ヒロインの妹に転生しました
ふんわりウェーブの春を思わせる桃色の髪。人魚のように透き通った白い肌をした小さな顔に、アンバランスなくらい大きな澄んだ空色の瞳。花弁が咲いたような小ぶりの唇。
そこにいるだけで誰もが目を惹かれる美少女…それが今の私の姉、アリシア・シャーロットである。
さて、ここで皆さんに質問しよう。私の姉であるアリシアは普通の平民である。中世のような街並みをしているこの世界は、技術もそこまで発展していない。お風呂なんて貴族が入るものだし、銭湯があるにはあるが毎日行けるほど平民は稼げない。もちろん化粧品だってほとんどない。基礎化粧品なんてもっての外だ。にも関わらず、平民であるアリシアがこのような美貌を維持できるのはおかしいことではないか?なにか理由があるのではないか?
「まあ、アリシア!お皿洗いなんて手を痛めてしまうわ!」
「でも私、お母さんの役に立ちたくて…」
「なんていい子なの?じゃあ、お母さんと一緒にお買い物に行きましょう」
「わかったわ!」
「それじゃあルナ。貴方は皿洗いをしておいてね」
「・・・」
トテトテと外に向かう準備をしに行くアリシアは最近の流行であるふんわりとした明るい色のスカートを靡かせていた。そして私はと言うと実の母から先程姉にさせなかった皿洗いを強要され、目線の先には積み重なった汚れた皿達。
ルナ・シャーロット。現在5歳。
なぜか私はものすごく両親から姉と差別的扱いをされていた。
ルナには前世の記憶があった。
ルナの前世は、配信者として活動しつつ、株トレーダーに取引先との打ち合わせをするいわゆる成功者だった。しかし自分のリスナーに刺されて死んで、気づいたら転生を果たしていたのだ。
姉と似た色をした桃色の髪に、海のようなブルーアイを持った女の子だ。少しつり上がった目は子供っぽくないが、乙女ゲームのヒロインとして数々の優秀な男を誑し込んだ姉の遺伝子がちゃんとあるのかかなり整った顔立ちをしている。
自分の姉が前世で行っていた乙女ゲームのヒロインだと気づいたのはつい最近だ。珍しい目立つ配色をしているからもしや…と思い家族から隠れてこの世界について調べていたけど、世界観があの乙女ゲームとばっちり合致していたので姉がヒロインであると気づいた。
さて、ヒロインの妹という立場に早々に気づいたわけだがいくつか……いや、かなり問題があった。問題は大きく分けて二つ。一つはヒロインの妹というポジションはあの乙女ゲームにて、殆どの確率で舞台装置として殺され、つまり死ぬのだ。ハァ?案件である。なぜ何も悪いことをしていないのに前世も今も若くして殺されなければいけないのだ。なんなら今回は大人にさえなれないぞ。お酒もタバコもできないぞ。
そしてもう一つの問題。それが家庭問題だ。
先程のように、私は両親から姉とかなり差別的な扱いを受けている。虐待こそないが、私には手伝いを強要するくせに姉には一緒に買物をしてお手伝い料金と称して服や食べ物を与えている(ちなみに私は真っ赤になった皮膚しか手に入らない)。服だっていつもお下がりだし、姉のお願いは聞くのに私のお願いは全く聞かない。おかげで私は軽い栄養不調を起こしている。
なるほど、今思えば平民なのに素質が十二分にあるとは言え、貴族と張り合えるくらいの美貌や貴族に発言できる度胸があったわけである。何の代償もなく手に入る力はない。あの乙女ゲームの裏設定なんて考えたことがなかった、いや、制作者側でさえ考えていなかったであろうことを現実が辻褄合わせているのだ。大変遺憾である。
ちなみに両親が姉を贔屓しているのは、姉のほうが愛想がよく子供っぽくて可愛らしい…という理由もあるけれど、一番の理由は姉が光属性の才能を持っているからだ。光属性と言えば火、水、風、土、光、闇、無の7属性の中でも闇属性と並ぶほど珍しく強力な属性だ。平民であろうとかなり重宝される才能だし、上手く行けば男爵くらいの権力は持てるかもしれない…まぁ、両親はその才能だけに目をつけて商売道具に…なんてことは考えていないらしいけど。それでもやはり才能が明らかにある方を贔屓してしまうのだろう。
とはいえ、だ。まだ5歳なのに親と同じくらい働かされて?姉がめちゃくちゃ贔屓されてるのを目の前で見せられて?なのに自分は何も与えられなくて?こんなの、前世持ちじゃなかったらかなり歪んで育ったことだろう。私でも普通にムカつく。
この状況から抜け出せる力がほしい。1番はお金だと私は思う。お金があればお使いだと称してパンを買える。将来的に国外にだって行ける。危なくなっても大丈夫なように護衛を雇える。お金がないやつは弱者だ。ただ蹂躙されて奪われるだけ…。
「でもまだ子供なんだよね…」
子供というのは無力だ。力がないから雇ってくれる人もいないだろう。というか雇うにしても親の許可が必要だし、絶対怒られる。
