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聖夜の策略②

「ねぇねぇ、2人とも? そんなコーヒー好きだったっけ?そんな記憶ないんだけど」


「あんな暗黒的飲料、誰が好きだというのだ。今日は仕方なく飲むのだ。十佳も飲むか? 好きだったろう?」


「今はいいかなーって……。てかさ、今日は寒いからさ」


 十佳はそう言うと、あたかも純度100%の善意によるものかのように、前もって妹たちに渡すそうと用意していた、赤と緑を基調としたクリスマス専用靴下を有無を言わせずに2人の足に装着させた。


「なんだこれ」

 

 2人は自分の足元を観察すると、それぞれ右足のみに靴下が履かせられていた。


「むむぅ、片方だけというのは落ち着かないぞ……。というかこれ、サンタにプレゼントを入れてもらう用のだろう? こうして履いてしまうのは翁を足蹴にしているようで気分が良くないぞ……」


 百祢が靴下を脱ぎ捨てるのを見て、千那も真似をする。


「あぁっ……」


「一体なんだというのだ……一愛も十佳も今日は様子がおかしいぞ? ……ははーん、さてはクリスマスだからって浮かれているのだな? そうかそうか! それも仕方ない! なんせこの聖なる夜は1年に1度しか訪れないのだからな!」


 この時の十佳の思惑としては、足元から暖かくし、眠くさせるというものだったが、流石に2枚の靴下ではどうしようもなかった。無謀すぎたのである。

 十佳は他にいい策略はないかとキッチン中を見渡し、頭を巡らせる。


「……あ!」


 何かに気づいたらしく、冷蔵庫の横の床と接している収納を漁ると、お目当てのものを取り出し、そのタッパーに入っているものを一掴みし、近くにあった他の長方形の容器に移す。

 そして立ち上がり、持った容器を両手で交互に上下させる。


──ざざざーんざざざーん


 妹たち2人は頭の上にハテナマークを浮かべる。

 

「……波……の音か? 今は冬だぞ?」


「十佳、今日なんか変。寒いから風邪でも引いたか?」


 外界は大地を目指して落ちていく雨が雪に変わるほどの冽々(れつれつ)とした気温。一方で、そんな夜にはそぐわない、十佳の身体の火照りと赤面。

 今、十佳が行ったのは小豆による波の音の再現。波の音はヒーリングミュージックとして人をリラックスさせるという断片的で聞きかじりな知識だけがあったために、実践してみたものの、人工的であったためか全く効用はないようであった。

 西条家では年末に近くなると自然と小豆が常備されることになっている。それは小豆から餡子を作るのがこの家の伝統であるため、思い立った誰かが買ってくるのである。しかし小豆1袋買ってくるというのにも毎度のごとく一悶着起きてしまう。というのも小豆を買った者は餡子を作らなくてもいいという暗黙的ルールがあり、買ってくるのはもちろん早いもの勝ちなのだが、皆ことごとく年末になるまで小豆の存在を思い出さないので、突然として同じ日にいくつもの小豆の袋が現れることがある。そうなった時には、どっちの方が1秒でも買うのが早かったのかという検証から始まり、最終的に醜い屁理屈の応酬へと発展する。

 そう、小豆から餡子を作り出すのというのは甚だしく面倒くさいのだ。さらに美味しくなければ全員から非難されるので、こんな割に合わない仕事、誰もやりたがらない。

 それでも、わざわざ小豆から作るというこだわりを捨てないのは、もう形骸化してしまっているものの、家族全員で作っていたという過去を忘れないようにするという無意識的な表れである。実際、今までに市販のものを買おうという改善策を提案した者はいない。

 またそれは千那が無類の餡子好きということにも起因している。当たり前だが、市販の方がコストパフォーマンスが良く、味も保証されている。それでもアナログな方法を選ぶのというのは、千那の目的が餡子を大量に摂取することだからなのである。手間はかかるが、市販で買うよりも値段を大分安く収めることができ、その浮いた分でまた小豆を購入できる。そして何より甘さを調節できるのもポイントだ。

 3人による数秒間の気まずい空気を経て、


「……」


 妹たちに冷ややかに見られるどころか心配されるような顔で見られ、居ても立っても居られなくなった十佳は一愛の元へと素早く駆けていった。


 ◇◇◇◇◇


「ぷぷっ!逃げ帰ってきたね、十佳も!」


「……一姉よりは健闘したって。でもこのままじゃマズいよ。奴ら今日という今日は本気だよ?」


 十佳は自分のスマホで時刻を確認し、続けて、


「もうお父さんお母さんも帰ってきちゃうし……。明日も仕事早いのに……。」


「あーそれなんだけどね。さっき電話来てさ、今日は帰れそうにないんだって」


 十佳の胸に何かぐさりと刺さるような感覚。いや、なんとなく分かっていた。マーフィーの法則的に今日も帰ってこないだろうという予感はしていた。それが当たっただけなのだ。期待していただけに落胆は大きかった。

 クリスマスという特別な日くらいは一緒に過ごしたいという子としての欲望と仕事が忙しいのは仕方ない、仕事をするのも延いては自分たちのためであるという理性が(せめ)ぎ合っている。

 今日くらい仕事を放棄して帰ってきて欲しかった、と十佳は思うものの、今に始まった話ではない、と言い聞かせて立ち直る。そしてまだまだ心は子供なのだと自嘲した。

 

