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ちなだって部屋を欲する ①百祢の中二病部屋

「お、おい……」


「まずはこの部屋だね」


「ふむ」


「おいって言ってるだろう!」


 3人は急に大声を上げる娘へと視線を向けた。


「ここは我の聖域(サンクチュアリ)だ! 何人たりとも侵入を許さーん!」


 そんな言葉を無視し、千那がドアノブへと手をかけようとするが、百祢はドアと身体をぴったりと密着させた。


「どけ。開かないだろう」


「開けるなという意思表示であろうが!そもそもなぜ我の部屋が候補なのだ?!我の部屋は我の部屋だ!」


 そんなトートロジー的なことを述べる百祢に対して十佳は冷静に、


「下の妹2人で部屋を共有すればいいかなって」


「共有……? 千那の辞書にそんな言葉乗っているわけがないだろう!」


「共有。それくらい理解している。とどのつまり一緒に使うというわけだろう? 大丈夫だ、こき使ってやる」


「ほら、こんなこと言ってる! 千那なんかを入れちゃったら我のスペースがどんどん侵略されて、ついには机だけに……」


「そういえば百祢の部屋なんてもうずっと入ってないなー。最後に入ったのいつだろ」


 小さい頃の彼女らにとって個人の部屋というのは1人1人の部屋というよりもいくつかの遊び部屋といった感覚であり、神聖ローマ帝国のような緩やかな連合体だった。しかし徐々にアイデンティティや知能が確立されていくにつれ、分割統治が実施され、ようやく個人の部屋が個人の部屋として自治する領土となった。

 そうしたところでいつからなのか百祢の部屋は暗黙的に不可侵となっていた。他2人の部屋は来客を自ら招きはしないものの、拒絶することはなく、ノックさえすればある程度迎え入れるのが慣行となっている。特に十佳の部屋は4人の集合場所や憩いの場のようになっており、何かゲームや話し合いをする時に使われることがよくある。といっても自身が容認しているというわけではなく、惰性でそうなってしまっている。

 ただし機嫌の悪い時や喧嘩をしている時になるとこれは適用されず、おしなべて鍵がかけられ、その部屋は開かずの間、毒々しいオーラを放つ暗黒空間と成り果てる。 


「いいじゃんいいじゃん! 皆の部屋の鑑賞会ってことでさ!」


「本当に……? 見るだけ……?」


「そうそう。皆のとこ行くつもりだし。手始めに最年少であるあんたが選ばれたってだけだから」


「……ならいいけど」


 と渋々ながら百祢は身体を横に移動させる。

 それを好機として、すぐさま千那はドアノブを捻り、百祢を一瞥し、


「安心しろ。好適な部屋なら許可なく占領する」


 そう百祢にとって恐怖を覚えさせる言葉を発し、3人は部屋に雪崩れ込んでいった。


 ◇◇◇◇◇


「おぅ……すっげ。こんな空間がこの家にあったとは……」


 感嘆とも驚愕ともとれる感想を述べる一愛と、


「えぇ……」


 唖然としている十佳。その一方、主賓の千那はというと、


「うむ。趣味は悪いが広さは申し分ないな」


「聞き捨てならーん!」


「いやまあ事実だし……」


 そう言って十佳は部屋を見渡す。

 闇色のカーテンのせいで日の光が完全に遮断され、ヴァンパイアが棲んでいるのかとさえ思える。しかし障害物にぶつからずに歩ける理由は弱々しい蝋燭の光が机の上で踊っているからである。

 いつの時代のどこから掻っ攫ってきたのかと疑義を呈したくなる調度品の数々。壁にかけられている錫杖にも似た木製の杖。見慣れない数字が描かれた時計。部族が儀式で使うのであろうと推測できる人形。紅い宝石が装飾された天蓋付きベッド。いずれもジャンルは統一されておらず、まさに琴線に触れたものを見境なく集合させたというのに相違ないが、もしかすると百祢にはインテリアデザインの才能が宿っているのか、それらには妙に協調性があった。


「あんたがここまで重症だったとはね」


「人の趣味に口出しするでなーい!」


 物珍しそうに眺めていた一愛は部族人形をまるで触ってはいけないものかのように人差し指と親指でつまみ、千那の前でゆらゆらさせつつ、


「お父さんお母さんこういうの知ってんの?」


「そんな様子は確認できないが……」


「見て見ぬふりしてんのよ。子供にはこういう時期もあるってね」


 すると百祢は自分の奥深くに(しま)われていた記憶を掘り起こすように両手で頭を抱えた。


「よし。暫定第一位候補としておこう。光栄に思え」


 と眼前で揺れ動いている人形に何の感情を表さず、自分より小さくなってしまっている姉に冷徹な視線を向ける。

 それを見た百祢はより萎縮していった。


「ねえねえ、千那? 暫定じゃなくてもうこの物件に決めない? あのカーテンを取れば日当たり良好になるし、お風呂場へのアクセスもいいしさ。どうかな?」

 

 その言葉を聞くと、しぼんでいたはずの百祢は瞬時に冷静さを取り戻して十佳の元へと這い寄っていき、後ろから口を塞いだ。


「おい、不動産屋のような売り文句を千那にぶつけるのはやめるのだ。勝手に話を進めるんじゃあない。あとカーテンは変えないからな!」


 十佳は自分の口元に置かれた手をゆっくりと離させ、百祢の耳元で、


「この家の平和のためなんだよ……ね?」


「つまりあれか? 我の部屋を生贄とすれば傍若無人たる魔王の暴虐から逃れられるというわけか?」


「うん、そう」


「いや、我はこの家がどんな惨禍に見舞われようとも構わない」


「あんたも魔王の暴虐には困ってたんじゃないの?」


「そうだ。しかしこの我が城さえあればいいのだ。リビングでどんな悪逆非道なことが行われていても、な」


 百祢の部屋が千那の支配下に置かれたとしても、きっとリビングでも実効支配は続く。そうなれば百祢は家内における唯一の安息地を失うこととなるため、抵抗するのも当然である。

 そうして差し置かれていた千那は考えがまとまったのか、ついに口を開く。


「そうだな……他の部屋も見てから決めるとしよう」


 意外にも物件探しにおいて千那は理知的であった。

 他人事のように楽観していた一愛、千那の部屋などすぐに決まると早算用していた十佳は肝を冷やす。2人は急に現実感に襲われたようであった、自分の部屋がもしかすると消滅するかもしれないということに。

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