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プリン争奪戦

この話だけは長くなっています。よろしくお願いします。

 多くの人々にとって家とは安息の地である。しかしこの西条(さいじょう)家にとっては必ずしもそうではない。西条家の4姉妹にとって家とは”戦場”だ。

 始まりは15年前。西条家でたった1人しかいなかった娘に妹ができた。その姉は最初、遊び相手ができて嬉しいようで、たちまち何をするときも一緒の仲になった。それを両親も微笑ましく思っていた。

 だがしかし、姉は気づいた。妹ができたことによって今まで自分にのみに注がれ、享受してきた愛情が分配されてしまい、少なくなっていることに。

 その娘は苦悩した。どうしたらまた在りし日のように自分だけに愛情が注がれるか、どうすればこの邪魔者を排除できるか。幼い彼女にとっては深刻な問題であった。

 それが今日(こんにち)に至るまでの戦いのオリジンである。


「ねー、1個残ってるけどこのプリン誰のー?」


「お母さんが食べないから誰か食べなさいって言ってた」


 その言葉により、ゴングは鳴らされた。

 彼女らの好む洋菓子店。そこは父親のオフィスの近くに位置しており、気分が良い時や姉妹の誰かに喜ばしいことがあった時に何かを買ってくることがある。

 買ってくるものの中でもプリンは特に当たりの部類である。なぜならプリンは1箱に6つ入りで6人家族の彼女らには平等に分配することができるからだ。

 ただ父親は、未だに娘たちの事を幼いころのままの譲り合いの精神を持つ仲の良い姉妹だと幻想を抱いているらしく、小物ケーキを適当に選んで買ってくるなんてことも多々あるのだが、そんな日は大騒動である。

 4人は最初になぜ娘たちの好みを理解しないのだろう、と懐疑の心を持ったのち、自らが食べたいショートケーキへと手を伸ばす。しかし例によってそれは1つしかないため、試合前の円陣のようになってしまう。

 父親の頭の中では、彩りがあった方が華やかに見えるし、選択肢がたくさんあった方がいいだろう、と考えているのかもしれない。普通の家ではそれで正解だが西条家では不正解だ。

 4姉妹の好きなケーキはいずれもショートケーキ。そして誰もそれを譲ることなどない。姉だから我慢し、若年者に譲るということはあるはずもなく、年功序列的ルールもことごとく存在しない。

 誰も次点はこれだとか考えているわけもなく、ショートケーキしか見えていないので全員が全員、年が高かろうと低かろうと本気で対立する。

 それを戯れているだけだと呑気に眺めている両親はきっと子煩悩だからなのだろう。

 今日はそんな争いはなく平和なはずだったが、イレギュラーが発生したのであった。


「あたしが食べるでいい?見つけたもん勝ちってことで」


「いや、お母さんが食べないという情報を最初に仕入れたのは私だから」


「それズルいよ!」


「情報化社会に乗りこなせてない一姉(いちねえ)が悪いよ」


「あたしはさ、部活をやってるから十佳と違って忙しいの。そんなこと聞く暇なんてないもん。というかお母さんは言ってないだけでさ、いつも頑張ってるあたしへのご褒美のつもりかも!」


「なんて自分に都合のいい解釈……。それで言ったら私も勉強頑張ってるし」


「違う。身体を動かすのと頭を動かすのでは求められる糖分が違うんだよ!」


「じゃあ別にプリンじゃなくていいでしょ。砂糖でも舐めてれば」


 言い争いをしているこの2人。長女の一愛(はじめ)と次女の十佳(とうか)という。

 高校2年生と高校1年生という年子なのも災いしてなのかいつもこういった調子である。


「あたしの身体は今プリンを求めてんの!」


「まあ……一姉(いちねえ)がそんなに太りたいっていうなら止めないけどさ」


「太くて何が悪いのさ!これは運動してる証ですー! |十佳みたいななーんもしてない人には分かんないかなぁ?!」


 十佳はスカートから覗く太ももを視界に入れ、そのまま目線を上げていき、


「無駄なとこだけに肉がついて、女として1番大事なところには養分が届いてないみたいだけど」


「栄養を溜め込んでるだけだし! のびしろしかないんだし!」


「のびしろって本当に便利な言葉だよね。あたかも成長することが確約されているかのように聞こえるんだもの。自分で大きくするために何か施策を打ち出してるの?」


「毎朝欠かさず牛乳を飲んでぇ、マッサージしてぇ、神様に祈ってぇ、あとは……」


「そんな凡庸な方法だけじゃ無理だよ。残念だけど膨らむのは夢だけだね」

 

「あのね、十佳は頭がいいでしょ? つまりお母さんがあたしにはスポーツに適した身体に、そして十佳には頭が良くなるようにわざと効率よく栄養を分けたんだよ。だから逆に感謝してほしいくらいだね」


