第8話 姉妹
今日も少し雨降り。有楽町マリオンは、待ち合わせの人で一杯だった。時間通りに良彦が現れた。
「ごめんね、待った?」
「いいえ、今来たところよ。」
「そう、よかった。チケットが2枚あるんだ。よかったらこの映画を一緒にどうかな?」
そう言うと良彦は、やさしく微笑んだ。ちょっと古いラブロマンスのようだった。映画好きの良彦は、この映画をもう何回となく見たのだそうだ。
「ぜひ加奈子さんに見せたいと思って。」
「ありがとう、楽しみだわ。」
(今頃あなたの奥さんは何をしているかしら。きっとこの雨模様で、お洗濯に四苦八苦しているわ・・そう、姉もきっとそうだったはず・・・)
「かなちゃん・・・かなちゃん?おーい・・?」
「あ、ごめんなさい。」
「どうしたの?ぼんやりして、なんだかおかしいよ。大丈夫?」
「ちょっと考え事。ごめんなさい、さ、行きましょう。」
映画館は思ったよりも空いていた。「飲み物でも買おうか」という良彦に、何も考えずに「いらないわ」と答えた。何も考えずに。冴子の頭の中は今空っぽだった。時々こんな風になる。ふっと深いため息をつく。
上映時間まであと10分くらいあった。その間、良彦が一生懸命に映画談義をしているようだったが、冴子の頭にはほとんど入ってこなかった。相槌だけは打っていた気がする。おしゃべりな男は実はあまり好きではなかった。でもそんな素振りは全く気づかれていない。そんなところも彼女の持って生まれた才能。その才能に時々助けられてきた。
よく姉に言われたものだった。『冴ちゃんは演技派ね。その演技もさりげなく、なんだから。本当は何を考えているのかわからないわね』でもそのおかげで、今まで生きてこられた気がする。
両親を早くに亡くした冴子は、ずっと5歳上の姉、志津子と二人きりで生活してきた。姉が嫁ぐその日まで。なんでも二人で一緒に乗り越えてきた。冴子が辛いとき、いつも姉がそばにいてくれた。『冴ちゃん、冴ちゃんならきっと大丈夫よ、私がついているからね』そういっていつも励ましてくれた。冴子は姉が大好きだった。
志津子が選んだ生涯の伴侶は、とても穏やかでやさしくて、彼女にはぴったりな素敵な男性だった。誰が見ても、とても素敵な人だった。冴子は、大切な姉を、この人になら渡してもいいと思った。妹の冴子のことも、とても大切にしてくれた。本当の妹のようにかわいがってくれた。大好きな志津子が幸せになっていくのを、心から嬉しいと思った。そして自分も、志津子のような幸せな結婚をしたいと、自然に憧れを抱くようになっていた。とても素敵な義兄を尊敬していたし、信頼していたし、彼は冴子にとって憧れの存在でもあった。少なくとも、3年前のあの事件が起こるまでは。