悪役令嬢との約束
パキッ
「また失敗した…」
中心から外に向かってヒビが入ってしまった魔石を見てため息を付く。
魔石とは魔物に必ずある核のようなものだ。魔石を砕けば魔物に致命的なダメージを与えられる弱点でもある。だけど弱点である魔石を狙う人は少ない。なぜならこの科学が発達してない世界で、魔石とはエネルギーの塊として使用できる重要なものだからだ。
火の魔石で作った暖炉の魔道具、光の魔石で作った照明の魔道具。中世にあってもギリギリおかしくないレベルの物がたくさんあるのは全て魔石のおかげなのだ。つまりだ……魔石はものすごくビジネンスになる!!
というわけでいくつか魔石を持ち帰って(おばばに言ったように記念にする気はない)魔道具に使える魔石に加工しようとしているのだけれど、これがどうにも上手く行かない。魔物狩りを初めて大体一ヶ月、お金は順調に貯まってきてるけど魔石の加工はまだまだだ。まあ、今までが上手く行き過ぎてたってのもあるのだけれど。
魔石の加工は難しい。魔石の加工を仕事にしてる人でも1日10個作れればいいくらいらしいし、とにかく魔力、集中力、センスが必要な作業なのだ。魔力が多すぎてもダメ、少なすぎてもダメ、少しでも偏りができたらダメ。言葉にすれば努力すればできそうな匂いがするが、ものすごく難しい。小さい魔石でこんなに失敗するんだから、これを本業にしてる人に対しては尊敬しかない。
「ふぅ…もう一回」
今手元にあるのだとこれが最後だ。指先で魔石に触れて、指先から魔力の糸をイメージしながら魔石に流し込んでいく。少しのズレもでないように、慎重に、丁寧に、ゆっくりと………
「・・・できた」
作業を開始して30分、ようやく魔石の全範囲に均等に魔力を注ぎ込むことができた。宿主を失い光を失ったはずの魔石が淡く光る。さて…ここまで来たところで…
_次だ。
魔力を注ぎ込むだけでは魔石の加工は完成とは言えない。ここにきてようやく文字を書き込める紙が出来上がったようなものだ。つまり今から私はこの魔石に魔法陣を書き込んでいかなければいけない。今書き込む練習をしているのは水だ。将来的には水と火を描き込んでお湯を作れるようになりたいし、氷を描き込んで冷凍庫を作りたいけど、二重で魔法陣を描くのは本業の人でもできる人は限られるレベルの高等技術だし、氷の魔法陣はない。というか暫定氷の魔法(水魔法の応用だけど)を使える人はいないので当然といえば当然である。
その点ただ水を出すだけの水魔法なら私が1番得意な属性だし、水の初級魔法の魔法陣が描かれた紙もおばばのお店で買っておいたから完璧に頭に丸々入ってる。
ま、失敗しまくってるんですけどね。
私からしたら正直この作業が一番難しい。隙間がないほど魔力で埋まりきった魔石の中に、無理やり魔法陣を描き込むのだ。無理にやりすぎればすぐに破れて使い物にならなくなってしまうから、線を一本描くために魔力の一部に魔法陣の線を染み込ませていく必要がある。もし邪魔が入ったら絶対失敗すること間違いなしの精密作業。前世ゲーマーだったし、集中力は自信がある方だったけど未だ慣れきってない魔法で繊細な作業をするのだ、難しくないって方がどうかしてる。
そのまま、ゆっくり染み込ませて…慌てず…
「ルナ!ご飯できたわよ!」
パキッ
「・・・そ、そっか。わかった。今行くよ…」
「えぇ、先行ってるわね!」
「・・・」
アッノッッ!!!脳内お花畑ヒロインがぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!
