表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

2. 幼なじみのカッコつけたキメ顔見るのは辛い

本格的なYouTubeの撮影は、やはり街中で見かける一人配信のそれとはまるで違っていた。

スタッフの人数、機材、緻密な台本、さらにはリハーサルまで。

……モッパンってリハーサルするんだ?

流石に食べるところまではリハーサルしないけど、セリフひとつひとつまでしっかり練習している姿に、

「やっぱりプロってすごいな」って、思わず感心してしまう。

それに比べて、隣でぽけーっと眺めてる俺のバカっぽさときたら…。


「YouTuberは前にも何度か来たよ。まあ、ここまでの規模は初めてだけどね」


スアはそう言って、「貴重な休憩時間だから」と厨房に引っ込んでしまった。

社長夫婦も厨房で料理の仕込みに追われていて、ホールには新人の俺一人。

思い返せば、文化祭のたびに俺っていつも端っこ組だった。

なるべく目立たずに、青春を謳歌するインフルエンサータイプの人たちの陰にこっそり紛れて生きてきた。

なのに今、ここで唯一の“店側の人間”として見られているとか、やっぱりちょっと死にたい。

変に緊張しちゃって、いざキングクラブさんが登場して撮影が始まっても、いまいち集中できていない。

おまけに─さっきの裕悟との再会のせいで、なんだか妙に注目されてる気がする。


しつこく視線を感じて振り返ると、どこか厳しそうな、まさにマネージャーって感じの男性が、一手で眼鏡を持ち上げていた。

目が合った?と思った瞬間、彼はものすごい速さでこちらに歩いてくる。


「こんにちは。BLEETZのマネージャーをしております、キム・ソンファと申します。失礼ですが、お名前は?」

「えっ、あ、こんにちは。伊吹(いぶき)(らん)です。」

「韓国語お上手ですね。なら話が早い」


──なんだろう。セリフの流れというか、この空気…急に韓国ドラマのワンシーンに放り込まれたみたいなデジャヴが…。

もしかしてこれが、“貧乏なヒロインに、財閥の母が金を渡して別れてくれって言いに来る”あの展開の導入なのか?


裕悟(ゆうご)の幼なじみの方だと伺いました。」

「あ、はい。」


俺はすぐ我に戻った。


「久しぶりの再会で嬉しいとは思いますが、今日の出来事や、過去の話をネットなどに出されないようお願いしたく思います。」

「あ、はい。もちろん、気をつけます。」

「やや無礼な言い方になってしまったかもしれません。ですが、アイドルという職業上、イメージは非常に重要でして。

特に裕悟は、“過去が謎のクールなマンネ(末っ子)”として認知されておりますので。」

「はあ…」

「何卒、ご配慮のほどよろしくお願いいたします。」


…韓国の芸能界って、こういう圧もナチュラルに出すのか…いや、日本の芸能界は知らないから比較できないけど。

俺が黙って頷くと、キムさんは一礼してスタッフのもとへと戻っていった。


なんとなく気まずさを紛らわすように、俺は乾いた布巾を握りしめ、

「キングクラブさん、口大っきいな……いっぱい入りそう……」とか訳の分からないことを考えながら、スマホを取り出した。


裕悟のフルネームを、NAVOOの検索窓に打ち込む。

いくつかヒットはしたけれど、今度は裕悟だけ検索してみる。

──出た。

公式プロフィールが一瞬で表示された。

写真の横には、生年月日、所属グループ、所属事務所、出演作のリンク。


……幼なじみのやつが無表情でキメ顔してるのを見るのって、そんなに楽しいもんじゃない。


何その半開きの目。結膜炎?

このポーズ、いる? 何その顎の角度。ちょっと腹立つなあ。


ブログにも、画像タブにも、全部カッコイイ写真ばっかり。

誰も、パンツ一丁で泣きながら道路に座り込んでた5歳の裕悟を知らない。


コメント欄には──

『裕悟がマンネなのに兄貴たちよりクールなの、いつ飽きるw』

『お箸持ってるだけでえっちなのなぜ??罪じゃね???』


……どうやったらエロく見える箸の持ち方できるの? 教えてくれ。


画面に映るのは、もう俺の知らない誰かの顔だった。

こんなんじゃ、俺が「こいつ昔めっちゃ泣き虫だったんですよ〜」って暴露しても、誰も信じてくれなさそうだ。

ま、暴露する気もないけど。


でもやっぱり、そう思ってみても、

あの人が俺の知っていた裕悟と本当に同一人物なのか──ふと疑いたくなる時がある。

さっきお互いに気づいた瞬間も、裕悟は思った以上に落ち着いていて、「韓国に来てたんだ。知らなかった」なんて(そりゃそうだろ)と呟いただけで、特にリアクションもなかった。

十何年ぶりの再会にしては、あまりにもあっさりしていた。

おかげで、俺の中でぐつぐつと沸いていた嬉しさも、すっかり冷めてしまった。

──こういうの、寂しいって言うのか?

