第8章 「狙われた才能」
夏休み中のある日、7月30日。
午前9時――東京の名門・聖嶺学園の前で、1人の男子生徒が血を流して倒れていた。
彼は、全国模試で1位を取ったばかりの3年生、杉村仁。
意識はあったが、足に裂傷を負っており、自力で動くことはできなかった。
続けざまに、8月4日。
都内有名大学のミスキャンパス、斉藤美優が同様に襲われ、腕を骨折。
いずれも人目の少ない早朝、もしくは深夜帯に起きた事件であり、目撃者はいなかった。
だが共通していたのは、被害者たちが「ある種の注目」を集めていたということだった。
そして、8月10日――
勇輝たちが通う名門校・私立星泉高校の2年生、音無颯太が襲われる。
彼は昨年の全国英語スピーチコンテストで優勝し、テレビにも取り上げられていた。
その知らせを聞いた瞬間、勇輝、梨華、真希、真里、徳川、細川、なつみ、飯沼、安本、朝日、皆倉姉妹の12人は、皆、同時にあの言葉を思い出していた。
――「お前たちは目立ちすぎた。後悔する。」
あの落書き。部活棟の壁にスプレーで書かれていた警告。
そして、8月12日。今度は体育館裏の壁に別の言葉が見つかる。
――「君たちは、ずっと見られている」
私立星泉高校内部での連続事件と、都内の傷害事件との繋がりを感じた学校は、すぐに警視庁へ通報。
夏目刑事と天久刑事が中心となり、現場周辺での聞き込みや防犯カメラの解析に乗り出した。
「こっちは、ここ数週間で同じような内容の落書きが、あと2校で確認されています」
天久が手帳を見ながら、夏目に報告した。
「やっぱり、誰かが意図的に“選んで”るな……」
夏目は渋い顔で落書きの写真を見つめた。
「注目されている学生、功績を残している若者……しかも関東圏に集中している」
聞き込みにあたった警察官たちは、近隣住民や校舎管理員に声をかけていたが、犯行時間帯が特定されず、情報は散発的だった。
だが、体育館裏の落書きのスプレー跡には指紋がわずかに残っており、科学捜査班が分析を進めていた。
一方、勇輝たち12人のメンバーは、学校の空き教室に集まり、自分たちなりに情報を整理していた。
「ねぇ、これさ、全部“目立ってる人”が狙われてるっていう共通点、やっぱり意図的よね」
真希が白板に“襲撃された人物リスト”を箇条書きする。
「賞を取った、テレビに出た、メディアで報じられた……いわゆる“称賛される若者”だけが狙われてるのよ」
徳川が腕を組んだまま口を挟む。
「これってさ、犯人は“嫉妬”か“憎悪”の感情で動いてるんじゃない?」
細川がノートを開きながら言うと、安本がぽつりとつぶやいた。
「……もしかしたら、犯人も“何かで評価されてた”人かもな。過去に」
「期待されてたけど、何かで落ちたとか?」
朝日が顔をしかめると、飯沼がうなずいた。
「つまり“光”を見てしまった人間が、その“光”に焼かれたってことか……」
梨華はノートを開き、慎重に言葉を探しながら言った。
「これって……ただの連続傷害じゃない。何か“メッセージ”がある。
自分が報われなかった人生の代わりに、“報われた者たち”に罰を与えてるのかも」
勇輝はしばらく黙っていたが、やがて重い口を開いた。
「……なら、犯人は必ず、被害者の“成功”を知ってる人物。
しかも、それが“気に入らない”と思ってる誰かだ」
「でも、警察が動いてるし、僕たちはまた勝手な行動は……」
なつみが不安げに口を挟む。
「でもさ、今回の被害者、俺たちの後輩だぞ。じっとしてらんねぇよ」
徳川が目を光らせる。
勇輝は深くうなずいた。
「警察に逆らうんじゃない。けど、俺たちだから気づけることもある。
あのときみたいに、少しずつでいい。調べていこう」
その後、12人は手分けして情報収集を開始。
生徒会を通して校内での意識調査を実施し、SNSの動向や、学内掲示板などから、犯人の視点に近い発言を探り始める。
一方、警察も防犯カメラから割り出したスプレー缶の販売店舗を追い、関係者の足取りを追っていた。
その日の午後――
勇輝、梨華、徳川、細川、真希、真里、なつみ、飯沼、安本、朝日、皆倉姉妹の12人は、警視庁の夏目刑事を訪ねた。
校内で連続事件が発生している今、自分たちも調査に協力したい――その意志を、真剣な眼差しで告げた。
「ふざけるな! これは遊びじゃないぞ!」
夏目は机を叩き、鋭い声で怒鳴った。
勇輝たちの前で怒気を露わにする夏目に、空気が一瞬凍りついた。
「お前ら、前の事件でギリギリのラインを踏んでる。今回は“未遂”じゃない、本物の傷害事件だ。命のやり取りなんだぞ!」
だがそのとき、後ろに控えていた天久が、静かに一歩踏み出した。
「……夏目さん。こいつら、前の3件、全部自分たちで核心に近づいてたじゃないですか」
「無断で動くことが問題なのは分かります。でも、正直……俺たちも助けられたと思ってますよ」