「そう……なんだ。じゃあ好都合だね。私たちが渡せばいいわけだから」


「だね。いくらでもやりようがあるよね。プレゼントはお父さんお母さんの寝室のクローゼットの中に隠してあるってさ」


 そうして2人は踊り場から離れ、両親の寝室へと移動していった。


「残念だったね。帰ってこなくて」


「……そうだね。でもそんなこと慣れっこじゃん、私たち。てか、その発言なんか上から目線に聞こえるんだけど? 自分も寂しいんでしょ?」


「うん、まあねー」


 両親から自分に電話がかかってきたということ。それは長女としての信頼の証だと理解し、親の代行者としての自覚を芽生えさせた。

 自分が寂しがっていたら、妹たちまでそういった感情が伝播してしまう。だから妹たちがどれだけ寂しがろうと自分だけは平常でいて、慰める立場でいよう。一愛はそう考えていた。


「さて、と。このクローゼットの右端にあるコルクの箱……これか」


 蓋を外し、2人は中を覗く。その中には可愛らしくラッピングされた4つの大小異なる袋。結んであるリボンにそれぞれの名前が書かれたタグが付けられている。


「私たちが開けるのはまた後でにしてー。まずは2人のを……ん?」


 百祢と千那のプレゼントを外に出そうとした時、1枚の紙がはらりと空を舞う。

 一愛は咄嗟にそれを掴んで、両手で広げる。そこには、


「これ手紙だよ。お父さんお母さんからの」


 クリスマスを祝う言葉や帰れなかったことへの謝罪、できるだけ帰ろうと努力はしていたという旨の釈明文が綴られていた。


「帰れないことを見越して、というか保険として置いといたんだね」


「……」


「一姉?」


 無言の一愛の頬には一筋の液体が這っていた。十佳は、先ほどまでの平常的振る舞いとのギャップに戸惑い、突然の出来事で気の利いた言葉も思いつかず、もしかすると両親との電話の最中も乱れていたのかもしれないと想像する。


「こんなの聞いてないよぉ……」


「まあ今日まで帰ってくるかどうかも分かんなかったんだから聞いてないのは当たり前だよ」


 まだ冷静さを保って指摘できていることに安堵し、一愛がすぐ平常に戻ってこれるように十佳は感情を発露させなかった。


「でもどうやって渡そうか……。やっぱり寝るの待つしかないかな」


 ようやく自分の目から液体が流れていることに気づいた一愛は慌てて腕で水滴を拭き取り、


「そ、そうだね。それか気づかれないように置くしか……」


「いや、プレゼントを持って廊下に出る時点でバレちゃうよ」


「それもそうか……」


 ◇◇◇◇◇


 2人は寝室を出て、拠点である踊り場へと舞い戻った。現在、時刻は12時を回り、クリスマス当日となっている。

 現状を確認しようと下を眺めてみると、


「……え」


 床に倒れ伏す2つの人影。十佳の頭にはコーヒー中毒という言葉がよぎったが、現実味がないと断定した。

 一愛はそれらにすぐさま駆け寄っていき、


「……死んでる」


 刑事の真似なのか首元を触ってそう言った。


「じゃあこの音は何?」


 言われた通りに耳を澄ます。

 すると小さい雷のような音が規則正しく鳴っていた。


「これは……いびき?」


 そう、2人は既に夢の世界へと旅立っていた。ちなみにこのいびきは百祢のものである。


「……あんなやる気満々だったのに」


「子供だからね、仕方ないね」


「じゃあ、2人の近くにプレゼント置いてお暇しようよ」


「ダメだよ、十佳!」


 急に一愛の顔色が変わる。


「な、なに……」


「格好だよ、格好! 全然サンタじゃないじゃん!」


「えぇ? だって寝てんじゃん」


「何があるか分かんないじゃん!まだ微睡んでるだけかもしれないし、視覚は生きてるかも!」


「つまりどうしろと?」


 一愛は十佳の手を引き、どたどたと階段を駆け上がり、自分の部屋に連行すると、


「はいっ!」


「えっ」


 手渡されたのは赤と白の膝上ワンピース。


「何が悲しくてサンタコスプレなんかすんのよ!しかも家族の前で!てかなんで持ってんの?」


 質問は無視して、


「絶対似合うよ、十佳。間違いない」


「似合う似合わないの問題じゃなくてさ……まずこんなミニスカいるわけないでしょ」


「サンタの孫娘って設定でいいじゃない」


 このようなラリーがいくつか続いたが、結局じゃんけんに負けた十佳がサンタになることが決定する。


「えぇー、こんな美脚サンタいるわけねえでしょう……」


「自分で美脚って言うのは癪に障るけど……でも結構いい感じかも。思った以上だよ」


「あー、ほんと?じゃあこれからこの服だけで生きてこうかな。私服として」


「それはやめて。私が着させたのが悪いんだけども。季節感皆無の頭のおかしい娘の姉妹って思われるのめっちゃ嫌だよ」 


 一通り、定常的のような習慣的姉妹間やり取りが終わると、


「……ふぅー、さて仕事しますか」


 衣装を着たことで、自覚が芽生え、やる気が出たのか十佳はサンタの代行業務を開始する。

 今年も、妹たちに夢を届けるために。

夢も壊さないのもサンタさんのお仕事ですよね。世の中のサンタさん、今年もお疲れ様でした!

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