表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

第8章 「狙われた才能」

夏休み中のある日、7月30日。

午前9時――東京の名門・聖嶺学園の前で、1人の男子生徒が血を流して倒れていた。

彼は、全国模試で1位を取ったばかりの3年生、杉村仁。

意識はあったが、足に裂傷を負っており、自力で動くことはできなかった。


続けざまに、8月4日。

都内有名大学のミスキャンパス、斉藤美優が同様に襲われ、腕を骨折。

いずれも人目の少ない早朝、もしくは深夜帯に起きた事件であり、目撃者はいなかった。

だが共通していたのは、被害者たちが「ある種の注目」を集めていたということだった。


そして、8月10日――

勇輝たちが通う名門校・私立星泉高校の2年生、音無颯太が襲われる。

彼は昨年の全国英語スピーチコンテストで優勝し、テレビにも取り上げられていた。


その知らせを聞いた瞬間、勇輝、梨華、真希、真里、徳川、細川、なつみ、飯沼、安本、朝日、皆倉姉妹の12人は、皆、同時にあの言葉を思い出していた。


――「お前たちは目立ちすぎた。後悔する。」


あの落書き。部活棟の壁にスプレーで書かれていた警告。

そして、8月12日。今度は体育館裏の壁に別の言葉が見つかる。


――「君たちは、ずっと見られている」


私立星泉高校内部での連続事件と、都内の傷害事件との繋がりを感じた学校は、すぐに警視庁へ通報。

夏目刑事と天久刑事が中心となり、現場周辺での聞き込みや防犯カメラの解析に乗り出した。


「こっちは、ここ数週間で同じような内容の落書きが、あと2校で確認されています」

天久が手帳を見ながら、夏目に報告した。


「やっぱり、誰かが意図的に“選んで”るな……」

夏目は渋い顔で落書きの写真を見つめた。

「注目されている学生、功績を残している若者……しかも関東圏に集中している」


聞き込みにあたった警察官たちは、近隣住民や校舎管理員に声をかけていたが、犯行時間帯が特定されず、情報は散発的だった。

だが、体育館裏の落書きのスプレー跡には指紋がわずかに残っており、科学捜査班が分析を進めていた。


一方、勇輝たち12人のメンバーは、学校の空き教室に集まり、自分たちなりに情報を整理していた。


「ねぇ、これさ、全部“目立ってる人”が狙われてるっていう共通点、やっぱり意図的よね」

真希が白板に“襲撃された人物リスト”を箇条書きする。


「賞を取った、テレビに出た、メディアで報じられた……いわゆる“称賛される若者”だけが狙われてるのよ」

徳川が腕を組んだまま口を挟む。


「これってさ、犯人は“嫉妬”か“憎悪”の感情で動いてるんじゃない?」

細川がノートを開きながら言うと、安本がぽつりとつぶやいた。


「……もしかしたら、犯人も“何かで評価されてた”人かもな。過去に」


「期待されてたけど、何かで落ちたとか?」

朝日が顔をしかめると、飯沼がうなずいた。


「つまり“光”を見てしまった人間が、その“光”に焼かれたってことか……」


梨華はノートを開き、慎重に言葉を探しながら言った。


「これって……ただの連続傷害じゃない。何か“メッセージ”がある。

 自分が報われなかった人生の代わりに、“報われた者たち”に罰を与えてるのかも」


勇輝はしばらく黙っていたが、やがて重い口を開いた。


「……なら、犯人は必ず、被害者の“成功”を知ってる人物。

 しかも、それが“気に入らない”と思ってる誰かだ」


「でも、警察が動いてるし、僕たちはまた勝手な行動は……」

なつみが不安げに口を挟む。


「でもさ、今回の被害者、俺たちの後輩だぞ。じっとしてらんねぇよ」

徳川が目を光らせる。


勇輝は深くうなずいた。


「警察に逆らうんじゃない。けど、俺たちだから気づけることもある。

 あのときみたいに、少しずつでいい。調べていこう」


その後、12人は手分けして情報収集を開始。

生徒会を通して校内での意識調査を実施し、SNSの動向や、学内掲示板などから、犯人の視点に近い発言を探り始める。


一方、警察も防犯カメラから割り出したスプレー缶の販売店舗を追い、関係者の足取りを追っていた。


その日の午後――


勇輝、梨華、徳川、細川、真希、真里、なつみ、飯沼、安本、朝日、皆倉姉妹の12人は、警視庁の夏目刑事を訪ねた。

校内で連続事件が発生している今、自分たちも調査に協力したい――その意志を、真剣な眼差しで告げた。


「ふざけるな! これは遊びじゃないぞ!」


夏目は机を叩き、鋭い声で怒鳴った。

勇輝たちの前で怒気を露わにする夏目に、空気が一瞬凍りついた。


「お前ら、前の事件でギリギリのラインを踏んでる。今回は“未遂”じゃない、本物の傷害事件だ。命のやり取りなんだぞ!」


だがそのとき、後ろに控えていた天久が、静かに一歩踏み出した。


「……夏目さん。こいつら、前の3件、全部自分たちで核心に近づいてたじゃないですか」

「無断で動くことが問題なのは分かります。でも、正直……俺たちも助けられたと思ってますよ」


夏目は黙って天久を見つめた。しばしの沈黙。


