に周囲で活性化する物質を感知する能力である。

距離がある場合では、その力が行使されたことを感じる程度であるが、異能者を視認できる距離である場合は、その物質を視覚的に認識することも可能だ。

 大気中、体内、異能の力を生み出す物質はどこでも存在する。便宜的にこの物質を、異能の力を生み出す媒体として、古来より魔法を使うためのエネルギーとされてきた、魔力マナと呼ぶことにする。魔力の存在は人々には知れ渡っていないが、この魔力を活性化させ、自在に異能の力を生み出すことができれば、人類にとっても有益なものになるだろう。

 そもそも、異能者に限らず、人々は知らず知らずのうちに魔力を活用しているようである。

もちろん異能と認知されるほどではないが、例えば神に祈る最中に、魔力が活性化していることもあれば、古来より伝わるまじないの言葉を使う際にも、わずかに動きが見られることもある。また一部の優れた運動能力を示すものの中には、運動時に体内の魔力が活性化していることもある。

これらのことから、二つのことが推測できる。

それは、“現段階では異能者といえる水準になくとも、魔力に干渉することはできる人間がいること”と、“異能者とは、現時点でより効率よく魔力に干渉できる人間であるに過ぎないこと”である。

よって、より効率のよい魔力への干渉方法を発見することができれば、異能者と同等の力を発現できる可能性もあるだろう。

 わずか、一年程度の研究であるが、魔力が反応するときにはいくつか法則があるようである。

①言葉によって、反応することがある

②動作によって、反応することがある

③①、②を単独で実行するよりも、両者の組み合わせの方がより反応することがある

④同じ言葉、同じ動作をしたとしても、魔力が反応する大きさは、人によって違う。しかし、視認できるほど効果が現れるかどうかは別にして、どの人間でも反応しないわけではない。

⑤異能の力を本人が自覚していることも重要である


現在のところは、以上である。そもそも異能者が少なく研究対象があまり得られないことろもあるが、より多くの異能者を継続的に観察し、さらに比較検討を加えることで、新しい知見が得られるであろう。その他、未確認の情報も多いことから、随時確認を進めていく必要がある。

                                               エリシス・スティルバード



 エリシス・スティルバードの卒業論文のレジュメを再び読み直し、アクレイア王立大学校の魔道学科 学科長 マルティン・カーウェルは、大きなため息をついた。先週末に提出された、このレジュメを今までに何十回と読み直している。

 エリシスのいう異能の力の存在が確認され、世界中の国がこぞって、研究を開始した。当然、フラン王国のこのアクレイアも例外ではなく、魔法に類推する力を操るにいたる道に関する学科、すなわち魔道学科が作られたのだが、肝心の異能の力については、1世紀以上たったいまでも、まったくといっていいほど、解明されなかった。今となっては魔道学科がやっていることといえば、主に新薬物の研究や、絶滅寸前においつめられている魔獣の研究であり、いわゆる異能の研究は形だけになっていた。本格的に異能の研究をしているものなど、もはやアクレイアにはいないのである。創設時の名残で、魔道学科の基礎教養として、講義がおこなわれているくらいだ。

実際に学科長のカーウェルにしても、薬物の研究で功績を挙げ、学科長の地位に上り詰めた。現在年齢は69歳。教鞭をとるようになった頃は真っ黒だった髪も髭もすっかりと白くなり、顔の皮膚にも深いしわが刻み込まれた。

異例とも言える飛び級の学生として入学してきたエリシスを12の時から指導に当たり、すでに5年。この才能あふれる幼い弟子を世に送り出して、カーウェルとしては引退をするつもりであった。

 そもそも「今まで指導してきた薬学とは異なるテーマにしているのはどういうことか!」と失望した気持ちもある。エリシスは、今まで送り出してきた弟子の中でも飛び切り優秀であったので、なおさらであった。

 しかし、カーウェルにしても、10代のころには、火を操ったり、エネルギーを飛ばしたりとまるで物語に出てくるようないわゆる魔法の研究がしたくてアクレイアに入学をした。しかし一向に進展しない魔法の研究をあきらめ、薬学を専門としたのだが・・・。そのこともあり、彼女のレジュメを読んだときに年甲斐もなく興奮を覚えたのも事実である。もちろんいろいろ突っ込みたいところもあるのだが・・・。

