第12話 3年前の出来事 その2
びりびりに破られた手紙を読みながら、冴子は震えた。(一体どういうこと?これはどういうことなの?しーちゃん・・・)
姉はもう息をしていなかった。こんなことってあるのだろうか。こんなことがあっていいのだろうか。その手紙を何度も読みながら、冴子は呼吸もできないくらい苦しくなった。そして、体の震えも涙も止まらなくなった。びりびりに破られた手紙は、とても読みにくくて、おまけに震える手と、涙で目がかすんで、なかなか読むことができなかった。でも、何の手紙なのかは、すぐにわかった。
差出人は、義兄の愛人だった。子供ができたので、姉に別れてほしい、というものだった。もう10年も付き合っているらしい。とても丁寧な字で、とてもやさしいことばで書かれていた。何かの間違いであってほしいと冴子は思った。でも、どうやらこれは、間違いであるはずがなかった。義兄についてのことが、あまりにも詳しく書かれていて、それはすべて事実だった。疑う余地などひとつもない文章だった。
玄関のドアが開いた。そこには義兄の姿があった。「お義兄さん・・・どういうこと・・なの・・・?」義兄はその場に座り込んで、頭を抱えた。
程なく救急車が到着し、ぐったりとした姉は、そのままタンカーで運ばれていく。義兄が救急車に同乗し、冴子は後から自分の車で教えられた病院へと向かった。
一体何がどうなっているのか、義兄を問いただすしかないのだが、もう冴子にはそんなパワーも残っていなかった。涙で前がよく見えない。「どうしてーーっ!・・・」ただ冴子は、深い闇に向かって叫んでいた。
愛人から手紙が送られていたことを義兄はすでに知っていた。義兄は優しすぎた。二人の女性の狭間で、どちらも大切にしなければ、という優しい気持ちから、こういうことになったのだ。でもそれは言い訳にしか聞こえない。冴子には、裏切られた思い以外に何も残っていなかった。姉は、義兄への愛情から、彼を理解しようと努力をした。そしてそれと引き換えに、身を引く、というのが正しいのかもしれないのだが、自ら自分の命を絶った。遺書を読んで、姉の気持ちが一緒に死んでしまいそうになるくらいによくわかった。きっと姉は、そんな苦しすぎる気持ちを、妹の冴子に一番わかってもらいたかったのだと思う。
姉には、他に方法が見つからなかったのだろう。他の方法を選ぶことはできなかったのだろう。冴子は自分の無力さを痛感していた。
あのときから冴子は、人を愛することを忘れた。どこかに置き去りにした。そういった感情を自分の中からシャットアウトした。義兄に対する言葉にならない怒りは、すべての男性に向けられ、自然と冴子から笑顔が消えた。
姉は、誰にわかってもらえなくても、冴子にはわかってほしかったと思う。だから、冴子の心は、姉の心そのもの、冴子の心に姉は永久に行き続ける気がした。姉の優しさを、義兄への愛を、辛さと苦しみと姉の流した涙を、全部全部冴子は受け継いだ。あれから3年『姉の分まで生きよう』それが冴子の決意となった。