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第一章:交差する心と影

東京の郊外にある進学校・私立星泉高校。

秋の空気が教室の窓を揺らし、季節の移ろいを感じさせる頃。

2年B組の教室に、新たな風が吹き込んだ。


「家山勇輝くんです。今日からみんなのクラスメイトになります。」


教師の紹介に、クラスの女子たちはざわついた。

背が高く、整った顔立ちに明るい表情。そして、何より笑いを誘う軽い調子。


「いや〜、美人が多いクラスで嬉しいな。これからよろしく!」


女子たちが笑い、男子は半ば呆れながらも興味を示す。

その中で、ただ一人、真白梨華だけが冷ややかな視線を送っていた。


「軽すぎる……」


梨華は、黒髪ロングに整った顔立ち。容姿端麗で成績優秀。

合気道部の有段者でありながら、恋愛経験は皆無。

そんな彼女にとって、“女好き”を公言するような男は不快でしかなかった。


──それでも、時間と共に勇輝はクラスに溶け込んでいった。

陽気で気さく、誰にでも分け隔てなく接し、男子からも女子からも好かれていく。


一方で、梨華はそんな勇輝に複雑な感情を抱いていた。

特に、親友の小藤真希が勇輝と笑いながら話しているのを見ると、

心の奥がざわつくような、言葉にならない不快感があった。


(なんで……あんな奴と……)


──そして、ある日。放課後の部活動後のことだった。


梨華は汗を流し、シャワーを浴び、タオルで髪を拭きながらロッカーに戻った。

だが、そこにあるはずのものが、ない。


「……え?」


目を疑った。探す。もう一度ロッカーを開ける。床を見渡す。

しかし、何度見直しても──そこには、下着がなかった。


今日の下着だけは、見られるわけにはいかなかった。

合気道の稽古中、踏み込みの瞬間、ほんの少しだけ……失禁していたのだ。


(そんな、嘘……なんで……!)


焦燥と羞恥で胸がいっぱいになった。顔から血の気が引く。


ロッカールームの隅を必死で探していると、

ふと、背後から二人の女子の会話が聞こえた。


「……また盗まれたの?皆倉茉奈も、下着無くなったって。」


「朝香みなみもだよ。で、数日したら戻ってくるんだって。変な話。」


「一年の子なんて、名前書かれて黒板に貼られたらしいよ……」


梨華は息を呑んだ。


(やばい……戻ってくる!? 黒板に!?)