夏目は黙って天久を見つめた。しばしの沈黙。
「条件をつける」
ようやく夏目は低い声で言った。
「報告は必ず天久を通すこと。決して現場には出るな。証拠になりそうなものは持ち出さず、すべて警察に渡すこと。……破ったら、次は絶対に許さないからな」
「……はい!」
勇輝たち12人は声を揃えて答えた。
その眼差しに、もはや迷いはなかった。
同じころ、警視庁では捜査本部が臨時会議を開いていた。
被害者である杉村仁、斉藤美優、音無颯太、その他4人の関係者に対しての聞き取り調査、現場周辺の聞き込みも行われていた。
だが――
「誰も不審者を見ていない」
「時間帯が早朝・深夜で、証言がバラバラすぎる」
「監視カメラにも死角が多すぎて……追えません」
刑事たちの表情には、疲労と苛立ちが滲んでいた。
「何かが足りねぇんだ……」
「このままじゃ、次がいつになるかわからない……!」
現場は徐々に緊迫感を増していく。
その中で、勇輝たち12人と警察の新たな“協力体制”が、静かに動き始めていた。
だが、犯人の影はすぐそこまで迫っている。
「目立つ者」への執着と憎悪。
それはまだ誰にも、真の動機と恐ろしさを見せてはいなかった──
新学期が始まった私立星泉高校。
制服の袖を通すたび、あの夏の不気味な落書きが頭をよぎったが、日常は否応なく動き出す。
勇輝や梨華を含む12人のメンバーは、受験勉強に追われつつも、連続傷害事件の情報収集を続けていた。
夜の図書室、自習室、カフェ。参考書とノートを広げた机の端に、事件関係のメモがいつも置かれていた。
そんな張り詰めた日々の中で、一筋の明るい知らせもあった。
「10月の国体、出場決まったって?」
「うん……信じられないけど、決まっちゃった」
梨華が照れくさそうに笑った。空手部で培った努力が実を結び、10月下旬に国体に出場することが決まったのだ。
勇輝は軽く拳をぶつけ、仲間たちも大きな拍手を送った。
「マジで誇りだな、星泉のエースだ」
「……でもさ」
梨華はふと、視線を落とした。
「こんな事件が続く中で、大会のこと喜んでていいのかなって」
「喜んでいいに決まってんだろ」
徳川が肩を叩いた。
「お前が頑張った成果まで奪わせてたまるかよ。絶対に守る。……俺たちで、この事件も止めよう」
みんなが頷いた。
しかし――現実は厳しかった。
事件は一向に進展しない。夏目刑事たちの特捜班も行き詰まり、警察署の空気も重苦しかった。
そんな中で、さらなるニュースが飛び込んでくる。
「千葉、大阪でも同じような事件が起きたって……」
真希が広げたタブレットの画面には、ニュース速報が表示されていた。
「今度は大学生や高校生が襲われた……しかも連続で」
「手口も似てる。狙われたのは“将来有望”って書かれてる奴らだ」
細川が新聞記事の切り抜きを並べる。
東京、神奈川、千葉、大阪――。
まるで広域を計画していたかのように、傷害事件は波紋を広げていた。
「全国規模の連続犯か、それとも模倣犯が増殖してるのか……」
勇輝がぼそりと呟く。
「でも、ちょっと違うこともある」
真理がスマホを見つめながら言った。
「大阪の被害者、証言してる。『犯人は男だった』って。性別の証言がはっきり出たの、これが初めてだよ」
その言葉に一同がざわついた。
「つまり、全部が同じ犯人とは限らないってことか」
「いや、同一犯の可能性もあるけど、複数のグループが動いてる可能性もある」
「こえーな……」
緊張が走る教室の一角。
だが、その重苦しさを和らげるように、徳川がわざと大げさなため息をついた。
「ま、悩むだけ悩んだら腹減った。飯食おうぜ」
「ちょっと! 今いいところなのに!」
「お前らも無理すんな。こうやって続けられてんのは、みんながいるからだろ」
真理も肩をすくめた。
「じゃあ、ご飯食べながら続きを考えよっか」
「賛成」
笑い声が小さく広がった。
そんな中、彼らの情報収集も徐々に形になり始めていた。
真理はネット掲示板やSNS、ニュースサイトをくまなくチェックし、地域ごとの報道の温度差や被害者の特徴をデータにまとめた。
「偏見や誇張も多いけど、傾向は見える」
書き込む手は早かった。
徳川はIT企業でソフト開発をしている兄に相談し、協力を取りつけた。
「事件現場周辺のSNS投稿や写真を時系列で自動取得して解析するスクリプト、兄貴が作ってくれるって」
「それ、すごいじゃん!」
梨華が目を輝かせた。
「俺らが警察より早く何かわかるかもしれない」
「でもさ、見つけたら警察に報告するの、忘れんなよ」
勇輝が念を押すと、全員が真剣な顔で頷いた。
夜遅くまでの会議。
何度も繰り返す仮説の議論。
ときには冗談を飛ばして笑い合い、将来の夢を語る時間もあった。
友情は深まっていた。
けれど、心のどこかで全員がわかっていた。
「次の犠牲者が出る前に、必ず止める」
その決意だけは、誰も揺らがなかった。