表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

~グルメ猫・その4~

4.二日目。


 翌朝目が覚めると、俺はまだ猫ボディの中だった。

「おはよう、寝坊助なヒデキ君。もうお昼だよ。今日も良い天気だねっ」

「……なんで、俺はまだ猫なんだ?」

 寝惚けまなこを肉球でこする俺に、ヒト型の俺……ゴローが声をかけてくる。

「いやだなあ、昨日説明したでしょ。さすが猫の脳みそはピンポン玉サイズ。すぐ忘れちゃうんだから。ヒデキ君が猫生活を楽しめるのは、四泊五日。あと四日だよ」

 と、柱時計の下に貼ったカレンダーを指差すゴロー。タイミング良く『ボイーン……』と鳴ったその音色が、俺の記憶を呼び覚ます。

 昨日の衝撃的な猫ライフで精神的ダメージを受けた俺は、現実逃避と眠さのダブルパンチにより、リビングのソファの上で意識を失うように眠り込んだのだ。

「そうか、あと四日か……意外と長ぇな」

「たぶんあっという間だよ。さて今日は二日目だから、目標は『酸味』だねっ。ヒデキ君が寝てる間に、テレビを見てたんだ。食べたい物を見つけたから、今からコンビニに行ってくるよ。大人しくお留守番しててね」

「ああ、わかった。余計なモン買うんじゃねーぞ?」

「余計なモノって? 例えばヒデキ君のベッドに置いてあった雑誌……」

「――いいからとっとと行って来い!」

 ゴローは声を立てて笑うと、俺の頭を一撫でし出かけていった。俺は慌てて寝室へ駆け込む。枕元に置いてあった雑誌(大人用)を咥え、ずりずり引きずってベッドの下へ移動させた。ついでにサイドテーブルに置いたノートパソコンを起動し、中にある恥ずかしいリンク集も消去……はできず、奥の奥へ移動させる。

 当然、猫の手で行うものだから悪戦苦闘。両手でマウスを動かして、肉球で上手にクリック。もしもビデオカメラがあったなら、可愛い子猫ちゃんがエ○サイトを見ているという、オモシロ投稿ビデオが撮れたに違いない。

 思いつく限りの証拠隠滅を終えた俺は、精神的疲労のせいか空腹に見舞われた。リビングに戻り、ツンツンと生える猫草を食べてみた。体内の毛玉を排出するための草だけに、味はしないもののそれなりに良い香りがする。

 しかし、あと四日のうちに万が一アイツがこの手のことに興味を持ったら……もしくは俺に発情期が到来したら……いや、考えないでおこう。恐ろし過ぎる。

「ただいまー」

「おっ、おう、おかえり」

「少しゆっくりしてきてあげたよ。ちゃんと恥ずかしいモノは隠しておいた?」

 全てお見通しのゴローに「ニャフン!」と言わされた俺は、フンフンと鼻を鳴らしながら、いつものカリカリを食べた。

 ゴローはといえば、昼飯に冷やし中華と、なぜかレモンを一つ買ってきた。まずは、嬉々として冷やし中華を平らげる。

「酸味……これはまた、珍妙な……しかし涼やかで後味の良い、素晴らしい味わいだ!」

「いいなぁ、俺冷やし中華大好物なんだよ。一口食べさせてくれよ」

「えー、これを? やめた方がいいと思うなぁ」

「いいからよこせって」

 ゴローの忠告も蹴飛ばし、俺は前回のパン&アイスと同じように、猫の舌でその冷やし中華を一口味わった。

「オエー……」

 さっき食べたばかりの美味いドライフードが、胃からゴボゴボと上ってきそうな程の不味さだ。まるで腐ったものを食べさせられたかのような……。

「ははっ。ヒデキ君は本当にチャレンジャーだね。猫は酸っぱいモノが一番苦手なんだよ。ニオイ嗅いだら分かるでしょ?」

「ううっ……ぎぼぢわるいっ」

「ついでに、柑橘系のフルーツもダメなんだけどね。今からレモネード作るから、遠くに行ってた方がいいよ」

 どうやら午前中の奥様番組でレシピを覚えたらしく、ゴローはハイカラな飲み物をつくり、思う存分酸味を堪能した。絞られるレモンの凄まじい悪臭にやられぐったりした俺に、ゴローはお詫びと称して“またたび”を与え……俺は夢の世界へ旅立った。


 夜になると、ゴローは相当気に入ったのか昼と同じ冷やし中華と、デザートに酸っぱい味付けのポテトチップを買ってきた。俺は夢うつつのままカリカリを食べ、ムリムリッとアレを出して、寝た。




三日目。


 ベッドの上で丸くなり眠っていた俺の猫耳に『ゴウンゴウン』という、馴染みの機械音が聞こてきた。

 慌てて飛び起きると、昨日と同じく時間はもうお昼近く。隣で寝ていたはずのゴローはもぬけのカラだ。ふらふらとリビングへ向かった俺は、洗面所にエプロン姿のゴローを発見した。

