ちなだって部屋を欲する
「ちな、欲しいものがある」
その言葉に3人は黙った。この沈黙は恐怖の感情を表している。
千那は自分からこれが欲しいだとかあれが欲しいとかを言うことはない。それは謙虚だとか口下手だとかそんな高尚なことではなく、千那は何か自分の欲しいものがあれば奪い取るのである。
よって今、千那の求めているものは自分の力では奪い取れないような、余程であると予測できる。
3人はエマージェンシーモードに移行し、頭の中で赤色のランプを点滅させた。
「欲しいもの……? いつだって奪い取るのが基本の千那が?」
沈黙を破って切り出したのは十佳であった。それを見た他2人はアリゲーターのいるかもしれない湖に裸足で入っていく人間を見るような顔をして感情を隠さなかった。
「悪く聞こえる言い方はやめろ。弱肉強食と訂正するんだ」
「まさか汝、この世界を欲するか?! いいだろう! 我と共に世界征服を目指そうじゃないか! もし達成した暁には北半球を分けてやろうぞ!」
「寒いのは苦手。いや、そうじゃなくて今、ちなが欲してるのは──」
3人は世界征服という部分を否定しないことに戦慄しつつ、後に続く言葉を固唾を飲んで待つ。
「ちなが欲しているのは……自分の部屋」
想定外の答えに拍子抜けし、3人は顔を見合わせた。
そして膝を突き合わせ、千那に聞こえないように小声で密談を始める。
「ずっとリビングが千那のテリトリーだったもんね……千那も小学4年生、そろそろプライベート空間を欲しがる時期だよ」
「まあここでは絶大な権力を振るってたけどね」
「そうだ! 我なんてコタツに入ることを許されなかったんだぞ!」
「なんて暴君っぷり……勝手に入ればよかったんじゃないの?」
「いや、我が足を入れた途端に千那は蹴って弾いてくるのだ……そう、だから千那を隔離する場所が必要なのだ!」
「でもこの家に空き部屋なんてないよ」
「そうだよね……どうしよっか……」
「おい、何の話をしている」
疎外されていた千那は痺れを切らして、3人の固まった輪の中、一愛と百祢のわずかな腕の間に自分の体をねじこんだ。
「うぉい?!」
「ちなを除け者にして、何の、話を、している」
「ど、どの部屋が1番千那にふさわしいか考えてたんだよ!」
「……ほう。それはなかなか殊勝な心掛けだ」
「あぁ、どうも……」
十佳は一愛を輪の外へとつまみ出して、
「そんな話してないじゃん! そもそも部屋がないんだってば!」
「千那の部屋なんてないよ、とか可哀想すぎて言えないよ……」
「今までの蛮行を忘れちゃったの?! 一姉もいっぱい色んなもの奪われてきたんじゃないの?!」
「だって大事な末っ子だし?」
「じゃあ私も大事な妹ってこと?」
「次女と末っ子を一緒にしないでよ。千那はちっちゃいからさ、こう……憎めないんだよね」
「千那も大きくなるの忘れてない? そうなると、どんどんただの憎むべき妹になっていくわけだけど……想像しただけでゾッとしてきたよ……というか千那に期待させちゃった責任取ってよね」
「なんであたし?!」
「一姉が言ったんじゃん! ふさわしい部屋を探すって」
「いやいや逆に責任取るどころか感謝してほしいよ! もしあたしがああやって言ってなかったら今頃、暴れてたかも!」
「随分後付けな言葉だな……」
そう思いつつも千那ならばやりかねないと思い直した。
また責任を取れと言ったものの、一愛のボキャブラリーではあの凶悪な娘を言いくるめることはできそうにないので自分で槍を持つことにした。
十佳はかつて輪があった方に振り返り、
「ねえ、千那?」
「なんだ」
「あと2年は待てない?」
「2年? なんでそんな具体的な……」
「あのね、あと2年で一姉はこの家からいなくなるの」
「え?! なんで?! 追い出されんの、あたし?!」
と最初に声を上げたのは一愛本人であった。
「いや、一姉は分かってなきゃダメでしょ……」
「あれ? えっと……2年後なんかあったっけ?」
「大学進学! するでしょ?」
「あー! 忘れてた! てか思い出させないでよ!」
「現実逃避するのはやめないか……」
千那の蛮行、千那がこれからも成長していくということも忘れ、受験のことも忘れ、自分に不都合なことはとことん覚えていられない一愛であった。
「それで……どう?待てない?」
「待てない」
千那は即答だった。
「やっぱりか……」
「そりゃそうでしょ!」
「一姉の失言を私がカバーしてあげてるの忘れてる?」
「おい、それでちなにふさわしい部屋とはどこにある?」
ふてぶてしさの化身である千那は姉たちの事情などお構いなし、残酷にも言葉を続けた。
「……仕方ない」
「やっぱり当てがあるんだね、十佳! 流石だよ! 西条家のジャンヌダルク!」
「早速案内して」
十佳は手に旗を持っているようかのように手を後ろから前へ振り出して言った。
「さあ、内見ツアーの始まりだよ」