自分の下着には、母に刺繍してもらった名前が入っていた。

その上、汚れが……尿臭と染みが、はっきりと残っている。


絶望と恐怖に身体が震えた。

そのままでは帰れず、制服のスカートの中に体操服の下を着込み、

親友の真希にだけ、打ち明けた。


「……お願い、誰にも言わないで。あたし……今日、ちょっと……失敗して……」


真希は驚いたが、すぐに表情を引き締め、真剣に頷いた。


「大丈夫。見つけよう。絶対、あんたの味方だから。」


二人で探し回るが、成果はないまま日が暮れた。


──そして数日後。


板に貼られた一枚の紙。

そして、画鋲に吊るされた小袋。


それを見た瞬間、梨華の心臓が止まりそうになった。


「え……っ、なに……」


教室内がざわつく。


「2年A組、真白梨華……?」


「えっ、マジで!? あの真白が!? あの“完璧お嬢様”が!?」


声が飛び交い始める。やがて笑い声に変わる。


「え、ちょっと待って、くさ……マジでくっさ……これヤバくない?」


「黄色い染み……これ、アレでしょ……オムツ必要なんじゃね?」


「えっ? 真白ってさ、Eカップであの顔で?中身お子様以下じゃん!うわー! ギャップ萌え〜〜〜」


「てか、見てこの染み。マジで失禁じゃん。ちょっと引くわ……」


梨華の身体から、血の気が失せていく。

耳が遠くなって、心臓だけが激しく脈打つ。


周囲から飛んでくる視線は、いつもの称賛や憧れじゃない。

哀れみ、好奇心、そして……妬み。


「成績優秀でさぁ、お嬢様でさぁ、モデル妹までいて? ちょっと優等生すぎると思ってたわ」


「だよね〜? これで株、だだ下がりでしょ。女王様気取りの真白様も、しょせん“おもらし”お嬢様〜〜」


クスクス……ヒソヒソ……。

笑い声が教室を満たす。

誰一人、止めようとはしなかった。


涙が、ぽたり、とノートの上に落ちた。


梨華は耐えられなかった。

誇りも、努力も、プライドも――すべて一瞬で嘲笑に変わった。


「やめて……お願い……やめてって……!」


そう叫ぶ声も、すぐに別の誰かの嘲笑にかき消された。


そのとき――


「……おい、いい加減にしろよ。」


教室の空気が一変する。

教壇の後ろから声を発したのは、家山勇輝だった。


「……くだらねぇことしてんじゃねーよ。見苦しいわ。」


ぽつりと投げられた言葉。

けれど、それが静寂を呼び込んだ。


「お前ら、そんなに笑って楽しいか? 人の下着がどうとかって? え? 馬鹿じゃねぇの?」


一歩、二歩と前に出て、勇輝は黒板から紙をはがした。

そして、皆を睨みつけるように言い放つ。


「“おもらし”がどうした? それで人を笑って、悦に浸ってる方がクソダセぇよ。

 何なら、お前らのパンツ全員見せてみ? 一枚くらい、似たようなやつあるだろ。」


「……なっ、なにそれ……」


「……変態じゃん……」


「それでもお前らよりマシだな。」


そう言い残し、勇輝は袋を無言で引き出しにしまった。


誰も、もう笑えなかった。


──放課後。


一人で帰ろうとする梨華の背に、静かな声がかけられた。


「……大丈夫か?」


振り返ると、勇輝が立っていた。

彼の手には、小さな紙袋。


「これ、見つけた。誰にも見せてないし、匂いも言ってない。約束する。」


その言葉に、梨華の目にまた涙が浮かんだ。

でも彼女は、怒りと羞恥に任せて言った。


「……何であんたが……勝手に……バカ……!」


バシン、と平手が頬を打った。


そして、真っ赤な顔のまま、紙袋を握りしめて走り去った。


呆然と立ち尽くす勇輝は、頬を撫でながら呟いた。


「……めちゃくちゃ痛ぇな。でも、あいつ……強えな。」


その日、二人の心の距離が、ほんの少しだけ近づいた。


翌日、梨華は登校できなかった。

朝から教室は静まり返っていた。

生徒たちは、昨日の騒動を口には出さないが、皆が思い出し、そして何となく目を逸らしていた。


放課後、真希と真里は、教室にやってきた勇輝の席に向かう。


「……あの、昨日は……ありがとう」


真希が言う。

普段は快活な真里も、この日ばかりは神妙な顔で頷いた。


「……うち、梨華と長い付き合いやけど、あんな泣き方、初めて見た。あの子、誰にも弱いとこ見せんから……」


勇輝は気まずそうに頭をかきながら、ただ一言。


「……あんなの、見てらんねーよ」


真希と真里はうなずきあった。

彼女たちは、心に決めていた。必ず、犯人を見つけると。


真希、真里、そしてなつみは、放課後、さっそく行動を開始した。

最初に向かったのは、1年生の女子が多く所属しているバドミントン部の部室。


「……あの、少し聞いてもいいかな」


そう声をかけると、何人かが顔を見合わせ、やや警戒した表情になる。


「最近、下着がなくなる事件、あったでしょ?」


「あー……あった、かも。でも、数日後に戻ってきたよ」


「それって、黒板に吊るされてた?」


「ううん。机の中に入ってた。でも、名前が書いてあって……ちょっと……」


話は徐々に広がっていく。

他にも、体操着が消えた生徒や、部活バッグの中から何かを盗まれたという話がぽつぽつと聞こえてくる。


真里の眉が吊り上がる。


「……つまり、狙いは“名前入りの私物”ってことやん」


「晒すのが目的ってこと……?」


「ふざけんなや……どこのクソがやっとんねん……!」


真希は怒りを押し殺しながら言った。


「このままじゃ、また誰かが犠牲になる。次は、絶対に止める」


三人の目に浮かぶ決意は、まっすぐだった。

梨華のためだけじゃない。

誰かを傷つけて、それで笑うような卑怯者を、許さないために。


3人は空き時間や放課後に校内を調べ始めた。

更衣室の鍵はきちんと管理されていたはず。誰がどうやって入ったのか。

だが、捜査は難航する。


「目撃者はいない……防犯カメラも死角だったみたい。」


「他の被害もあるのに、誰も声をあげてこなかったのは何で?」


「それに、戻ってくる……ってのが、どうも気になるのよ。」


情報を整理していくと、どうやら複数の女子が同様の被害に遭っていたことが浮かび上がった。

だが、不思議なことに、盗まれた下着や体操服は“数日後に返却”されていた。


そして、戻ってきた持ち主は誰もが「何も言えなかった」とだけ語ったという。


この事件には、単なる悪戯以上の意図と計画性がある。

3人は確信する。


──クラスに、あるいは学校内に、何かを知る“もう一人”の誰かがいる。


その手がかりは、まだ霧の中だった。


真希は携帯を見つめながら、ふと呟いた。


「……絶対、あたしたちで梨華を守ってみせる。」


そしてその決意は、やがて彼女たち自身をも巻き込む、

さらに深い闇と謎へと繋がっていくことになる――

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