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依頼、助言、或いは誘導

『其れは切っ掛けに過ぎない。皐が咲く満月の日。午の刻。病に伏せる公園。其処で出逢う青き菫の輝きを取り戻せたのなら、貴方の望みに近づくかもしれない。 P.S. 幸運のお守りを入れておいた。使うタイミングは貴方次第。』

クラスメイトに説明も無く手渡された封筒の中身を見ながら、どうしたものかと頭を抱えた。恐らく彼女、私の正体を分かっていてやっている。これは遠回しな依頼文だろう。

皐は皐月、詰まりは五月。その満月の日に牛の刻、11時から13時の間に市内の病院前にある公園で何かに会えと。

行ってみるのも良いかもしれない。未来を占う占星術師が態々よこして来た手紙なのだ。何もないと言う事は無いだろうし、この文面を信じるのなら私の目的の進展にも繋がるのだから。多少のリスクは甘んじて受けよう。

…ところで、彼女は私に何を盗ませたいのだろうか。


今月の満月の日は丁度良く土曜日だったので、11時に間に合う様に千代木総合病院前の公園に来ていた。少し早く着いてしまった上、具体的な事は殆ど書かれていなかった為、暇を持て余してしまう。仕方がないので、手持ちの道具でマジックの練習をしたり、銀鳩達を放してやったりして時間を潰していた。すると、

「わあー!すご~い!!お兄さん魔法使いみたい!」

小さな女の子が目を輝かせながらやって来た。よく見ると彼女は青い宝石の付いた指輪をネックレスにして首から下げていた。

「そう言って貰えるとお兄さんも嬉しいよ。はいどうぞ!」

ポンっと軽い音と共に取り出した青いバラを差し出すと彼女は嬉しそうに目を細めた。

「ねえねえお兄さん。お兄さんって、魔法使いのお姉さんのお友達なんでしょ?何でも出来るって聞いたの!」

「…へ?」

魔法使いのお姉さん??

状況からして当てはまる人物は一人しか居ないのだが…彼女が何を考えているのか全く分からない。“何でも出来る”だなんて、一体何をさせたいのか。

此方の困惑に気付かない少女は続ける。

「あのね、お姉さんは占いが得意なの。お兄さんは何でも出来るから、お兄さんにお願い叶えて貰えるかもって言ってたの。だからね、あのね…

パパとママに会いたいの。」

何処か寂しそうな顔でそう告げられて、思わず息を呑む。無邪気に告げられた願いはあまりにも切実だった。父は行方不明、母は海外へ行っている自分と重ねてしまった。

(こんな幼い子が両親に会いたいと願うだなんて…)

この願いを私は無視出来ない。だから、成るべく優しく笑顔で問い掛けた。

「お嬢さん、お兄さんにお名前教えてくれるかな?」

「わたし、すみれって言うの!」


◇◆


『多くの血を見たくないのなら社交界は断らない方が良い。暁の幻影は助けになるだろう。』

今まで話した事も無いクラスメイトからの手紙に頭を抱える者はもう一人いた。何故その話を知っているのか、と。

有名作家である母と資産家の父はよくそういった催し物に呼ばれるのだが、今回は何故か俺も呼ばれたのだ。両親は嫌なら来なくても良いと言ってくれたし、俺自身断る心算でいたのだ。しかし、こんな脅しめいたメッセージを見たら流石に断れない。彼女が何かを企んでいるとみるのが妥当だ。行って確かめなければならない。クラスメイトから犯罪者を出さないためにも。

社交界への参加を母に伝えると大層驚かれた。当然の反応だ。この手の事は殆ど断ってきているから。

上機嫌になった母が勢いのままドレスコードを準備し始めたのを見て若干後悔し始めた。


第四日曜日。とあるホテルの宴会場を貸し切って行われる社交界に参加した俺は先ず星野の姿を探した。あの文面からして確実に此処へ来ていると思ったのだが…

見当たらない。

(変装でもしてんのか?なるべく早く見つけて犯行を止めねえと…)

煌びやかなホールには着飾った著名人が多く、何処かで見た顔が並んでいる。どこぞの社長であったり、芸能人であったり、政界の人間であったり。その中で違和感を探す。見覚えのない“誰か”が居ないか。

誰かに成りすますにしても有名人になるのは何かとリスクが高い。知られている顔はリサーチ不足や演技力によっては偽物だとバレやすいから。

(普段の彼女にそれを完璧に熟す実力が有る様には見えない。…が、そこまでが演技だとしたら完敗だな。)

そして一番の安牌はやはり従業員。

暫く怪しい動きが無いか目を光らせていると、来場者の一人、スーツの男が従業員入口に入って行く様子が見えた。

(彼奴か?背格好は似ても似つかないが…仲間って可能性も有る。行ってみるしかねぇか。)

