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ワザアリ!  作者: zeak
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第2話

裕子は、顔のほてりをとるためにおおきく深呼吸してから邪魔にならないよう道場の隅で正座した。

蓮が両手に握りこぶしを作り、畳につく。正座しながらの礼、座礼。

「今から稽古を始めます。」

誠が答える。

「押忍。お願いします。」

ストレッチを含めた準備運動を済ませて、基本稽古。

「三戦立ち(サンチンだち)、用意」

「中段正拳突き」

「上段正拳突き」

「手刀鎖骨打ち下ろし」

その間、裕子は瞬きを忘れていた。流れるような美しい基本動作。強い選手の基本は例外なく美しい。そのことを良く知る裕子でさえも吸い込まれそうな錯覚を覚える。

「次、移動稽古。」

移動稽古は、すり足による移動方法や、立ち方を動きの中で確認する。

「型稽古。砕破さいふぁ

砕破と呼ばれた型を誠が実践する。型は一人が色々な状況に対応する動きを模したものである。誠の型は、素晴らしい、美しい以外の形容が見つからないほど見事なものだった。敵の突きに対して下段に払い、のど元への貫き手。前蹴りで距離を測ってからの後ろ蹴り。全ての動き、技の切れが常軌を逸している。

「はい、そこまで。ふむ。サボってはいなかったようですね。悪くないですよ。」

「そりゃどうも。おじさん。中段の突きなんだが、拳を返すタイミングは問題ないか?どうもしっくりこないんだけど・・。」

「タイミングは理想的ですよ。恐らくその違和感は力を抜くタイミングの問題かと。イメージは紐。そして紐の先に拳という重りが付いているという感じですね。」

「うーん。分かってはいるんだけどなぁ。」

「まぁ、これはなかなかに高度なことですからね。特に実戦では。」

「うーん。」

「さて、それでは・・。真山さん、お待たせしました。今までは恐らく退屈だったでしょう。組手なら多少面白いとおもいますよ。」

見とれて呆けていた裕子が正気に戻る。

「・・・ぅえ!?い、いえいえ、とんでも無いです!言葉を失うとはまさにこのことというか、目から鱗というか!」

やっぱり戻っていなかった。今まで自分が積み上げ、これからも磨き続けていきたいと願っているもののあるひとつの完成形を見せられたのだ。それも当然かもしれない。

「・・・何言ってんだ・・・?お前・・。」

「いや、あの、その、空手すごい上手なんだね!如月くん!」

「・・・そうでもねぇよ。俺なんかまだまだ。」

「ふふふ。それでは、ひとつやりますか。誠。」

「おう。」

「ルールは真神流公式通り。拳、肘等での頭部への攻撃、金的への打撃以外は有効です。」

「分かってるよ。」

「心配しないでも、金的になんて当てませんよ。」

「当たり前だ!お互いそんなヘマするような素人じゃねぇんだから。」

そういって二人は赤畳によって囲まれた試合場の中心で向かい合う。

「誠。集中しないとケガしますからね?」

「おじさん相手に集中しなかったらケガじゃすまねぇだろ。」

「「お願いします。」」

二人が前面に腕を交差させて開きながら礼をする。空気がぴんと張り詰める。裕子は居住まいを正し、集中する。

「ふっ」

誠が動く。一歩では詰まらないと思われた距離をすり足をしながらの横蹴りで詰める。蓮は落ち着き払った動きで右に回りこむ。そして軸足への下段回し蹴り。完全にあたるタイミングと見えたが、誠はかわされたあとの右足を地面についた瞬間、右側面に対して踵での回し蹴りを放っていた。蓮は完全に死角からと思われる蹴りを上半身を反らしてかわす。それによってローキックは体重を乗せることができずに誠の左足を捕らえる。

パァアアァン

乾いた音が響くが、これは実際にはそれほどの有効打ではない。お互いがまた距離をとる。次に動いたのは蓮。右足を半足、動いたか動いてないか素人には判別できないほど小さく速く左足に寄せる。そして左足でのローキック。オーソドックス(右利き)スタイルで右半身を半身引いている二人は、自然と左足が前に出ている。本来、体重を乗せた重く速い蹴りは、引いている右側を引っ張り、遠心力を付与させて打ち付けるように放つ。上級者になると、この引っ張りの動作が速く、短くなり防御が困難なものになる。しかし前足として出ている左足による蹴りは、威力を上げにくい。つまり利き足である右足のローキックと比べて効かす、というよりは牽制的な意味あいが強いものである。しかし