「条件をつける」


ようやく夏目は低い声で言った。


「報告は必ず天久を通すこと。決して現場には出るな。証拠になりそうなものは持ち出さず、すべて警察に渡すこと。……破ったら、次は絶対に許さないからな」


「……はい!」


勇輝たち12人は声を揃えて答えた。

その眼差しに、もはや迷いはなかった。


同じころ、警視庁では捜査本部が臨時会議を開いていた。

被害者である杉村仁、斉藤美優、音無颯太、その他4人の関係者に対しての聞き取り調査、現場周辺の聞き込みも行われていた。


だが――


「誰も不審者を見ていない」

「時間帯が早朝・深夜で、証言がバラバラすぎる」

「監視カメラにも死角が多すぎて……追えません」


刑事たちの表情には、疲労と苛立ちが滲んでいた。


「何かが足りねぇんだ……」

「このままじゃ、次がいつになるかわからない……!」


現場は徐々に緊迫感を増していく。

その中で、勇輝たち12人と警察の新たな“協力体制”が、静かに動き始めていた。


だが、犯人の影はすぐそこまで迫っている。

「目立つ者」への執着と憎悪。

それはまだ誰にも、真の動機と恐ろしさを見せてはいなかった──


新学期が始まった私立星泉高校。

制服の袖を通すたび、あの夏の不気味な落書きが頭をよぎったが、日常は否応なく動き出す。


勇輝や梨華を含む12人のメンバーは、受験勉強に追われつつも、連続傷害事件の情報収集を続けていた。

夜の図書室、自習室、カフェ。参考書とノートを広げた机の端に、事件関係のメモがいつも置かれていた。


そんな張り詰めた日々の中で、一筋の明るい知らせもあった。


「10月の国体、出場決まったって?」


「うん……信じられないけど、決まっちゃった」


梨華が照れくさそうに笑った。空手部で培った努力が実を結び、10月下旬に国体に出場することが決まったのだ。

勇輝は軽く拳をぶつけ、仲間たちも大きな拍手を送った。


「マジで誇りだな、星泉のエースだ」


「……でもさ」


梨華はふと、視線を落とした。


「こんな事件が続く中で、大会のこと喜んでていいのかなって」


「喜んでいいに決まってんだろ」


徳川が肩を叩いた。


「お前が頑張った成果まで奪わせてたまるかよ。絶対に守る。……俺たちで、この事件も止めよう」


みんなが頷いた。


しかし――現実は厳しかった。


事件は一向に進展しない。夏目刑事たちの特捜班も行き詰まり、警察署の空気も重苦しかった。

そんな中で、さらなるニュースが飛び込んでくる。


「千葉、大阪でも同じような事件が起きたって……」


真希が広げたタブレットの画面には、ニュース速報が表示されていた。


「今度は大学生や高校生が襲われた……しかも連続で」


「手口も似てる。狙われたのは“将来有望”って書かれてる奴らだ」


細川が新聞記事の切り抜きを並べる。

東京、神奈川、千葉、大阪――。

まるで広域を計画していたかのように、傷害事件は波紋を広げていた。


「全国規模の連続犯か、それとも模倣犯が増殖してるのか……」


勇輝がぼそりと呟く。


「でも、ちょっと違うこともある」


真理がスマホを見つめながら言った。


「大阪の被害者、証言してる。『犯人は男だった』って。性別の証言がはっきり出たの、これが初めてだよ」


その言葉に一同がざわついた。


「つまり、全部が同じ犯人とは限らないってことか」


「いや、同一犯の可能性もあるけど、複数のグループが動いてる可能性もある」


「こえーな……」


緊張が走る教室の一角。

だが、その重苦しさを和らげるように、徳川がわざと大げさなため息をついた。


「ま、悩むだけ悩んだら腹減った。飯食おうぜ」


「ちょっと! 今いいところなのに!」


「お前らも無理すんな。こうやって続けられてんのは、みんながいるからだろ」


真理も肩をすくめた。


「じゃあ、ご飯食べながら続きを考えよっか」


「賛成」


笑い声が小さく広がった。


そんな中、彼らの情報収集も徐々に形になり始めていた。

真理はネット掲示板やSNS、ニュースサイトをくまなくチェックし、地域ごとの報道の温度差や被害者の特徴をデータにまとめた。

「偏見や誇張も多いけど、傾向は見える」

書き込む手は早かった。


徳川はIT企業でソフト開発をしている兄に相談し、協力を取りつけた。

「事件現場周辺のSNS投稿や写真を時系列で自動取得して解析するスクリプト、兄貴が作ってくれるって」

「それ、すごいじゃん!」


梨華が目を輝かせた。


「俺らが警察より早く何かわかるかもしれない」


「でもさ、見つけたら警察に報告するの、忘れんなよ」


勇輝が念を押すと、全員が真剣な顔で頷いた。


夜遅くまでの会議。

何度も繰り返す仮説の議論。

ときには冗談を飛ばして笑い合い、将来の夢を語る時間もあった。


友情は深まっていた。

けれど、心のどこかで全員がわかっていた。


「次の犠牲者が出る前に、必ず止める」


その決意だけは、誰も揺らがなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