◇◇◇
「なんだい、いつもより機嫌が悪そうだね?魔石の加工でも邪魔されたのかい?」
「おばばって人の心でも読めるんですか…」
「クヒヒ、年の功ってやつだよ。にしても、わしをおばばなんて呼ぶのはお前さんだけだよ」
「はあ…」
ちなみにおばばは私が魔石を加工してることを知ってる。というか毎回魔石を一部持って返ってたらなんとなく察しが付いたのだろう。普通に聞かれた時は驚いたけど、長期間騙せるとは思ってなかったですし…。ほとんど客が来ないからか、私がここに来るとおばばが話してくれるようになった。まぁ、暇なんだろう。
「それで頼んでたやつは調達できましたか?」
「あぁ、バッチリだよ」
そう言うとおばばが頼んでいたものを渡してくれる。
一つは茶髪のウィッグ。長さは短めで、長さ的には男に見えなくもないだろう。
そしてもう一つはメガネ。といっても度が入っていないやつである。
「にしてもそんなもの頼むなんて、貴族でもあるまいし」
「とはいえこの髪色は目立つでしょ」
「そりゃあそうだ」
姉と差別化するためにバッサリ切ってはいるけど、たまに髪色だけ見てアリシアとみ間違えたという人はちょこちょこいる。それは別にどうでもいいけど、それほどここらへんではこの髪色は目立つのだ。こうやってコソコソ怪しいお店に出入りしてるのだから目立ちたくはない。
だからもういっそう外に出る時は変装してしまおうと思い、ウィッグとメガネを買ったのである。前世でも顔出ししてたから外に出る時はウィッグと眼鏡をかけて変装していた。どうにか不審者にならないように悩んでいたのを思い出す。
「ほぉ、髪色変えて眼鏡をかけただけで変わるものだね。少年に見えなくもない」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
どうせもう外に出るしととりあえず試しに着用してみたが、それなりに変装はできているようだ。まぁ、かわいらしい顔をしてるとは思ってたけど男とは…。いや、性別が特定されにくいというのは情報を制限するうえでメリット…なのか?ちょっと複雑である。
「で、値段は」
「そうさね。しめて5万チャルトだけど、お得意様だし4万チャルトにしておこうか」
「いいの?」
「あぁ、さすがに平民の子供から大金取り上げたい欲はないさ。まあ、4万チャルトもかなり大金だが…持ってんのかい?」
「うん。まぁ、先行投資と思えばいいしね」
今まで頑張って貯めたお金のほとんどを渡す。一気にお金がなくなるのでお財布が痛いけど、これは先行投資だ。そう、どうせ将来的にこれ以上のお買い物はするのだから割り切らねば…
「ほんとうに子供っぽくないねぇ。私の孫なんてあんたくらいの年じゃ外でホーンラビット追っかけて迷子になってたよ」
「へー」
いや、私くらいの年で一応襲ってくる魔物を追いかけるとか恐ろしからね。追いかけるってことは、ホーンラビットが逃げてるってこと。どれくらい虐めたら、、、いや、どれくらい魔力がにじみ出れば怖がられるのか…
やっぱり”彼ら”は化け物揃いだね。
「じゃあ、またくるよ」
「あぁ、これからもご贔屓に」
◇◇◇
「お姉さんん。白パン1つください」
「あら?お姉さんだなんて嬉しいわ!君、初めて見る子だけどお買い物?」
「うん。お母さんに頼まれたんだ」
「そう。じゃあおまけにもう一つ白パンあげちゃうわ」
「いいの?やったー!お姉さんありがとう!」
ふむ。普段から何度かこの店でパンを買ってるけど、私だとはバレなかったらしい。桃色の髪なんてものすごく目立つから、その反動かな?ま、バレにくいならバレにくいだけいいんだけど。にしても女の子にしては少し冷たいと言われてたこの顔が男として適当に愛想よく振る舞えばこうも好かれるとは。やはり顔が良いというのは得だな。
「____!」
「やっ……っ…!」
ん、なんだろう?男の人に囲まれててよく見えないけど、女の子だろうか?
大方、身なりが良さそうな子供からお金でも取ろうとしてるのだろう。それか変態か。
まぁ、別に助ける道理はないし、人が少ない道とは言え誰かしら気づくだろう。ここは知らんぷりして……
「・・・!」
あの子は…!!