「!!」

誠が顔をしかめながらガードする。

『速い、なんて物じゃない・・・。見えない。私じゃガードすら間に合わない・・。しかもあの重そうな蹴り・・。』

誠のガードも秀逸である。適当に受ければ、恐らくガードしても動けなくなる。それに対して誠は半歩を踏み出すように、ヒットポイントをずらして受けたのだ。蹴りが本来の威力を発揮する前に自分の足に接触させた。

「すごい」

思わず声が漏れる。

蓮の攻撃は終わらない。そこから左の突きを上からオーバーハンドフック気味に放つ。狙いは左肩。

『左肩への打撃で相手の体を開かせるのが狙い・・・!』

半身に体を絞った構えを崩し、相手の体の正面を晒させようという狙いだ。誠は分かっているといわんばかりに左肩をしぼる。ヒットしたがこれも有効打ではない。続いて右の下突き。これもガード。速い。裕子の目で追うのが精一杯の攻防。蓮の攻撃が続く。

「・・・調子に、のんなぁ!!」

誠が吼える。蓮の、腕の骨が折れるようなミドルキックを受けた右手をそのまま突く。ガードした蓮。しかし多少バランスがくずされる。そこへ一気の踏み込み。

左のショートストレートから右の下突きをガードさせ、そのまま右で鉤突きを連続で放つ。

ショートアッパーのような形の下突きをガードしたため、大きく外を回ってわき腹を狙う鉤突きが蓮にクリーンヒットした。

連続攻撃のつなぎが凄まじく速い。突きを放つハンドスピードの速さに目を見張った裕子は更に驚くことになった。鉤突きと同時にサウスポーにスウィッチしていた誠が突きからほとんど間をあけずに左の上段回し蹴りを放っていたのだ。遠目で見ていても裕子には気付けなかったその回し蹴りは、裕子が誠の相手なら確実にその意識を刈り取っていた。しかし、今の誠の相手は裕子ではなく蓮であった。

「3連撃。お見事。」

蓮は、先刻承知といった風にその蹴りを受けると、左手で流す。結果、誠は蓮に対して無防備な左の腿裏を晒す。

「やっべ・・!」

その裏腿に放たれるであろう右の下段回し蹴りに対し、誠は慌てて左足を畳に押し付け、筋肉を緊張させた。力を抜いて、受け流せば良いのではないかと思うかも知れないが、ここでのそれは自殺行為である。ここで右の下段の打撃を流す、ということは、完全に相手の体全体を視界から外すことを意味する。そうなってしまえば、どこに対する打撃にも反応することが出来ない。たとえそれが喰らえば一撃で昏倒する頭部への蹴りであっても。

「ふっ・・」

「!!」

当然来るであろうと思った右の下段回し蹴りはフェイントだった。蓮は最短距離の移動で誠の正面に回りこんでいた。

「しまっ・・・!!」

「はぁあ!!」

ドゴッ

「ぐあ・・・・っ・・!」

蓮の狙いは誠の左足のインロー、すなわち内腿への左下段回し蹴りだった。力を入れ踏ん張っていた左足に、蓮のスピード、重さ共に常軌を逸した下段回し蹴りが綺麗に入った。普通ダメージを蓄積させることで効果を発揮させる下段への攻撃だが、蓮や誠のそれは違う。鍛え抜かれた腿であっても、針の穴を通すようなコントロールで最も筋肉の薄い部分を打ち抜く事で一撃必殺の攻撃となりうるのだ。誠はその場に思わず膝をついた。

「ぐ・・くっそ、やられた・。」

「ふむ、誠、随分と強くなりましたね。鉤突きへの連携は見事でした。しかしその後がよくない。不用意ですよ。あのタイミングと距離なら、熟練者なら誰でもあの程度の捌きはやります。上段を組み込みたいなら、もうひとつ左の突きをからめてガードを少しでもさげさせることです。」

「なるほど・・。突きに被せるように、ってことか・・。」

「しかし、実力の方は大分上がってきています。弐段を授けてもいいくらいですが・・・。」

「ああ、オヤジはゆるさねぇだろうな。俺も初段を超えるのはひとつの区切り、まだ早いと思ってる。」

裕子には俄かには信じられない会話だった。確かに極神会においても黒帯、段位を上げることは生半可なことではない。しかし、今目の前で行われた組み手を見せられ、誠が初段の実力と誰が納得するだろうか。

