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  作者: 星空
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第11話 3年前の出来事

 日に日に募る思いを、ストレートに出すべきか迷っていた。こんなに人を好きになったことがあるだろうか。何があっても離れ離れになるのはいやだと思った。誰にも渡したくなかった。こんな気持ちがまだ自分に残っていたということが、良彦にとっては驚きだった。

 加奈子から先にメールが届くことは全くなかった。常に返信メールだった。それでもよかった。自分は既婚者だ。それに、加奈子は美しい。誰よりも美しい。彼女を抱けるということは、世界一の幸せ者なのだから。これ以上に何を望むというのか。

 加奈子が時折見せる悲しい表情は、どこから来るのだろう。すべて話してくれたらいいのに。でも決して彼女は弱さを見せない。華奢な体に、つい守ってあげたくなるのだが、内面はいたって強い人なのだろう。それに比べて、自分はなんて弱い人間なのか、とつい自分を卑下してしまう。

 『加奈子さん』から『加奈ちゃん』そして『加奈子』と呼べるまでになった。それでもまだ不安な気持ちで一杯になる。彼女がどこかに行ってしまうのではないか、という不安感だ。彼女を信じることだ。それしかできない。でも、そんな加奈子だからこそ、いつもいつもマックスで愛することができるのだった。もしも自分のものになってしまっていたら、きっとこんなに新鮮に愛することはできないのかもしれない。そのいい例が、結婚したあとの『妻』に対する気持ちだった。空気のような存在で、もうまるで心がときめいたりしなくなった。愛しているのに変わりはなかった。それでも、出逢ったころとは確実に違っているのだ。

 良彦は、加奈子の前では、いつも程よい緊張感の中で過ごしていた。まるでカンフル剤のように、自分の日々の生活に潤いと刺激を与えてくれている。彼女と出会ってから、良彦を取り巻く世界が不思議ときれいに美しく輝いて見えた。月も星も、空気も風も・・・見るものすべてが美しく感じられた。

 妻や二人の子供に対しても優しくなれた。自分で言うのもおかしいが、人としてのレベルが上がったように感じられた。それだけに、良彦は加奈子に感謝をしていた。

 しかし、そういうと聞こえがよいが、人はそれを『不倫』と呼ぶのだ。人の不幸の上に作り上げられた幸せ。それによって傷つく人がいるということを、人は簡単に忘れてしまう。あるいは、見て見ぬふりをするのだ。


 冴子は、少し良彦に心が動いていた。あまりにも相性がいいので驚いていた。でもルールはルール。所詮彼は『人の夫』決して自分のものにはできない。するつもりも全くない。それどころか、冴子は良彦との関係を、もうそろそろ終わりにするつもりなのだ。あっさりと、別れを告げるのだ。ただでは別れない。深く深く傷ついて、苦しんでいただかなければならない。そして、ぼろぼろになって奥さんのところに帰っていっていただかなくてはいけないのだ。

  

 計画はもうピークに達していた。もう少しだ。自分の中のルールの『ベッド3回』は、もうすでに達成された。それによって、良彦がもう加奈子にぞっこんなのは、はっきりとわかり過ぎるくらいわかっていた。

 

 ある日、冴子はパタッとメールの返信をしなくなった。普通なら、そんなことをしたらすぐに男と女の関係は壊れてしまうだろう。しかし、良彦は違った。相変わらず毎日毎日メールを送り続けた。『加奈子、逢いたい・・』『元気ですか?』『できればメールの返事をください』・・・良彦は決して怒ることはなかった。加奈子のことを信じていた。手放したくなかった。愛してしまっていたのだ。


 一週間後、冴子が返信メールを送った。『急にメールしなくなってごめんなさい・・・。ちょっと考えるところがあります。なかなかメールできません。ごめんなさい、本当にごめんなさい・・』するとすぐに返信が届いた。『嬉しいです、加奈子さんからのメールがやっともらえて。何があったの?聞かせてください。待ちます。ずっとあなたの返事を待っています。・・・』そして、また毎日メールが届く。『元気ですか?』『最近、こんな本を読みました。』『加奈子さんの声が聞きたいな・・。』『できればでいいので、メールをくださいね。』『加奈子さんに逢いたくてたまりません・・。』『メールがもらえないので寂しいです。』・・・

 冴子は再び、一週間後にメールを送る。『ごめんなさい、本当にごめんなさい。どうするべきか、悩んでいます。あなたとはこれ以上お付き合いすることができそうもないので・・。でも、苦しいです。とても苦しいです。本当にごめんなさい。』

『わかりました。待ってます。僕のほうこそ加奈ちゃんの気持ちがわかってあげられなくて、本当にごめんね。』・・・こんなやり取りが続いた。もうそろそろ一ヶ月になる。


 3年前のある日。


「もしもし・・お姉ちゃんでしょ?ね、しーちゃんでしょ?もしもしっ!もしもしっ!・・・」

「ごめんね、冴ちゃん・・でももう私、無理みたい・・」

「何言ってるの?ねえ、しーちゃん、もしもしっ!ね、しーちゃんっ!・・・」

「ごめんね・・・さ・え・・ちゃ・・・ん・・・」

電話の向こうで、姉の静子の声はだんだん小さくなっていった。何がいったいどうなっているのか・・。姉の住むマンションまで、車で約30分はかかる。姉に一体何があったというのか。取るものもとりあえず、冴子は車に乗り込み、姉のマンションに向かった。途中、義兄の携帯に電話を入れた。「お義兄さんっ!大変、しーちゃんが・・・」「何があったんだ!」「こっちが聞きたいわ、お義兄さん、一体何があったのっ?しーちゃんの様子がおかしいのよっ!今どこにいるの?私はしーちゃんのところに向かっているから。・・・」「わかった、俺もすぐに帰るよ、今すぐに。」電話を切ると、冴子は必死で車を走らせた。嫌な予感ばかりがよぎる。(まさか・・・そんなばかなこと・・・)

 

 マンションに着いたときには、志津子はリビングのソファーに倒れていた。そばに受話器と睡眠薬のビンが転がっていた。「いやーーーーっ!どうしてーーー!しーちゃーーんっ!死んじゃダメ、死んだら絶対にダメ!冴子を置いていかないでよーーーっ!・・・」冴子は泣き叫んでいた。すぐに119番に電話をし、救急車を呼んだ。そばに、びりびりに破られたたくさんの紙が落ちていた。どうやら手紙のようだった。そして、テーブルの上には志津子の書いた遺書が残されていた。



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