「ふー……あ!衛兵さんだ!衛兵さん!あそこで女の子が怖い男の人に囲まれてるの!」
「はっ!?・・・って、おまッ!!」
「追え!!」
「走って」
「・・・っ!!」
とりあえずすぐに近寄れる位置まで近づいてから、注意をそらすために大声で叫ぶ。思惑通り注意をそらしたら女の子の手を握って逃走。もちろん嘘はすぐにバレるし、魔物狩りをして白パンをこっそり食べるようになってから運動もしてるけど大の大人にかけっこで叶うはずがない。
「《アイス》」
「っな!?」
「おまッ!急に止まんなァァァ!?」
あいつらが踏むであろうところにこっそり氷を出して滑らせれば時間稼ぎはかなりできるはずだ。あいつらが転んだらすぐに魔法を消滅させて後始末は完了。魔法なんてあれば迷宮入りの事件作り放題じゃないか?ま、私には関係ないけど。
小さな体で人混みをかき分けながら進めば、私達の小さな体はもう見えなくなったのか追ってくる様子はなかった。人がそれなりにいて危険が少なそうな教会前まで逃げて止まる。女の子はあまり走ったことがないのか呼吸が荒い。
「急に走り続けさせてごめん。ゆっくり息を整えて……水、飲む?」
「え、っ………えぇ…いただくわ」
一瞬迷ったような素振りを見せたけど、かなり疲れてたのだろうかコクコクと手渡した水を飲んでいった。その様子を見ながら私は女の子を観察する。クルリと巻かれた金髪に、ルビーのような瞳。平民とは思えない華美な装い。まだ幼いけど間違いない。
彼女はこの乙女ゲームの悪役令嬢。ローズ・ヴィヴィアンだ。
「…その、先程のことは感謝しますわ」
「いや、女の子が困ってたから助けただけ。礼はいらないよ」
ニコリと微笑んであげれば、好感は持ってそうな表情を浮かべられる。
そりゃあ、襲われそうになってた時に助けてくれた恩人だ。しかも顔がいいときたら好意を持たないなんてことはなかなかないだろう。特に幼い純粋な子供は。
私が5歳だから、彼女はまだ7歳か。今思えば、先程の事件はローズが平民嫌いになる時の出来事だったのだろう。たしかゲームでは護衛とはぐれたローズが平民に誘拐されて、助かりはしたものの事件の影響で卑しい平民が嫌いに…という設定だったはず。つまりまだ彼女は平民嫌いではない。ということは付け入る好きがあるということ。
死ぬかもしれないとは言え将来王子の婚約者になる公爵令嬢。媚を売って損はないだろう。思惑がバレないように、何も知らない子供のフリして好感持たせてやればいい。
「でも……っ!!」
納得いかなそうな、申し訳無さそうな顔をしているローズから音がなった。クゥというかわいらしい音。はっきり言えばお腹の音である。それに己でも気づいているローズは顔を真っ赤にさせてプルプル震えていた。ゲームだと傲慢なお嬢様って感じだったけど、トラウマイベントもない7歳児なんてこんなもんなんだろう。
「・・・食べる?」
「えっ!でもそれ、貴方のでしょ?私知ってるのよ!平民は白パンもめったに食べれない貧乏な人なんだって!」
それ平民に真正面から言ったら嫌われるぞ…とは思ったけど言わないでおこう。別に賢くなってほしいわけじゃないし、貴族だから、性格や未来を知ってるからと助けただけで使い道は決めてないし。
「いいよ。私はすぐに家に帰ってご飯を食べれるけど、君は親を探さなきゃいけないでしょ?咄嗟とは言えここまで連れてきてしまったのは私だし、そのお詫びとでも思ってほしいな。それに私はもう一つ持ってるし。よかったら一緒に食べない?」
「それなら・・・いいわよ!いただくわ!」
ウズウズしてたし本当は食べたかったのか、言い訳を作ってあげればすぐ飛びついてくれた。やっぱり子供は単純だなと思いニコニコしてしまう。もちろん気味の悪い笑顔じゃなくて少し口角を上げただけの優しそうな笑みだ。これくらいの女の子って大人っぽい人に憧れるでしょ?私のほうが子供だけど、子供と大人っぽいは別物だし。
