2. 幼なじみのカッコつけたキメ顔見るのは辛い
本格的なYouTubeの撮影は、やはり街中で見かける一人配信のそれとはまるで違っていた。
スタッフの人数、機材、緻密な台本、さらにはリハーサルまで。
……モッパンってリハーサルするんだ?
流石に食べるところまではリハーサルしないけど、セリフひとつひとつまでしっかり練習している姿に、
「やっぱりプロってすごいな」って、思わず感心してしまう。
それに比べて、隣でぽけーっと眺めてる俺のバカっぽさときたら…。
「YouTuberは前にも何度か来たよ。まあ、ここまでの規模は初めてだけどね」
スアはそう言って、「貴重な休憩時間だから」と厨房に引っ込んでしまった。
社長夫婦も厨房で料理の仕込みに追われていて、ホールには新人の俺一人。
思い返せば、文化祭のたびに俺っていつも端っこ組だった。
なるべく目立たずに、青春を謳歌するインフルエンサータイプの人たちの陰にこっそり紛れて生きてきた。
なのに今、ここで唯一の“店側の人間”として見られているとか、やっぱりちょっと死にたい。
変に緊張しちゃって、いざキングクラブさんが登場して撮影が始まっても、いまいち集中できていない。
おまけに─さっきの裕悟との再会のせいで、なんだか妙に注目されてる気がする。
しつこく視線を感じて振り返ると、どこか厳しそうな、まさにマネージャーって感じの男性が、一手で眼鏡を持ち上げていた。
目が合った?と思った瞬間、彼はものすごい速さでこちらに歩いてくる。
「こんにちは。BLEETZのマネージャーをしております、キム・ソンファと申します。失礼ですが、お名前は?」
「えっ、あ、こんにちは。伊吹藍です。」
「韓国語お上手ですね。なら話が早い」
──なんだろう。セリフの流れというか、この空気…急に韓国ドラマのワンシーンに放り込まれたみたいなデジャヴが…。
もしかしてこれが、“貧乏なヒロインに、財閥の母が金を渡して別れてくれって言いに来る”あの展開の導入なのか?
「裕悟の幼なじみの方だと伺いました。」
「あ、はい。」
俺はすぐ我に戻った。
「久しぶりの再会で嬉しいとは思いますが、今日の出来事や、過去の話をネットなどに出されないようお願いしたく思います。」
「あ、はい。もちろん、気をつけます。」
「やや無礼な言い方になってしまったかもしれません。ですが、アイドルという職業上、イメージは非常に重要でして。
特に裕悟は、“過去が謎のクールなマンネ(末っ子)”として認知されておりますので。」
「はあ…」
「何卒、ご配慮のほどよろしくお願いいたします。」
…韓国の芸能界って、こういう圧もナチュラルに出すのか…いや、日本の芸能界は知らないから比較できないけど。
俺が黙って頷くと、キムさんは一礼してスタッフのもとへと戻っていった。
なんとなく気まずさを紛らわすように、俺は乾いた布巾を握りしめ、
「キングクラブさん、口大っきいな……いっぱい入りそう……」とか訳の分からないことを考えながら、スマホを取り出した。
裕悟のフルネームを、NAVOOの検索窓に打ち込む。
いくつかヒットはしたけれど、今度は裕悟だけ検索してみる。
──出た。
公式プロフィールが一瞬で表示された。
写真の横には、生年月日、所属グループ、所属事務所、出演作のリンク。
……幼なじみのやつが無表情でキメ顔してるのを見るのって、そんなに楽しいもんじゃない。
何その半開きの目。結膜炎?
このポーズ、いる? 何その顎の角度。ちょっと腹立つなあ。
ブログにも、画像タブにも、全部カッコイイ写真ばっかり。
誰も、パンツ一丁で泣きながら道路に座り込んでた5歳の裕悟を知らない。
コメント欄には──
『裕悟がマンネなのに兄貴たちよりクールなの、いつ飽きるw』
『お箸持ってるだけでえっちなのなぜ??罪じゃね???』
……どうやったらエロく見える箸の持ち方できるの? 教えてくれ。
画面に映るのは、もう俺の知らない誰かの顔だった。
こんなんじゃ、俺が「こいつ昔めっちゃ泣き虫だったんですよ〜」って暴露しても、誰も信じてくれなさそうだ。
ま、暴露する気もないけど。
でもやっぱり、そう思ってみても、
あの人が俺の知っていた裕悟と本当に同一人物なのか──ふと疑いたくなる時がある。
さっきお互いに気づいた瞬間も、裕悟は思った以上に落ち着いていて、「韓国に来てたんだ。知らなかった」なんて(そりゃそうだろ)と呟いただけで、特にリアクションもなかった。
十何年ぶりの再会にしては、あまりにもあっさりしていた。
おかげで、俺の中でぐつぐつと沸いていた嬉しさも、すっかり冷めてしまった。
──こういうの、寂しいって言うのか?