知能があってもダメだ。頭脳だけじゃ利用されて奪われる。前世の知識を使うにしても、それは地を固めてからじゃないと無意味に終わる。とはいえ今の私はあまりにも弱すぎる。この小さな手で剣を握ることは?握ったところでそれで相手を斬れるのか?・・・無理だ。
身体づくりをしようにも食べなきゃ筋肉は育たないし、そもそも私は前世からインドア派なのだ。効率が悪い今の状況で体作りをしようとも思わない。
であれば、私が今一番力を身につけられるのは・・・
「魔法……」
魔法の才能があるかはわからない。魔法は10人に1人くらいが授かる才能だ。魔法は神殿で専用の魔法陣を使って属性があるかどうかを調べて、才能があれば魔法陣が才能を発芽させるらしい。でもそれを調べるにもお金がかかる。ちなみに5歳になったら調べられるんだけど、私は親から却下された。お金がかかるからねとやんわり断られた。あの時は冗談抜きで血がつながった両親を殴りたくなってしまったが致し方あるまい。
そりゃあ、魔法に憧れはありますよ。比較的現実主義者だとは思ってるけど、折角魔法がある世界に転生したんだし。あと魔法が使えるってことはかなりステータスになるし。
なんなら転生したと気づいた時は「ステータス」とか唱えてみたりした。ちなみに結果は無惨だった。はぁ、現実とはやはり上手く行かないものだ。
魔法がどうしても使ってみたくて、神殿の魔法陣を丸パクリして描いてみたことがあった。完全に同じものだったはずだけど、やっぱり魔力を通さなければただの模様にすぎず発動することはなかった。一応我が家に魔法が使える姉はいるけど、乙女ゲームを思い出すにヒロインは精密な魔法の扱いはできていなかった。むらなく魔法陣の線だけに魔力を込める芸当ができるとは到底思えない。
魔力とは魔法を使うためのエネルギーみたいなやつだ。一応魔力は全ての生き物の体に流れ込んでいるらしいけど、一定の魔力を持たないと魔法は使えないらしい。つまり魔法を使える才がなくても魔力は流れてるわけだけど、魔法陣によって発芽できなければ己の体の魔力を感じることさえもできないのだ。つまり結局魔法陣に魔力を通すことができ……
「・・・?じゃあ、」
_それじゃあもし、自分の血液で魔法陣を描いてみたらどうなるのだろうか?
体に魔力が流れているのであれば、おそらく血液にも魔力が流れているのだろう。であれば元から魔力が通ったインクで魔法陣を描けば、それは線だけにまんべんなく魔力がこもった魔法陣になるのではないだろうか?
「・・・」
「ハハ、描いちゃった……」
貧血にならないように数日にわたって細かく描いた血の魔法陣。見つかったら狂人扱いされること間違いなし。成功するかもわからないけど、合理的な理由はある仮説だ。今は家に誰もいない。もし成功しなければ焼き消せばいい。
「《我が血の才を指し示し給え》」
神殿で見て聞いた通りの詠唱を唱えると、魔法陣が光りだした。初めは青色の光、次に赤色の光。魔法陣は属性の才能があれば光りだす。そして一番はじめに光った色が一番才能がある属性、そして二番目、三番目と続いていく。つまり2つの色が光った私は……
「二属性!!!」
二属性とはその名の通り2つの属性を使える人のことを指す。ほとんどの人が一属性のみだけど、たまに他属性を扱うことができる人がいるらしい。二属性持ちは魔法が扱える人の中でも100人に1人ほどしかいないそうだ。
それも素晴らしい誤算だけど、一番は血液を触媒として魔法陣を描くことができたことだ!今まで感じなかった自分の魔力を感じることができる。魔法だって使えるはずだ…!えっと、火は失敗したら危ないからまずは水魔法から…
「《ウォーター》」
頭の中で水球を思い浮かべてみると、指先に野球ボールくらいの水の塊ができていた。
「すごい…!」
なにもないところから水が出てくるなんて、完全に科学を無視してるけど前世脳で考えても仕方がない。この世界には魔法という未知の力がある。そして私はそれを使うことができる。それが全てだ。
魔法を、しかも二属性持ちなのだ。もしそのことを親に話せば、少しは喜んで……
・・・?喜んでもらう意味ってあるのだろうか?
私に見向きもしない姉至上の親に見て貰うために自分の手数を晒す意味はあるのだろうか?言ったところでどう信じてもらう?自分の血液で魔法陣を描いたことがバレてもし言いふらせば、厄介な人達に目をつけられるかもしれない。それらのデメリットを上回るほどのメリットなのだろうか?
「・・・《ファイア》」
答えはNOだ。魔法陣が描かれた紙を焼き払えば証拠はすべてなくなる。魔法が使えるようになった今、これはもう必要ない。
白パンを買いたいなら金を、死にたくないなら力を、成し上がりたいなら謀略を。
どのルートでも死ぬ不憫な妹キャラ?両親に目をかけてもらえない可哀想な子?そんな子になんてなりたくない。この世は無常。奪われるのではなく私が奪う。私が私の人生を掴み取る。
そのためだったら、なんだって利用してあげる!
お読みいただきありがとうございました。
よければブックマーク登録、高評価、ご感想お待ちしております。