「・・・なに笑ってるのよ」
「ふふっ。いや、同じ白パンなのに君はきれいに食べてて所作が綺麗だなって。なのにかわいらしいからつい笑みがこぼれてしまって」
「ッッッ!!!・・・貴方、本当に平民?」
「もちろん。君と違って肌もきれいじゃないしね。今更だけど、君は貴族のお姫様なの?」
歯が浮くようなセリフではギリギリないくらいの、まだ子供が使いそうな褒めゼリフを吐いてみたけどさすがに怪しまれたらしい。でも顔は真っ赤だったし好意は持ってくれたのだろう。とりあえず話を逸らすとしよう。
「えぇ!そうよ!私はお姫様なの!」
「そっか。どうりでかわいいはずだ」
「っ・・・ふふ!そうね!」
「ふふ。あ、じゃあ食べ終わったし私はもうそろそろ帰らなきゃいけないんだ」
「え!?」
まぁ、そろそろ帰らないと怪しまれそうだしね。でも1番はこの子の頭に私という存在を刻ませるためだ。大きく刻ませるためには、1回目の出会いは少なくて綺麗なほうがいいらしい。そうすると二度目の出会いが運命みたいに感じられるのだとか。
だからそろそろちょうどいいだろう。助けてくれて、パンをくれて、優しい言葉をかけてくれるかっこいい人。だけどこの人のことは何にも知らない、気になるわ…。くらいに思ってくれただろうし。思ってなくても手数が増えなかっただけ。それだけだ。
こちらとしてはヒロインの妹ポジが毎回死ぬ理由であるローズは殺さずとも友好的に接しておきたい。そっちのほうが殺されにくいだろうし。
「で、でも、またさっきの人が襲ってくれるかもしれないわ!!」
「んー、それじゃあ教会の人と一緒にいたらどうかな。教会には聖騎士様もいるし守ってくれるよ」
「でも……」
教会に行けば襲われる心配もないし、公爵令嬢ともなれば聖騎士も見覚えくらいあるだろう。多分すぐ迎えが来る。まぁ、この子が離れてほしくない理由がそれだけじゃないのは察してるけど。シンプルに好意的に思ってる私に離れてほしくないのだろう。
「私、まだ貴方と一緒にいたい…」
「・・・じゃあ約束しよう」
「やくそく…?」
「うん。また私が君と会うことを約束するよ。絶対に」
「ぜったい?ほんとに?」
「うん。絶対だ」
「・・・わかった」
弱々しく頷くローズ。
そうだね。もしかしたらまた出会うかもしれない。でも絶対なんてこの世にはない。明日魔王が復活するかもしれない。私も貴方もいつ死ぬかわからない。契約書も通してない不確かなつながりだけど、子供からすれば確かなつながりなんだろう。って、私も今は子供か。
それでも約束だとか、絶対だとかっていう言葉は人にとって大きな言葉なんだろう。
心底バカバカしいと思ってしまうけど。
「じゃあまた会おうね」
「うん!またね!絶対よ!!」
悪役令嬢だって、ちゃんと利用してみせる。
◇◇◇
ローズside
茶色の髪に眼鏡をかけた”男の子”。眼鏡の奥から除かれた優しそうな青の瞳を思い出して顔が熱くなるのを感じる。
あの後、しばらくしてから護衛が教会までやってきて無事私は帰ることができた。
平民に襲われたことを話したら、お父さんとお母さんが私を抱きしめて慰めようとしてくれたけど、私は襲われたことをそこまで気にしてなかった。
私の頭を駆け巡ってるのはあの子だけ。
私より小さい背丈で大の大人から守ってくれて、自分のために買っただろうにパンを分けてくれて、甘い言葉を囁いてくれるミステリアスでかっこいい、優しい男の子。
名前を聞けばよかった。あそこら辺に住んでいるのだろうか。またっていつなのだろうか。いろんなことを後悔して、気になって、いつもより寝付きが悪いのがすぐに分かった。
「早く会いたいな…」
胸がドキドキして、やっぱりまだ眠れなかった。
お読みいただきありがとうございました。
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