夏休みは学校で耳を澄ますことしかできない
ちょっとエグいです。
ご注意下さい。
「キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン」
スピーカーから、始業のチャイム音が鳴り響いた。
この春に高校に入学して、一学期に何度も何度も聞いた音だ。
お世辞にも勉強熱心とは言い難い僕は、いつも終業のチャイムを心待ちにしていた。
今は夏休み。
それでも平日だと、授業の始まりとか終わりの時間にはきっちりチャイムが鳴るみたいだ。
どうも自動再生になっているらしい。
そしてチャイム以外にも、夏休みの学校には色々な音が響いている。
まず、吹奏楽部の楽器の音。
フルート、トランペット、コントラバス。
楽器ごとに練習場所が違うのか、異なる音色が別々の方向が聞こえる。
それに軽音楽部。
エレキギターに合わせて、女子がノリノリで歌っている。
ザーザーと雨が鳴っている日は、ドタドタといくつもの足音が聞こえたりもしたっけ。
校舎の軒下を、陸上部が走っていたんだろうな。
夏休みの思い出についての会話が、聞こえたこともある。
「何日か前の花火大会、楽しかったな」
「うん。でも野郎だけだったからなあ。来年は、彼女作って行きたいねえ」
校舎には入れても、一つ一つの教室には鍵が掛かっている。
だから廊下に座って、男子二人でくっちゃべっていたのかな。
ゴクリと液体を飲む音や、ポリポリとお菓子を食べる音も聞こえたから。
何気ないことかもしれないけれど、とてもとても羨ましい。
僕には聞くことしか、できないから。
だから学校の音に耳を澄ませる。
昼も、夜も。
「19時になりました。学校に残っている生徒は、すみやかに下校してください」
このアナウンスもスピーカーからだ。
それが聞こえると、僕は恐怖で体が震える。
アナウンスから、三十分ほど後。
ヒタヒタヒタヒタ。
廊下を歩く足音が近づいて来ると、僕は必死で身をよじる。
無駄だと分かっているのに。
手も足も、縛られているから。
口もガムテープのようなもので塞がれていて、声も出せない。
しかも目隠しをされているから、何も見えない。
僕は暗闇の中で横たわり、耳を澄ませることしかできない。
夏休みになってから、ずっと。
何日経ったのか、もう分からない。
ガチャガチャ。
ガラ。
ガラ。
カシャッ。
鍵を開錠する音。
入口の戸を開け閉めする音。
中から締め直す音。
来た。
彼女が来た。
怖い。
怖い。怖い。
怖い。怖い。怖い。
「うふふ。今日は良い子にしてた?」
女子の声。でも誰なのか全く分からない。
相手の正体が分からないことが、僕の恐怖をさらに煽り立てる。
必死で体を動かした。でも、どうにもならない。
床の感触が体に伝わって来るだけだ。
「無駄よ。この1年3組の教室には、誰も来ないわ。夏休みだもの。カーテンは締まっているし、鍵は私が持っている。この教室は、私とあなただけの空間よ」
女子の声は、どこか陶然としたような響きを帯びている。
「廊下の窓からあなたを見つめているうちに、好きになっちゃった。だけど私は、自分に自信のない女の子なの。告白なんてできっこない。別のクラスだから接点はないし。でもせめて、一夏だけあなたと同じ教室で過ごしたかったの」
声が、まるで恥じらう乙女のようになった。
でもそれは、恐怖の対象でしかない。
「だから、あなたの教室に、あなたを閉じ込めることにしたの」
そう。僕はこの女子によって、自分の通っていた教室に監禁されている。
夏休みになってから、ずっとだ。
一学期が終わった翌日、散歩に出かけた僕は、急に意識を失った。
そして気が付くと、自由を奪われていた。
どうやったのかは分からないが、僕が気絶しているうちに教室に運び込んだのだろう。
誰にも気付かれることなく。
あれ以来、何も見ることはできない。
声も出せない。
逃げ出すことも適わない。
縛る以外の拘束手段。
栄養摂取や、その他諸々のこと。
それらについては、思考することさえおぞましい。
「ふふ。君は私のおかげで生きていられる。ヒモってやつかしら。あはは」
自分で監禁しておいて、楽しそうに笑っている。
彼女はどういう精神構造をしているのだろう。
僕は自分の心が壊れそうになるのを必死でこらえている。
「あっ、いけない」
何かを思い出したような女子の声。
「明後日は全校生徒の出校日だったわ。困ったわねえ」
なら鍵が見つからなくても、教師たちはどうにかして教室に入ろうとするはずだ。
僕は発見されて、救助されるに違いない。
微かな希望だ。
でも、それよりずっと大きい嫌な予感。
「どこか一時的に隠せる別の場所を探さないと。だから、今日は早めにここを出るわね」
そう言うと、足音が僕から離れていった。
「もし見つからなかったら、明日で終わりにしましょう。どの道、夏休みの終わりには処分するつもりだったんだもの。ちょっと早くなるだけよね。じゃあ、おやすみなさい」
カシャッ。
ガラ。
ガラ。
ガチャガチャ。
教室から出て鍵を掛ける音。
ヒタヒタヒタヒタ。
彼女が教室から遠ざかっていく足音。
それを聞きながら、僕は必死で祈った。
どうか、別の隠し場所が見つかりますように。
でないと、僕は明日には、きっと……。




