CVR(ボイス・レコーダ) in ぺちゃくちゃ秋刀魚杯
「JAN056便。管制塔どうぞ」
「…………」
「機長。与圧が異常に低下しています」
「クルーに目視で機体の異常を確認させろ」
「はい。機長」
「機長。フライトレベル(巡航速度)を維持できません。エンジントラブルでしょうか」
「違う。制御系統か機体の異常だ。操縦に専念しろ」
「ああ機長。アナンシエータが異常を検出! ……どうしたらいいの?」
「うるさい。わかっている。お前がパニックになってどうする!」
「機長。スコワーク(機体の不具合)みたいです」
「そんなこと、今となってはどうでもいいことだ。しっかり操縦桿を保持しろ!」
「あなた! 早く指示してよ。早く! どうすればいいのか」
「あなたはやめろ! ここは機内だ」
「はっ、はい機長」
「機長。管制官に代替空港を……」
「ここまできたら、空港など関係ない。今を生き延びるか否かの戦いだ」
「あなた! ちょっと待ってよ。そんな諦めたような言い方ってないでしょ!」
「だから、あなたはやめろ。俺は機長、お前は副操縦士だ」
「はっ、はい機長」
「ああ機長。ラダーの制御が利きません。機体を水平に保てません。一体どうしたらいいの!」
「おい! 駄目だ、駄目だ。失速するぞ。ヘッドウィンド(向かい風)を確保しないと駄目だ」
「その方位がわからないって言ってるのよ!馬鹿になってるし!」
「ばっ、馬鹿だと! 俺のこと、馬鹿と言ったか!」
「方位計が馬鹿になってるって言ってるのよ! あなた馬っ鹿じゃない?」
「ほら! やっぱり俺のこと馬鹿って言ったぞ! 間違いなく言ったぞ!」
「何子供みたいなこと言ってるの? どうでもいいから早く方位を指示して。わかんないから」
「わかった。ってどっちが機長だ!」
「あなたねえ。夫婦喧嘩してる場合じゃないっての!」
「むううう。あっちだ。方位202(南南西)を維持せよ」
「はい。機長」
「おい。ディセンド(急降下)だ!」
「はい。機長」
「早くヘディング(機首方向を)下げろ!」
「はい。機長」
「おまえ。早くヘディング下げろっての! 本当に失速するぞ!」
「はい」
「この野郎! 本気でやれ!!」
「……あなた。もしかして私のこと『野郎』って言った?」
「言ってない。言ってない。ゼッタイ」
「もう許さないからね! 冗談で言ってないわよ!」
「はっはい。ううう。俺、機長だぞ……早くヘディング下げて……ちょうだい。失速して墜ちるぅ」
「場合によっては、緊急着陸だ」
「機長。地形が複雑で、ターゲット(着陸時のスピード)がわかりません」
「少しクライム(上昇)だ」
「ぶぶっ、何で? あなた! 失速するわよ。このスピードだと……」
「早くクライムだ。方向舵が利かないから山間は危険だ」
「旋回で衝突を回避するわ。それでいいでしょ」
「駄目だ! 無理だ!」
「私じゃ無理だっての?」
「おい。俺は機長だ。言うことを聞け! 早く。聞いて……ちょうだい。」
「いや! いやよ!」
「あっ! あぶなっ! 脇見するな! あぶねえ。基本だぞおまえ! 早くクライムだ! 命令だ!」
「いや! 操縦桿に触らないで! わかった。わかった。言うこと聞くから、あなた操縦桿に触らないで」
「早くしろ。 衝突するぞ」
「触らないで! 今やってる!」
「あーあ……操縦桿も馬鹿になった。もうだめ」
「おい! また馬鹿と言ったか? 馬鹿って言った奴が本当の馬鹿だぞ!」
「あんたは小学生か!」
「おい! 俺のこと、あんたって言ったか?」
「言ったわよ。悪い!?」
「結婚以来、俺はあんたなんて言われたことないぞ!」
「機長。あなた。おかしいよ……」
「おかしもかかしもあるか! ボケっ!」
「きーーーっバカバカバカバカ!」
「わっわっわ。脇見するな! あぶねえから。お願いだ」
「もう駄目かもわからんな……」
「機長。もう機体のダッチローリングを止められません!」
「コンソール(機長席)へ座れ。操縦を交代する」
「ちょっと待って! あなた! 何する気!」
「不時着しかない……」
「こんなところで。あの山間の平面? ランウェイ(滑走路)が短すぎるわ。激突するわよ」
「俺たちにはもう、論議している余地はないんだ……」
「…………」
「あなた。愛してる……」
「俺もだ」
「私に最後まで操縦させて。最後までいかせて」
「……よし、分かった。逝くときはおまえと一緒だ」
「ギヤ(車輪)を出しますか?」
「ギヤをどうするかって言ったか?」
「出しますか?」
「いや……短かすぎるし……衝撃を分散させるほうがいい。もう運を天にまかせる」
「あなたぁ」
「おまえ」
◇◆◇
「ああもうだめ……コントロールできない」
「おい! ウェイが短かいぞ! 侵入が高すぎる。山にぶつかるぞ!」
「ああああ」
「ダメだダメだ! 高い高い! ゴーアラウンド(着陸復航)だ! フルスロットルで上げろ!」
「はい! パワーパワー!! ムリ! ムリ! 立ち上がれない! 失速するぅ!」
「パワーパワー!! 頑張れ! 頑張れ! B737機!」