いや、俺なんかが裕悟に寂しさを感じる資格なんてないのかもしれない。
あいつはもう、すっかり別の人間になっちまったみたいだから。
顔を上げると、ついに今日のメイン料理がテーブルに登場していた。
店の看板メニュー『和風ハンバーグ定食』をメガジャンボサイズで作った、特別仕様だ。
あちこちから「おお〜!」と歓声が上がる。
「めっちゃうまそうじゃね?」
──出た。キングクラブさんの定番セリフ。
美味しそうな料理を見ると彼は必ず瞳をキラキラさせてそう言う。
「このハンバーグの色、ヤバくないですか? 食欲そそるっていうか……僕が言ってること分かりますね、 キングクラブさん?」
青い髪のBLEETZメンバー(たぶん韓国人)は、なんとかフォローしようとアワアワしている。どうやらおしゃべり得意なタイプではなさそう。
そして、注目の、ハンバーグの国から来た、裕悟。
「僕これ1分で食べられますよ」
嘘だろ。お前、小さい頃から食べるの遅くて、親に心配かけてたじゃん。
ジャンボラーメン10分完食とかいう企画じゃないんだから、全くモッパンを何だと思ってるんだ?
でも裕悟の顔は、びっくりするくらい涼しい顔だった。
まるで本当に1分でハンバーグを完食できる人みたいに。
「では、いただきます」
「いただきまーす!」
通常のキングクラブのモッパンは、たくさんの料理を並べて「どれだけ食べきれるか」が基本スタイル。
でも、コラボ回は特製料理をみんなで楽しく食べる“バラエティメイン”なのだ。
「裕悟くん、ハンバーグにまつわる面白いネタとかない?」
キングクラブさんの即興っぽい質問に、裕悟は口に入っていたハンバーグを飲み込んでから言った。
「僕、小さい頃歯医者がすごく嫌いで。」
「あ〜分かる。歯医者は世界共通のトラウマだよね」
「それで親が“チーズハンバーグ作ってあげるから行こう”って言ってきたことがあったんです」
「で? その誘惑に乗ったの?」
「“チーズハンバーグなんてハンバーグじゃない!”って叫んで、自分の部屋に閉じこもりました」
「ははは、なにそれ」
「韓国だと、ハンバーグっていうよりトンカツのほうがポピュラーですよね。“トンカツ買ってあげるから歯医者行こうよ”とか」
「あー、それ俺も騙されたことある!」
……ちなみに俺は、この話のオチを知っている。
部屋にこもって鍵をかけたはいいけど、やんちゃな兄にドアを開けられて、結局裕悟は号泣しながら歯医者に連れて行かれたのだ。
そのあと一週間くらい兄と口をきかなかった──はず。
それをあんな微笑ましいエピソードとして話せるなんて、さすがアイドル。ある意味コワい。
「でもこれ、ソースが本当にうまい」
キングクラブさんがとろけるような顔でソースを絡めながら呟いた。
「特製ソースらしいです」
「あ〜なんかそんな気はしてた。市販のやつと味がちょっと違うんだよね」
「ハンバーグが美味しすぎて、他のソースでも試したくなっちゃいますね」
「それいいね。なんか変わったソースないの?」
「タバスコとか?」
「それは普通かな。」
どうやらここからは台本にないアドリブ展開のようだ。
キングクラブさんの無茶ぶりに、社長夫婦は笑いながらもちょっと困った様子。
そりゃそうだ。
“美味しいソース”じゃなくて、“変わったソース”って言われても……
ここは日本家庭料理を売りにしてるお店だし、そんな奇抜なソースはたぶんない。
なら、普通だけど、ちょっと意外性のあるものを提案できれば…。
そう思った俺は、無意識に口を開いていた。
「……柚子ポン酢とか」
小さく言ったつもりだったのに、奇跡的なタイミングで店内が静まり返っていて、声が響いた。
注目が集まって、俺はようやく自分のやらかしに気づいて手を振った。
「すみません。ただ、前に友達と罰ゲームでそうやって食べたのを思い出して、つい」
たしか中2のときだったっけ。でも説明してるうちに嘘っぽくなってくる。不思議にも。
……この場から消えたい……そう思っていた、そのとき。
「それいいじゃん。面白いし」
意外にもキングクラブさんは乗り気になり、空いている自分の隣の席をポンポン叩いてこう言った。
「せっかくだから、提案してくれたバイトのお兄さんも一緒に出演しようよ!」
え?
ありがどうございます。