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聖夜の策略①

純真少年少女は見るのを禁ず。

メリークリスマスです。

「今年こそ……今年こそは! 赤服の翁を捕獲するのだ! そのためにも千那! 協力してよね!」


「……そうだな。尽力する」


 西条家の年少コンビの2人は未だにサンタを信奉している純真少女である。小学生の千那はまだ幼いということで納得できるが、中学生の百祢もそうであるというのには疑義を呈すところだ。同級生とのクリスマスの話題はきっと噛み合わないことであろう。あるいは天然記念物的な子としてすでに認識され、保護、配慮されているのかもしれない。

 しかしなぜサンタの正体がこれまでも暴かれなかったかというと、


「今年も来たね……この日が」


「そうだね、一姉。絶対に阻止しよう」


 物陰から決起集会を覗いていたこの姉2人によるところである。


「千那の唯一といってもいい可愛さである純真さがなくなったら……」


「唯一というのは聞き捨てならないね」


「……一姉はシスコンなの?なら私も等しく愛してくんない?ほら、お風呂の順番とか毎回譲ってよ」


「何度も言うけど末っ子だから可愛いの。千那って前まで赤ちゃんだったし」


「あのさ、何度も言うけど千那も大きくなるんだからね?」


 そう、千那の純真さを守るため。毎年、この2人によってサンタの捕獲は阻止されてきた。

 一方の両親、もといサンタ側はバレないようにしようという気はさらさらないらしく、まったくの無防備であるため、2人は困らされる。姉妹間の闘争を単なる戯れくらいに考えているようなおおらかさを持っているから仕方がないといえば仕方がない。

 現在12月24日、23時32分。年少コンビは本来ならとっくに入眠の体制にあるところだが、彼女らには思惑があるため、リビングで居座っている。そして今回は特に本気のようで、好きでもないコーヒーをそれぞれ飲用している。

 ちなみにその後、鯨のように牛乳を飲んでいる2人の姿が目撃されている。


「まだまだ眠くならなそうだなぁ……」


「眠くさせるには……あっ! 運動するってのはどう? 疲れて眠くなるかも!」


「いや、2人とも結構負けず嫌いだから逆にアドレナリン出て眠くならなくなるかも……」


「確かに……。じゃあこういうのは?」


 一愛は十佳に耳打ちをする。


「……何言ってんの? 千那は赤ちゃんじゃないって」


「ふふ……甘く見るなよ?あたしが実践してみるから」


 そう言って一愛はすたすたと妹たちの元へと向かっていき、談合していた2人の背中をさすりつつ、


「ねーんねんころーりよーおこぉーろーりーよー、百祢と千那はよい子だー、ねんーねーしなー」


「……何のマネだ」


 と冷たくあしらう千那。そして急に奇行を始めた姉へ戦慄の眼差しをしている百祢。

 片や十佳はなぜそれでいけると思ったのか、一愛の思考回路について真剣に考察を深めていた。


「いやぁー、ほら2人はよい子でしょ? もうこんな時間だから寝ないと。あ、今言った”寝ないと”はナイト()とかけてる言葉遊びじゃなくてね? とにかく! 寝ないとサンタさんからよい子判定されずに、プレゼントが石炭かじゃがいもになっちゃうよ?」


「サンタさんはどうやってちなたちを見ている?」


「あ、えーっと……」


「もしこんなプライベートな空間を覗いているんだとしたらサンタさんは窃視行為を働く立派な犯罪者だ。軽犯罪法と迷惑防止条例に違反する」


 そもそも子供たちにプレゼントを渡すために部屋に入ってくるという時点で不法侵入であるのだが、サンタさんはクリスマスの日にのみ超法規的な特権を持つのだと純真少女たちは心から考えているかもしれず、十佳は指摘するのを留まった。


「ほら、お天道様が見てるって言うじゃん? それと同じでさ、どこからか見てるってわけじゃなくて心の中にいるんだよ……」


「いや、お天道様というのは太陽を象徴化した概念的存在だが、サンタさんは現実に存在するだろう。同じじゃない」


 姉2人はその言葉を聞いて、作戦を実行する必要があるのだと再確認し、心底安心した。


「そうだぞ! そもそもサンタはプレゼントを作業的に渡すのが仕事なのだ! いっぱい子供たちがいるのにどうやっていちいち善悪を判断するのだ?! それはサンタの業務じゃないぞ! というかもうプレゼントを用意してきているんだから善悪なんて関係ないだろう!」


「……実はね、お父さんお母さんはサンタさんの手先なんだよ。だから日々の様子を記録して逐一報告してるの。それで1年かけて良いことと悪いことどっちの方が多かったか、そしてそのレベルを点数化して計算して良い子か悪い子か算出するんだよ。つまりサンタさんが来る前にはもう善悪の判定はされてるってこと」