 ゴローの手には濡らした雑巾がある。どうやら今日は、掃除と洗濯をしていたようだ。博美とケンカしてからというもの、掃除どころか洗濯物も溜め放題だったことを、はるか遠い日の出来事のように感じる。

 今の俺には、もうあの頃のことなんて考えられない……。

「おはよー、ゴロー。腹減ったー」

 一にご飯、二に睡眠。三四が無くて、五にう○こ。これが猫頭で考えることのほとんどだ。

「あ、ようやく起きたんだね。おはよう……って、もうお昼か。それにしても、人間の一日は早いなぁ」

「早くメシー」

「すぐ買い物行ってくるから少し待ってて。家族なんだから、ご飯くらい一緒に食べなきゃね」

 ゴローは俺の口癖を真似すると、エプロンを外していつものコンビニへ買い物へ出かけた。

 数分後に帰ってきたゴローは、なぜかやけに興奮していた。

「今日は『塩味』の日だから……ボク、大冒険をしてみたいと思いまっす!」

 清水の舞台から飛び降りるつもりで、と小難しい単語を駆使しつつ、ゴローは電気ポットのボタンを長押した。じょろじょろと流れ出る熱湯を受け止めるのは、一つの器だ。『塩バターコーン、ボリュームニ倍』とパッケージに書かれている。

「本日の課題は、猫舌克服であります! しかもっ!」

 ゴローは、冷凍庫から俺がストックしている野菜のタッパーを取り出した。

「ネギ! これは猫にとって禁忌と言っても過言ではない、一口食べれば死に至る悪魔の食料……ふふっ」

 猫の生活にだいぶ慣れてきた俺は、カリカリを堪能した後テーブルに飛び乗った。

 今回も試しにラーメンスープ(ネギ投入前)を一口もらい、舐めてみた。湯気のモクモク立つスープは猫ボディがどうしても拒絶するため断念し、小皿で冷ましてもらった。

 味としては……正直まったく感じなかったが、昨日の酸味が強烈過ぎたせいかそれなりに美味く感じる。何より、魚介ダシとバターの香りが好ましい。猫は味そのものよりニオイ優先……だからこそカリカリもチーズも魅力的に感じるのだと俺は悟った。

 ラーメンは二個買ってあった。どうやらゴローは『買いだめ』というスキルをマスターしたらしい。しかも夜はしょうゆ味で、『ミックス野菜』というもやし中心の野菜パックを炒めて加えていた。

「ヒデキ君っ、ついにボクは火を使いこなせるようになったよっ!」

 コンロの前から鼻息を荒くして報告するゴロー。壁際に寝返り打って背中を向け「勝手にしやがれ」と呟いた俺は、パシパシと瞬きを繰り返す。昨日一昨日とまたたびを食らって興奮状態が続いたせいか、今日は眠くて仕方ない。

「それは“ネコが寝込んだ”というギャグだね?」という、くだらないゴローのボケをスルーしつつ、俺は眠り猫となった。


 猫になって分かったことが一つ。猫は寝てばかりいるから羨ましいと思ったけれど、本当は眠くて何もできないのが正解なんだ。

 真夜中に、ゴローがいびきをかきはじめたり、でかいオナラをしたり、唐突に『ママー』と寝言を言ったり……敏感過ぎる耳が、そんなささいな音にピクッと反応してしまう。

 眠りが浅く断続的になってしまうのは苦しいけれど、一日寝ていても怒られない猫はやはり気楽な稼業だと、夜の闇に目を光らせながら俺は思った。


↓解説&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。













 予告通り、あまりお下品では無いあっさり目の二日間でした。一部お見苦しい個所がございましたが……ゴホン。主人公は健全な男子なのでご容赦を。(ちなみに猫ゴローが発情期だった場合、恐ろしいことになったと思います。R指定必至……でもちょっと書きたいかも。女を落としまくるジゴロなゴロー。苦笑)さてストーリー的には、淡々と過ぎた感じです。猫ヒデキは食べて寝てるだけ、一方人間ゴローは人としての生活を楽しんでいるようです。猫の舌感覚については、猫本で調べた結果なので間違いないと思います。くれぐれもお猫サマに酸っぱいものは食べさせないように……といっても近寄って来ないと思いますが。ネギ系の野菜もNGです。あと昭和ネタの補足を少し。とりあえずこの話に出てくる『ヒデキ・ゴロー・ヒロミ』といえば昭和御三家。しかし作者がもっとも好きなのは、ジュリーなのです! 特に『勝手にしやがれ』は名曲ですね。ということで、猫が寝込む際に小ネタ挿入させていただきました。意味は特にありません。

 次回ですが、のほほんとした二人の生活に転機が起こります。今まで陰の薄かったあの人が登場です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