「一姉が生まれた時、まだ私が生まれるなんて分かんないだろうし、その理論はおかしいよ」


 スポーツ万能で元気溌剌な一愛と成績優秀でクールな十佳。

 このように性格は真逆であり、対立は終わらない。


(われ)、帰還したー」


 リビングのドアが開けられ、入ってきたのは三女の百祢(ももね)。現在、中学2年生で「我」という一人称から分かる通り、中二病罹患者である。


「ああ、おかえり」


 そう言ったのは依然冷静な十佳であった。

 廊下からでも2人の喧騒は聞こえていたらしく、百祢は尋ねる。


「今宵は何を求め合う戦いなのだ?」


 すると開けられた冷蔵庫の中を口を尖がらせた一愛が親指で差す。


「こ、これは! 角獣の雫と翼をもがれた鳥たちの情熱的な輪舞曲(ロンド)、プリンではないか! ……誰か食べてないんじゃないの?」


「お母さんは今回食べないんだってさ」


「なぬ、それはそれで無責任な……」


「だよねー」


 すると百祢はにやりと笑みを浮かべ、


「この諍いを仲裁してしんぜよう!」


「平和的な方法があるとは思えないけど……」


(われ)がプリンを頂くということでこの場は閉廷!」


「「あんた何言ってんの?」」


 トーンは違うものの、2人の声がシンクロした。


「弱き者は助けられなければならないというのがこの人間社会の通念であると聞いている。つまり若輩者たる我に施しを与えるのは義務なのだ!堕天してきた我だが、人間社会で生きていく者として作られたルールには従おう……いや、従わざるを得ない……うん、仕方ない」


「なに? 社会民主主義とかそういう話? 一姉、馬鹿だからそういうの分かんないと思う。もっと平易な言葉にしてあげて」


「そんぐらい分かるし! あの……あれでしょ? えっとぉ……なんだっけ……」


 十佳は一息つき、


「でもそれだとあんたが弱き者ってことになるけど大丈夫?」


 百祢の眉がピクリと動いた。


「よ、弱くねーし! (われ)、最恐の堕天使だし!甘味は特上の(にえ)なのだ!」


「……あんたさ、学校でもそんな感じなの?」


「学校ではもっとマイルドな感じだし!」


「ふーん?」


「で、誰が食べるの?」


 沈黙。しかしこうなってしまった時の対処法は決まっている。


「そりゃあ……」


「選ばれし1人になるまでの魂を賭けた運命の淘汰……か」

 

 そう、戦いである。


 ◇◇◇◇◇


 十佳の部屋にて。


「よっしゃ! 揃った! これであと2枚!」


「うぐぐ……イカサマだ!」


「ふっふーん! 実力だし!」


「神様も一姉に同情して慈悲を与えてくれたみたいだね……」


 十佳は服の裾を目元に当てて泣いている真似をした。


「運も実力の内じゃん!」


「くそっ! 運命の女神め! (われ)が堕天したからといってここまで邪魔をしてくるとは……」


「あんたは単純に運が悪いだけでしょ」


 百祢の持ち札は現在6枚。2枚の一愛と3枚の十佳には大きな差がある。


「さ、私の番だから。早く引かせなさいよ」


「こうなったら……秘技! 絶対的な(アブソリュート)呪われし(カースド)選択(セレクト)!!」


 百祢は扇状に広げたカードの内、1枚を目立たせるように引き上げた。


「ふっふっふ……これでは他のカードを引くことなど──」


 十佳はそんなことお構いなしにそれ以外のカードを引いた。


「お、おい! ここは引っかかるところだろーが!」


「そんなルールどこにあんのよ」


「邪気に惑わされし人間めぇ……」


 そんなことを小声でぼやきながら百祢は渋々、一愛からカードを引いた。


「これであと1枚! あとは十佳から引けば……おりゃっ!」


 引いたカードは持っていたカードと同じ数字であった。


「そ、揃ったー! 上がりだっ!」


「わ、我のプリンがぁ……」


 一愛は喜びのまま飛び跳ねるように立ち上がり、ふわふわと浮いているような軽やかな足取りで冷蔵庫もとい勝者の栄光へと向かっていった。


「……よし。最後の敗北者を決めるのだ!」


「やる必要ある?」


「んん?」


「私ババ引くつもりないし。あんた最初からずーっとババ持ってるって顔してたよ?」


「もっと早く言ってよ!」


 百祢は顔を隠して(うずくま)った。どうやら顔に出やすいというのは自分では気づきにくいらしい。

 そうして敗北者2人が話していると、リビングから悲鳴が聞こえてきた。


「くっ……我が姉にも魔の手が……」


「んなわけないでしょーが」


 2人は恐る恐るリビングへ向かっていくと、一愛が冷蔵庫を開けたままぺたりと床に座り込んでいるのを発見した。


「一姉、どうしたの?」


「ない……ないの……」


「確かに一姉は胸が無くて、それはそれは飛び跳ねやすそうな身体つきをしているけども」


「おい、お前のソレをボールに見立ててスパイクしてやってもいいんだぞ」


 冷蔵庫の前でそんな小騒動を起こしていると、テレビ前のソファーから影が伸びた。


「……」


 それは末っ子で四女の千那(ちな)であった。小学4年生にして、謙虚さと言うのを母親の(はら)の中に置いてきたのかと思うほどのふてぶてしさを持っている娘である。いつも眠たそうな顔をしていて、ふっと風が吹かれれば消え入ってしまいそうな、そんな儚げな雰囲気を纏っている。


「あ、帰ってたんだ」


「おかえり、千那! 戦いを制した一愛の誉れであるプリンがどっかいっちゃったらしいんだけど知ってる?」


「……」


 千那は自身の前のテーブルを指差すと、


「プリンはちなの腹の中。非常に美味しかった。あともう1つ腹の中に収めるのが好ましい」


 そこには貪られたプリンの無残なカラが転がっていた。

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