 十佳は何か聞き馴染みのある文言だと思い、記憶を巡らせると、それは姉2人が幼い頃に両親から言われていたクリスマス前のお決まりの、子供を困らせるための諧謔的脅し文句、その受け売りであった。

 一愛にとってそれは効果覿面(こうかてきめん)であって、クリスマス前になると、突然甲斐甲斐しく、両親の手伝いを行うようになっていたのでよく印象に残っていたのだろう。

 十佳が年少コンビの方を覗いてみると、どんよりした空気が流れていた。自分たちの行いを鑑みた結果に違いない。


「だ、だまされるな、千那! 去年もプレゼントはもらえていただろう! それがお父さんお母さんはサンタの手先じゃないという証左になる!」


「そ、そうだな……いや、でもちなは去年テストで何回も満点をとっていた。もしかしたらそれが考慮されただけかもしれない……」


 自分でも悪逆非道なことをやっている自覚は少なからずあるのかもしれない。


「な、なにぃ?! ……うぅ、そういえば我も去年身体測定で全て平均値を上回っていたな……」


 百祢は良い子という定義を何か勘違いしているらしい。


「……いや違う! 待て、百祢!」


「どうした?!」


「そもそもお父さんお母さんは仕事のせいであんまり家にいないじゃないか」


「あっ! 確かに!」


 4姉妹の両親は忙しい。2人ともある大手総合商社で辣腕を奮っていたエリートサラリーマンであったが、一緒に仕事をしていくうちにやがて双方の仕事っぷり、人格、志に惚れ、結婚し、そして結婚を機に、もっと時間をフレキシブルに使えた方がいいと考えて、独立した。

 まだ彼女らが幼い時は、仕事を選んでいたが、姉2人が高校生になり、家、あるいは下の妹たちを任せられるということになって仕事を選ばなくなった。そのため国内外問わず飛び回っているので家を空けることが多い。また帰ってきたとしてもそれは4人が寝静まった頃というのが少なくない。

 姉妹はもちろん、両親も寂しさを感じている。


「すると、ちなたちの見られていた行動には限りがある。そしてその中でもちなは怒られた記憶もない」


「我も我も! ということは……」


「そう、これはちなたちを陥れようとする一愛のレトリック。騙されるんじゃあない」


「ふっふっふ、まるで悪魔的な策略だな、一愛よ。我らに絶望たる深淵を覗かせるというのは、何を考えているかは分からんが、貴様の手には乗らんぞ!」


 2人は新政府軍から大義を与えられた赤報隊のごとく、誇らしげな顔を取り戻し、長女たる姉をまるでオオカミ少女であるかのように睨みつけ、サンタ捕獲に一層意欲を高めた。

 一方、自分の力でこの2人を言いくるめるのには無理があると悟った一愛はとぼとぼと、元いた場所へ踵を返していた。


「たはーっ! ダメだったよー!」


「ダメだったよー、じゃないでしょ。やる気の炎を燃え上がらせちゃったじゃん。どうすんの?」


「ごめんごめん」


「そもそも無理に決まってたんだよ……。ほら、見て? 一姉のせいでまーた2人コーヒー飲もうとしてるよ。しかも無理してブラック。どうせ後で牛乳で押し流すのに」


 十佳の視線の先にはキッチンでわちゃわちゃしている2人。普通なら顆粒はティースプーン1杯でいいところを2杯、3杯と後で苦しむことを忘れているかのように入れてしまっている。

 ちなみに姉2人がいるところは、リビングにある2階への階段の踊り場で、カーペットが敷いてあるくつろぎスペースとキッチンが一望できるようなポジションである。


「でもさ……聞いた?」


「何を? なんて無粋か。しっかり聞いてたよ。一姉が年下相手に言い負かされてるとこ」


「違う違う!千那のことだよ、千那!」


「千那のこと?」


「そう、ませてるくせに”サンタさん”ってさん付けて言ってた!可愛い!やっぱそういうとこなんだよなぁ……」


「ああ、そう……。てか”さん”で思い出したけど、クリパの最中は中にサンいたけどもう自分の居城に戻ってっちゃった?」


「折角クリスマスだから一緒に過ごそうと思ったんだけどね、クリパ……というかサンにとってただのご飯タイムだよね。終わってからずーっとベランダの窓をかりかりかりかりしてたもんだからさ、帰したよ」


「薄情な奴め……まあ、そんなとこも可愛いんだけど」


「あたしのことシスコンとかいうけどあんたも大概じゃないか、猫バカめ」


 自分でも気づかないうちに猫バカ的発言をしていたことで少し恥ずかしく思い、一愛へ返す言葉も特に思いつかなかった。


「じゃ、じゃあ次私いってくるよ」


 そう言って役立たずな姉を背に十佳は、電気ケトルを前に「カチッ」という小気味よい音を待ち遠しくしている妹たちの元へと向かっていった。

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