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  作者: 星空
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第13話 最後の嘘

 良彦は恋に敗れた挫折感に打ちひしがれていた。もうこんなに人を愛することはできないと実感しながら、人知れず冷たい涙を流した。自分は加奈子にとって必要のない人間なのか。自分にとって加奈子は絶対に必要な人だ。でも、加奈子の心の苦しみを、自分にはどうすることもできなかった・・無力だった。良彦は思った。せめて、自分だけは加奈子を苦しめてはいけない。大切な大切な彼女をこれ以上苦しめてはいけないのだ。

 めっきり元気をなくした良彦を見ると、妻がよく黙って熱いコーヒーを入れてくれた。大きなマグカップに砂糖もミルクもたっぷり入っていた。そんな時、良彦は、妻の優しさを感じ、我が家の幸せを再確認するのだった。

 今まで、加奈子に付き合って無理して飲んでいたブラックのコーヒーは、ただ苦いだけだった。良彦の中でそれは単なる背伸びだったのだろうか。加奈子への憧れだったのだろうか。少なくとも、憧れの加奈子に近づきたかっただけなのかもしれない。

 妻は『空気のような存在』そして、人は空気がなければ生きられない、そんな感覚を、甘くて熱いコーヒーをすすりながら感じるのだった。

 毎日毎日、大きな変化のない生活。でもその変化のない生活の中に、穏やかな安定感のある幸せがある。それが、ある時見えなくなる。そしてある時急に見えてくる。


 『加奈子』になって早7ヶ月、良彦のやさしさと深い愛に触れ、冴子は少しずつ自分自身が覚醒していくのがわかった。好きになるという薄っぺらな愛情は、もはや感じられなくなっていた冴子に対して、良彦は『兄』のような愛を注いでくれた。(もしかしたら良彦を愛しているのかもしれない。)

 

 (しーちゃん、これでいいよね・・これで)心の中の志津子は、(冴ちゃん、大丈夫、あなたなら大丈夫よ)と言ってくれている気がした。


 暑い夏が過ぎ、少しずつ秋風が吹き始めていた。一年で一番さわやかな季節。良彦からのメールは、それでもまだ届いていた。土日を除いて毎日届いていたメールが、今では3日に一度に減っていた。冴子も一週間に一度は返信していた。いつも、申し訳ない〜という内容だった。そしてそれは冴子の本心だった。

 

 10月の、ある日の夕方。あえて金曜日を選んだ。

『今パソコンにメールを送りました。後で見てください。』と最後の携帯メールを送った。良彦のパソコンには、あらかじめ次のような内容のメールを送っておいた。『今まで本当にありがとう。もうこれ以上はお付き合いできません。ごめんなさい。良彦さんには感謝をしています。でも、もう限界です。本当にごめんなさい。許してなんて言えないよね・・・。』

 しばらくたってメールが届いた。『これ以上、加奈子さんを苦しめることはできません。だから、もうメールはしません。でも、僕はあなたを忘れることはできないと思います。いつまでも元気でがんばってくださいね!』どこまでも優しい人だった。冴子は心で泣いた。

 

 夜中に最後のメールを送った。これでやっと心も体も開放される。


『身勝手な私を、許してください・・・なんていえませんよね・・

本当は黙っていようと思ったのですが、やはり本当の理由を伝えるのがあなたへの誠実な態度だと考えました。


8月のある日、こんなことがありました。


とても親しい友人のお嬢さんが病気になりました。その友人は、私にとってはとても大切な人で。お嬢さんは中学3年生です。彼女は神経の病気になってしまいました。友人も一歩手前のような状態で、何とか耐えているという状態。突然、ある夜、泣きながら私の家に訪ねてきました。どうしてそんな病気になったかというと・・

その理由は、ご主人の不倫がお嬢さんにわかってしまったからでした。思春期でとても多感な時期に、友人は本当に辛そうでした。いろいろと辛い気持ちを打ち明けられました。ご主人の浮気はもう10年も前からだったのだそうです。裏切られた思い、悔しい思い・・・いろんないろんな複雑な気持ちを私にぶつけてきます。私は聞いてあげることしかできません。本当にかわいそうになりました。私の目の前で泣き崩れる彼女がかわいそうで仕方がありません。


友人の話を聞くたびに、私は自分が許せなくなっていきました。自分の中で、もう自分を責める気持ちが限界に来てしまいました。

あなたとあなたを信頼している奥さんのことを考えると。そして、お子さんのことを考えると・・・


本当にごめんなさい。

今までいろいろありがとうございました。


加奈子』



これが冴子のついた最後の嘘だった。


最後まで読んでいただきましてありがとうございました。

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