目立たぬ様、不自然に思われない様、慎重に男が入って行った扉に近づくと…

ドンっという背後からの軽い衝撃。そして、パリンというガラスの割れる音。

「きゃっ、す、すみません。」

どうやら女性にぶつかってしまったらしい。反射的に振り向くと尻もちをつく上品な淡い緑色のドレス姿の若い女性。割れたグラスと零れたワイン。内心、面倒な事になったなと思いつつ、表には出さないよう笑顔を張り付けて手を差し伸べた。

「僕の事はお気になさらず。それより大丈夫ですか?」

「は、はい、大丈夫です。ですが、グラスが…それに貴方の服も…すみません、本当に。」

女性は立ち上がると申し訳なさそうに眉をハの字に曲げた。

「本当に僕は大丈夫ですから、失礼しますね。」

これ以上時間を無駄にする訳にはいかない。早々に立ち去ろうと踵を返した。が、後ろから袖を掴まれた。

「あの、やっぱり申し訳ないので、せめて上着の染みだけでも何とかさせて下さい。…此処だと迷惑になってしまいますから、外で。」

()()。これは好都合かもしれない。少し目立ってしまったが会場を出る良い言い訳だ。後は彼女と別れて従業員入口の先に行けばいい。

「そうですね。少し外に出ましょう。」


◇◆


「怪しい人物を見掛けて一人でフラフラと付いて行くだなんて、少々軽率過ぎやしませんか?家達探偵?」

腕を引かれるままに廊下へ出て、会場から少し離れた場所で彼女が開口一番に言った言葉がこれだ。俺の行動を見ていたのか。不審に思われないよう気を付けていた筈だが。と言うか、この覚えのある呼び方はまさか…

「怪盗アルセーヌ…?」

「ご名答。全く、危なっかしい探偵がいたものですね。」

驚愕する此方をよそに呆れましたと言わんばかりに肩をすくめる怪盗。

「お前、なんでこんなとこにいんだよ。宝石の展示なんてねぇぞ。」

「ええ、存じていますよ。本日は唯の情報収集ですから。…それにしても困ったものです。態々こんな格好までして潜入したパーティー会場が爆破予定だったとは。」

「爆破予定だと!?」

芝居じみた態とらしい口調で告げられた言葉に驚いて思わず聞き返してしまった。

本当なのか、本当だとして何故そんな事を知っているのか、まさか自分とぶつかったのはそれを知らせる為なのか、それを俺に知らせて怪盗に何の得が有るのか…

彼の目的は分からないが爆破なんて物騒な事を放っておける訳がない。その詳細を聞き出す方が先決だ。どうせこの考えを利用されているんだろうと思うと腹が立つ。不機嫌を隠さずお望み通りの言葉をくれてやる。

「で?その詳細は?どうせ何か知ってるんだろ。早く教えろ。」

その言葉に怪盗の唇はにんまりと三日月を形作る。

「私の天使達が良い仕事をしてくれていましてね。」

耳に輝くイヤーカフを触りながら語り出した怪盗の話を要約すると以下の通り。


・ホテルの経営者である佐野氏に恨みを持つ人物が爆弾を仕掛けている事

・犯人グループは恐らく5人程、会場内にスタッフとして潜り込んでいる事

・銃火器を所持している可能性がある事

・それとは別に怪しい組織の取引が予定されている事


思ったより情報量が多い。と言うかおまけの様に付け足された最後の情報に頭を抱えたくなった。

(なんだこの会場。事件が二つも同時に起こりかけてるじゃねぇか。どうなってんだ。)

「と、言う訳で。死にたくなければお手伝い願いたいのですが…どうです?家達探偵?」

「乗ってやんよ。但し、俺は生憎爆発物の処理なんて経験ねぇからな。」

「ご安心を。あまり凝った物でも無いようですので、場所さえ教えて下されば処理は私がやりましょう。」

そう言いながら彼はプラスチック製の片手に収まる程度の箱を取り出した。蓋が外れている様で中に切られた配線と基盤、そして火薬。プラスチック爆弾だろうか。

「個数も多くは無いでしょう。彼等が恨んでいる人間がこのフロアにいるであろう事も考えれば捜索範囲も広くは無い。二人掛かりならそう時間は掛かりませんよ。さ、善は急げです。」

「待て待て、会場内の様子が分かんねぇんじゃ何時爆発するかも分かんねぇじゃねぇか。お前に場所も伝えらんねぇし。」

さっさと別れようとする怪盗を引き留めると、彼は一瞬キョトンとした後、

「嗚呼、それならこれをどうぞ。」

とイヤホン型の通信機らしきものを投げ渡して来た。自分も同じ物を取り出し、イヤーカフを着けている方と逆の耳に着けながら続ける。

「会場内の様子は天使が教えてくれるので、危険が有ればお教え致しましょう。」

「黙ってお前に主導権を握らせろって?」

「出来なければ仲良くドカンですよ?」

「……わーったよ。やってやる。」

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