第7章「夏の予兆」
春の桜が舞い散る中、彼らは確かに“終わり”を迎えたはずだった。
20年前の冤罪事件、その復讐として起きた一連の襲撃と脅迫。逮捕された男――横山新一の涙に込められた真実は、勇輝たち6人だけでなく、関わったすべての者の胸に重く響いていた。
だが、それでも季節は巡る。
日常は、何事もなかったかのような顔で訪れる。
四月、新年度。
勇輝、梨華、真希、真里、徳川、細川の6人に加え、なつみ、飯沼、安本、朝日、皆倉姉妹の12人は、揃って三年生に進級した。
新しい教室、新しい担任、新しい時間割。
どこか浮き足立った空気が、進級直後の校舎には漂っていた。
「大学受験、かぁ……」
放課後、校庭を見下ろす渡り廊下で、真希が小さく溜め息を吐いた。
「私たち、いっつも事件に巻き込まれてばっかで、ちゃんと青春できてたのかな」
「青春って……事件で一緒に走り回ったのも、十分“それ”だったと思うけどな」
隣で立っていた勇輝が、いつもより柔らかい口調で答える。
「むしろ、青春なんて平和なだけのもんじゃないって、俺は思う」
真希は目を丸くしてから、ふっと笑った。
「……あんた、たまには良いこと言うじゃん」
それでも、彼らの日常は、確かに戻っていた。
クラス替え直後の教室では、恋の噂や進路の話題が飛び交い、校庭では新入生が先輩に緊張しながら部活動の説明を受けていた。
そんな穏やかな空気に、彼らもようやく馴染み始めていたのだ。
──それは、嵐の前の静けさだった。
四月下旬。放課後。
校舎裏の古い非常階段の壁に、一枚の紙が貼られていた。
紙は風に揺れて、誰の目にも止まらぬまま、ただそこに存在していた。
「なにこれ……」
その紙を最初に見つけたのは、朝日だった。部活の準備で忘れ物を取りに来た帰り道、階段脇のゴミ箱に何気なく目をやった彼は、紙の異様な“匂い”に気づいた。
──お前たちは目立ち過ぎた。後悔する。
読み上げた瞬間、ゾッと背筋を冷たい何かが走った。
急いで担任に届けられたその紙は、すぐに教頭へ渡り、やがて警察にも届け出がなされた。
「いたずらか、模倣犯か……」
再び学校に姿を現した夏目刑事は、眉間に皺を寄せていた。
「どうせまた事件に巻き込まれるんでしょう?」
徳川が苦笑まじりに勇輝に言ったとき、勇輝はただ黙って窓の外を見つめていた。
梨華は静かに頷く。
「気のせいかもしれないけど……誰かが、ずっと“終わらせたくない”って思ってる気がするの」
「誰かが“終わり”にするのを拒んでる……ってことか」
細川の声も、どこか曇っていた。
そう、終わったはずの物語の、その“続きを”書こうとする者がいるのだ。
それが誰で、どんな動機を抱えているのか──今はまだ見えない。
だが、勇輝の勘が騒いでいた。
直感だった。だが、これまでの事件の数々も、最初は同じような“ざわつき”から始まっていた。
7月25日。
その不安は、確信へと変わる。
夏休み特別授業の登校日。
朝練を終えた皆倉茉奈と、後輩男子のテニス部員が部活棟の裏手で妙なものを見つけた。
「ねぇ、これ……落書きじゃないよね?」
コンクリートの壁に、赤いスプレーで書かれた言葉。
──お前達は目立ちすぎた。どうなっても知らない。
それは明確な“敵意”だった。
やがて、この落書きを皮切りに、勇輝たちを再び“闇”が包んでいく。
真夏の蝉の声が響く中で、またひとつ、青春の影が揺れ始めていた──。