いや、俺なんかが裕悟に寂しさを感じる資格なんてないのかもしれない。

あいつはもう、すっかり別の人間になっちまったみたいだから。


顔を上げると、ついに今日のメイン料理がテーブルに登場していた。

店の看板メニュー『和風ハンバーグ定食』をメガジャンボサイズで作った、特別仕様だ。

あちこちから「おお〜!」と歓声が上がる。


「めっちゃうまそうじゃね?」


──出た。キングクラブさんの定番セリフ。

美味しそうな料理を見ると彼は必ず瞳をキラキラさせてそう言う。


「このハンバーグの色、ヤバくないですか? 食欲そそるっていうか……僕が言ってること分かりますね、 キングクラブさん?」


青い髪のBLEETZメンバー(たぶん韓国人)は、なんとかフォローしようとアワアワしている。どうやらおしゃべり得意なタイプではなさそう。

そして、注目の、ハンバーグの国から来た、裕悟。


「僕これ1分で食べられますよ」


嘘だろ。お前、小さい頃から食べるの遅くて、親に心配かけてたじゃん。

ジャンボラーメン10分完食とかいう企画じゃないんだから、全くモッパンを何だと思ってるんだ?


でも裕悟の顔は、びっくりするくらい涼しい顔だった。

まるで本当に1分でハンバーグを完食できる人みたいに。


「では、いただきます」

「いただきまーす!」


通常のキングクラブのモッパンは、たくさんの料理を並べて「どれだけ食べきれるか」が基本スタイル。

でも、コラボ回は特製料理をみんなで楽しく食べる“バラエティメイン”なのだ。


「裕悟くん、ハンバーグにまつわる面白いネタとかない?」


キングクラブさんの即興っぽい質問に、裕悟は口に入っていたハンバーグを飲み込んでから言った。


「僕、小さい頃歯医者がすごく嫌いで。」

「あ〜分かる。歯医者は世界共通のトラウマだよね」

「それで親が“チーズハンバーグ作ってあげるから行こう”って言ってきたことがあったんです」

「で? その誘惑に乗ったの?」

「“チーズハンバーグなんてハンバーグじゃない!”って叫んで、自分の部屋に閉じこもりました」

「ははは、なにそれ」

「韓国だと、ハンバーグっていうよりトンカツのほうがポピュラーですよね。“トンカツ買ってあげるから歯医者行こうよ”とか」

「あー、それ俺も騙されたことある!」


……ちなみに俺は、この話のオチを知っている。

部屋にこもって鍵をかけたはいいけど、やんちゃな兄にドアを開けられて、結局裕悟は号泣しながら歯医者に連れて行かれたのだ。

そのあと一週間くらい兄と口をきかなかった──はず。

それをあんな微笑ましいエピソードとして話せるなんて、さすがアイドル。ある意味コワい。


「でもこれ、ソースが本当にうまい」


キングクラブさんがとろけるような顔でソースを絡めながら呟いた。


「特製ソースらしいです」

「あ〜なんかそんな気はしてた。市販のやつと味がちょっと違うんだよね」

「ハンバーグが美味しすぎて、他のソースでも試したくなっちゃいますね」

「それいいね。なんか変わったソースないの?」

「タバスコとか?」

「それは普通かな。」


どうやらここからは台本にないアドリブ展開のようだ。

キングクラブさんの無茶ぶりに、社長夫婦は笑いながらもちょっと困った様子。

そりゃそうだ。

“美味しいソース”じゃなくて、“変わったソース”って言われても……

ここは日本家庭料理を売りにしてるお店だし、そんな奇抜なソースはたぶんない。

なら、普通だけど、ちょっと意外性のあるものを提案できれば…。

そう思った俺は、無意識に口を開いていた。


「……柚子ポン酢とか」


小さく言ったつもりだったのに、奇跡的なタイミングで店内が静まり返っていて、声が響いた。

注目が集まって、俺はようやく自分のやらかしに気づいて手を振った。


「すみません。ただ、前に友達と罰ゲームでそうやって食べたのを思い出して、つい」


たしか中2のときだったっけ。でも説明してるうちに嘘っぽくなってくる。不思議にも。

……この場から消えたい……そう思っていた、そのとき。


「それいいじゃん。面白いし」


意外にもキングクラブさんは乗り気になり、空いている自分の隣の席をポンポン叩いてこう言った。


「せっかくだから、提案してくれたバイトのお兄さんも一緒に出演しようよ!」


え?

ありがどうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