「パワーパワー!! お願い助けて! B737! お願い!B737!お願いだから助けて!」
「パワーパワー!」
「パワーパワー! お願い!」
「ああああああああ」
「きゃあああああああ」
◇◆◇
「君。このCVRを国土交通省の事故調査委員会にまともに提出できると思うか?」
「……このままだと、かなり問題になりそうですね」
「プレス(マスコミ関係)にも公表することになっている。こうなったら全く別なものに差し替えるしかない」
「それは無理です。社外にはバレないと思いますが、一部の社員はJAN056の機長や副操縦士を知っています。彼らを欺くことはできません」
「そうか。ああそうだ。それならまずいところを切って、うまくわからないように編集することはできないか」
「それは可能です。やってみましょうか」
「時間がない。くれぐれも、編集でカットしていることがばれないように頼む」
「わかってます。関係のプロを知ってますから、つなぎは万全です。それなら完璧な記録にできると思います」
「『思います』ではいかん。ともかくヤバそうなところは微塵も残すな。二人が夫婦であることも聞いた者に悟られてはダメだ」
「わかりました」
◇◆◇
「えー皆さん。このたびは大変な事故を引き起こしてしまい、お詫びの言葉もございません」
「機体が真っ二つになりながら、墜落時の犠牲者が一人も出なかったことは、まさに奇跡中の奇跡というほかありません」
「現在、乗員乗客の殆どの方が病院で手当てを受けられていますが、今のところ重体者の報告もありません」
「それでは、CVRのほう、再生させていただきます。速記担当の方はよろしくご準備ください」
「では、再生します」
「…うるさい。わかっている。お前がパニックになってどうする! …あなた!早く指示してよ。早く!どうすればいいのか …あなたはやめろ! …あなた! ちょっと待ってよ。そんな諦めたような言い方ってないでしょ! …だから、あなたはやめろ。 …馬鹿になってるし! …ばっ、馬鹿だと!俺のこと、馬鹿と言ったか! …あなた馬っ鹿じゃない? …ほら! やっぱり俺のこと馬鹿って言ったぞ! 間違いなく言ったぞ! …何子供みたいなこと言ってるの? どうでもいいから早く方位を指示して。分かんないから …わかった。ってどっちが機長だ! …あなたねえ。夫婦喧嘩してる場合じゃないっての! …おまえ。早くヘディング下げろっての! …この野郎!本気でやれ!! …あなた。もしかして私のこと『野郎』って言った? …言ってない。言ってない。ゼッタイ …もう許さないからね! 冗談で言ってないわよ! …はっはい。ううう。俺、機長だぞ。早くヘディング下げて。ちょうだい。失速して墜ちるぅ …駄目だ! …私じゃ無理だっての? …おい。俺は機長だ。言うことを聞け! 早く。聞いて。ちょうだい。 …いや! いやよ! …あっ! あぶなっ! 脇見するな! あぶねえ。基本だぞおまえ! …いや! 触らないで! わかったわよ。わかった。言うこと聞くから …触らないで! …あーあ。もうだめ ……おい! また馬鹿と言ったか? 馬鹿って言った奴が本当の馬鹿だぞ! …あんたは小学生か! …おい! 俺のこと、あんたって言ったか? …言ったわよ。悪い!? …結婚以来、俺はあんたなんて言われたことないぞ! …あなた。おかしいよ …おかしもかかしもあるか!ボケっ! …きーーーっバカバカバカバカ! …わっわっわ。脇見するな!あぶねえから。お願いだ …ちょっと待って! あなた! 何する気! …あなた。愛してる …俺もだ …最後までいかせて …いくときはおまえと一緒だ …出しますか? …あなた …おまえ …ああもうだめ …ああ …あああああああ」
「………………」
「………………」
「!!あわわ!! ☆◇×★*! ちょっ、ちょっと手違いです。ええと……」
「あなた。愛してる …俺もだ …最後までいかせて …いくときはおまえと一緒だ …出しますか? …あなた …おまえ …ああもうだめ …ああ …ああああああああ」
「………………」
「………………」
「あっあの。ともかく、これにて合同記者発表会を終了致します。………………」
◇◆◇
「おまえ…………もしかして、編集で切った部分を完璧に流してねえか?」
「どうもそんな感じですねえ。どうやら……。ピンポーンです。へへ」
「ははは。やっぱりなあ。全部流さないから、むしろ話が妙な展開になってるぞ。おまえは本当のアホだなあ。記者達の顔を見てみろ。はっは」
「ははは。いやですよ。編集で切れって言ったのあなたのほうですよ。本当にいやだなあ。はっは。ふざけないでくださいね」
「うわっはっは。愉快な奴だなあ、おまえは。俺もお前もクビだ。クビ! はっははは」
「うわっはっは。あなたも愉快ですね。クビですね。ちょーーーんなんてね。はっははは」
「ちょんてか。そりゃあ愉快だ。ははは」
「いいえ。『ちょん』じゃなくて『ちょーーーん』ですよ。ははは」
「………………」
「ははは。むかつくなあ」
「ははは」
「むかつきちょんちょん。むかつきちょん!」
「それでもって、お話も、我々も、お・し・ま・い!」