「いやあ、思った以上に濃い稽古ができましたね。どうでしたか真山さん、楽しめましたか?」

蓮が笑顔で言う。

「・・・・押忍。素晴らしいものを見せていただきました。有難うございました。」

「そんな大層なものではありませんよ。ただ、今後のあなたのカラテの成長の一助になれば幸いです。さて・・・」

蓮がちらりと時計を見やる。

「もう8時になりますね・・・。」

「えっ!?」

裕子が驚きとあせりの混じった声を出す。

「どうしよう・・・。今日、全日本大会の打ち合わせがあったのに・・。」

「ほう。このタイミングの大会ということは、極神会の全日本ウェイト制に出場するんですか?」

「あ、はい。女子軽量級でエントリーしています。」

「それは凄い。こんなにかわいいお嬢さんが全日本とは・・・。」

「お前みたいなヤツでも全国出れるのか。」

「みたいなってどういう意味よ!あ~あ。先生におこられちゃうなあ。」

裕子の頭には、顔を真っ赤にして怒るがなぜか憎めない禿頭の男が浮かんでいた。

「失礼ですよ、誠。それより、遅くなってしまいました。誠、真山さんを送って差し上げなさい。」

「え!?」

裕子が思わず声を上げる。確かにもう周囲は闇だ。道場の周辺は街灯もそんなに多くない。

「だ、大丈夫ですよ。私強いですし!それに、如月君にも悪い・・・」

「わかった。いいぜ。」

「え?」

またしても思わず裕子は声を上げてしまう。

「送っていくって言ってるんだよ。」

「いや、それは分かったけど、いいよ!悪いし・・、それに私如月君が思ってるよりずっと強いよ?いつもこの時間に道場から一人で帰ってるから大丈夫。」

裕子としては当然のことをいったつもりだったが、誠は顔をしかめるだけだ。

「強いとか弱いとか関係ねぇだろ。お前は女で、俺は男。んで、今は夜。送るっていってんだから送られとけよ。」

「・・!」

いわれて、裕子は不意打ちの上段回し蹴りを喰らったような衝撃を受けた。確かに裕子はその可憐な容姿から異性にモテる。しかし、相手も裕子の事を極神会の上級者で、守るような対象とは見ていなかった。そんな中、誠の放った言葉は裕子を女の子である事はもちろんのこと、守る対象として見ていることを示していた。裕子の顔が朱色に染まる。

「・・・?おい、どした?」

「う、ううん、何でも・・ない・・。」

裕子の中で急激に誠が一人の男性として意識されていく。

「ま、とりあえず俺着替えてくるから、ちょっと待っとけ。おじさん、押忍有難うございました。」

そう言い残して更衣室に消えていった。

「ふふ、スイマセンね、真山さん。アイツは不器用なやつで、しかも無自覚であんなことを言う奴なんです。」

無自覚で誰にでもあんな言葉を吐くとか、反則だ・・・。

「でもね、アイツは基本的に他人に興味が無いやつです。よっぽど気に入らないとあんなにフランクに話したりしませんよ。」

まるで裕子の内心を読んだように蓮はそういって微笑む。

「べ、別にそんなの気にしてなんか・・!」

慌てて裕子が否定する。

「おや、そうでしたか。それは失礼しました。」

おかしそうに蓮が答える。明らかに裕子をからかって遊んでいる。

「もう、知りません!」

恥ずかしさをごまかすために裕子は蓮から視線を外す。

「おふざけが過ぎましたね。すみませんでした、真山さん。ところで」

不意に蓮の口調が真面目なものに変わる。それに気付いた裕子が振り返ると、変わらない笑顔ではあるがふざけた様子の消えた蓮がいた。

「正直、私はかなり驚いているんですよ。あなたに。」

「え?」

「誠は、本当の意味ではなかなか心を開きません。まあ、社交的な場所に出れば普通に人と接しますが、それは上辺だけです。ところがあなたにはもう心を開いているように見える。同年代の女性で私の知る限りあなただけです。カラテをやっている、それだけじゃなく、何か波長が合うのかも知れません。」

突然何を話し始めたのか、裕子にはよくわからない。

「まあ要するに、アイツと仲良くしてやって欲しいってことです。見捨てないであげてくださいね。」

「それってどういう・・」

そのとき、後ろから声が掛かった。

「悪いな。待たせた。行こうぜ。」

「おや、準備が出来ましたか。それでは真山さん、またいらしてくださいね。」

「え、あ、ちょっと・・。」

「いくぞ。」

「ちょ、・・・もう!」

もうちょっと話をしたかった裕子だったが、歩き出した誠に引っ張られるように道場を後にした。


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