「今の時代に異能の力の研究をすることにどれほどのメリットがあるのだろうか?」

 ポツリとそうつぶやき、すでに冷め切ったコーヒーを飲み干したあと、カーウェルは再び熟考する。

 世の中を見ると、異能の力の解明に国々が動き始めたのと同じ頃、細々研究がはじまった蒸気を使った列車はあっという間に大陸を横断することに成功したし、それどころか、カーウェルのような年寄りには信じがたいことだが、ガソリンなるものを燃料とした自動車とよばれるが大通りを走っているのを見かけることもある。今後もっと科学は進歩していくといわれている。そんな時代に異能の力の解明などと言われても、頭でっかちな他の教授たちは理解しないと思う。

エリシス自身はレジュメ内で「人類にとって有益となるだろう」などと、それっぽく書いてあるが、学生にありがちのごまかしで、その実、本人にとっても何が有益になるのかかなり曖昧であるのだろうと思う。エリシスは優秀(本人は自覚していないが)だが、天才肌であるだけに直感で動いているような部分があるのだ。

薬学に関しての論文を書くのであるならば、エリシスが突飛な研究をはじめようとしても、そういった曖昧な部分をカーウェルがカバーすることにより、無理やりにでも他の教授陣を納得させ、研究を進めさせる自信はあるし、エリシスも結果を残すだろう。しかし、今回のテーマとなると、それっぽいことを付け足したとしても、全員を納得させることは難しいし、本当に結果を出せるのかも、心配なところであった。だからこそカーウェルは悩むのである。

 そもそもエリシス自身が、異能の力を持っていることさえ、カーウェルにとっては寝耳に水であった。

しかしながら、異能の力が確認されて以来、その力を持つものは次々とあらわれた。ちろん、誰もが欲する能力から、いったい何に役立つのかわからない能力まで、すべてを合わせた数なのだが、現在では、1000人に1人程度の割合で存在するともいわれている。国内でも、十数人の異能を持つ人間が正式に確認されている。未確認の異能の人間も合わせると、もっと多いことだろう。そういったことを考えると、エリシスいうところの魔力を認知する能力もありえないとはいえない。何より孫のように可愛がってきたエリシスが嘘を言うような娘でないことはよく知っている。それだけでなく、薬の調合している最中に、彼女が時折、口にする不思議な言葉(「こっちの種の方がピカピカしているから成分が多そうです」など)を思い返すと、それは材料に含まれるエリシスのいうところの魔力を見て判断していたのでないかとも思えて仕方がない。しかも、国内で薬学の第一人者である自分でさえ、時には失敗してしまうような薬の調合でさえ、彼女が正確に調合していることもカーウェルにとっては、エリシスの異能の力を証明するものであると思えてくるのである。もしエリシスの力が本当であるならば、進展を見せなかった異能の研究は飛躍的に進むことになるだろう。それに魔道学科に進学することを考えたものであるならば、一度は「魔法を使えるようになりたい!」などと通常の人よりは強く考えたことがあるはずで、いってみれば、それは魔道学科に係わるものすべての夢であるのだ。そして、エリシスならば輝かしい実績を残すのでないかとも思っている自分がいるのだ。

しかしその一方で、「このまま薬物の研究をしてくれていたら、成功が保障されているようなものなのに」と強く思ってしまうのである。

学科長としては贔屓してしまってはいけないのだが、大して優秀でもなければ(大学校に入学はできているので、それなりに優秀ではあるのだろうが)、愛着もない生徒であるならば、無責任にその研究を進めさせる。そして結果がでていなくても、出ていないなりに論文を仕上げてきていれば、卒業もさせる。しかしエリシスは学生という身分にも係わらず、国内外で高く評価される逸材なのである。文章に幼さは感じるものの『ロトス草を用いた睡眠導入薬』、『ノニリス草とアーリエの果肉を用いた消毒、及び抗炎症薬』の二つの論文は、その道の第一人者でもある自分からみても舌をまくものである。そういった娘であるから、自然と宮廷の目にも留まり、エリシスの才能を伸ばすために使う費用として、アクレイアにも多額の支援が行われているのである。期待が大きい分、たちが悪い・・・。既にエリシス一人の問題ではなく、政治的な力も関係してきているのである。

そんなことを考えながら、机の上においてあった懐中時計をふと見ると、もうすぐ午後1時。先週末から延々と同じような思考を繰り返してきたカーウェルであるが、そろそろ決断のときを迫られていた。エリシスがあと少しでやってくるはずである。

再び大きくため息をついたカーウェルは、しばらく目を閉じ考えていたが、再び明けたときには一つの決意をしていた。というより、昨日のうちに出した結論のまま進めさせようと改めて決意したのである。


コンコン

カーウェルの決意が固まるのを待っていたかのように、研究室のドアが叩かれた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