閉幕
ホテル駐車場。家達と秋津が葉山を車に乗せると、タイミングを見計らった様に家達のスマホが鳴った。知らない番号からだったが、このタイミングなら恐らくあの怪盗だろうと当たりを付けて出た。
「もしもし、家達です。」
『守備は如何です?家達探偵。』
聞こえて来た声は予想通りのものだった。
「ああ、問題無いぜ。葉山は後ろに乗ってる。後は警察に任せれば…」
『家達探偵?私はそんな事の為にこの件に関わった覚えはありませんよ。スピーカーにして頂けますか?お二人にも是非聞いて頂きたいものですから。』
(二人?葉山にもって事か…?そういえばコイツの目的は聞いてなかったな。)
そう思って家達は怪盗の申し出通りに通話をスピーカーにし、秋津に言って車を出して貰った。すると、怪盗が朗々と語り出した。
『時は八年前、クルーザーから転落したアンナ・スミルノフさんのお話です。彼女は意識不明のまま、海上を漂っていたところを地元の漁船に拾われ病院へと担ぎ込まれました。未だに意識は戻らないままですが、医師の尽力によりなんとか一命をとりとめたのです。その際、彼女のお腹にはもう一つの命が宿っていた事も判明しました。』
「何だって!?アンナが、アンナが生きているのか!?」
気を失っていた筈の葉山が、思わず声を上げ前のめりになる。どうやら狸寝入りをしていたらしい。何処かで目を覚まし逃げ出す隙を伺っていたのだろうが、拘束はしているし、走行中の車内から飛び降りるのは無謀だ。その上、彼は怪盗の話を聞かずにはいられないだろう。彼が逃げ出す可能性は低いと判断し、家達は怪盗に先を促した。
「それで?」
『22週を過ぎてしまっていた彼女は意識の無いまま出産。奇跡的な事に生まれて来た子供は健康そのものでしたが、如何せん彼女は身元不明でしたから病院側も扱いに困っていたようです。そこに現れたのが児童養護施設を運営する財部氏。一切の身元が分からない女性の子供を彼は施設で引き取ると名乗りを上げたそうです。更に、彼女の入院費も負担すると。
…彼女は今も眠り続けています。千代木総合病院でね。そして彼女のお子さん_菫さんは母の目覚めを待ち、父に会う事を夢見ています。』
バックミラー越しに見える葉山はあからさまな程に狼狽えている。目を白黒させて、話を呑み込むのに時間が掛かっているようだ。そこに、更に追い打ちをかける様に怪盗は続けた。
『なのに、貴方はこの八年何をしていましたか?こんな計画を立てている暇があったのならアンナさんを探そうとは思わなかったのですか?貴方は奇跡的に助かったんです。彼女も助かったのではないかと考えなかったのですか?
…復讐を否定する訳ではありませんが、ただ……一目で良いから会いたいと願った父親がずっと人を殺そうと企んでいただなんて、あんまりでしょう。
それが成功してしまってはなおの事。』
それは激情を抑え込んでいる様な声だった。
『…一度で良いから、彼女に会ってあげて下さい。今は恐らくアンナさんのお見舞いに来ているでしょうから。お待ちしています。』
ぷつりと電話が切れた。
(まさか、その為だけにこんな計画を?解毒薬を用意していたとは言え、自ら毒薬を飲むような真似をして?)
彼には一銭の利益にもなりはしないだろう。それに彼が言っていた通り秋津が警察官なのだとしたら、行動を共にするのはリスクが大きい。リスクとリターンのつり合いがあまりにも取れていない行動に家達は驚くと共に疑問に思った。彼の天秤は一体どうなっているのか、何故こんな行動に出るのか。
そして、気付いたのは今の電話の意図。秋津に対し遠回しに親子再開の機会を作って欲しいと言いたかったのだろう。
「秋津さん。行き先、病院に変えて貰って良いですか?」
「…分かったよ。」
やれやれとでも言いたげな顔で秋津は行き先を変更した。
◇◆
千代木総合病院入院病棟。飛鳥と菫は道中で買った花束を花瓶に移し、自販機で買って来たジュースを飲みながら暫くゆっくりしていた。
すると飛鳥が持つ携帯にメッセージが届いた。彼がそれを確認すると、それは姉である采花からであった。内容は「ごめん、迷っちゃった。迎えに来てくれる?」との事。此処にいるのが自分一人であれば迷わず迎えに行くのだが、幼い菫を一人残して行くのは少々抵抗があった。かと言って楽し気に最近の事を母親に話す菫を連れて行くと言うのも…と迷ってしまう。
結局は「近くに何が見える?」と返信。現在地で判断する事にした。近いのなら迎えに行こう、と。返信は早く、どうやらかなり近くのコンビニにまで来ているようだった。これなら数分程度で戻って来られると判断した飛鳥は菫に声を掛けた。
「菫、ちょっと姉さんを迎えに行って来るから少しだけお留守番出来る?」
「うん、わかった!いってらっしゃーい。」
飛鳥は速足で病室を出て、急いで姉を迎えに行った。
そこに入れ替わる様にキャップを深く被った青年がやって来た。
「こんにちは。お嬢さん。」
青年は菫の前で目線を合わせる様にかがむと、どこからか棒付のキャンディーを出現させて彼女に手渡す。それを受け取った菫はぱぁっと目を輝かせた。
「魔法使いさん!」
「はい、魔法使いさんです。本日は菫さんのお父様をお呼びしました。」
「えっ!パパに会えるの!?」
「ええ、きっと来て下さると思いますよ。」
「ほんと!?やったー!」
青年か喜ぶ菫の頭を撫でていると、バタバタと数人の走る足音が近付いて来た。そして、
「アンナ!」
駆け込んで来たのは瘦せ細った不健康そうな男_葉山。その後ろを追う様に入って来たのは観光客の様な二人の男、家達と秋津だ。葉山はベッドに横たわる女性を目にすると一目散に駆け寄った。
「あ、アンナ…!本当に生きていたのか!」
感動に打ち震える彼を横目に、帽子の青年_怪盗アルセーヌは仰々しくお辞儀をした。
「お越しいただきありがとうございます。家達探偵、秋津探偵。」
「後程、身柄は引き渡して貰いますよ。」
「勿論、その心算ですよ。」
その返答を聞いた秋津は一先ず状況を見守る事にしたらしく、病室の壁に背を預けた。どうやら家達も口を出す気は無いようだ。
一方、菫は困惑していた。知らない人が来たのだから無理も無い。うろうろと視線を彷徨わせ、不安げな顔で怪盗の服の裾を引く。それに気が付いた彼はベッドの縁で涙を流す葉山を見ながら、彼女の頭を優しく撫でる。
「菫さん。お父様は貴女の事を嫌っていた訳ではないんですよ。ただ、お母様の事を死んでしまったと思っていただけなんです。」
「そうなんだ…!」
「きっとお寝坊なお母様も明日には目を覚まします。」
「ほんと?」
目をキラキラとさせながら問う菫に、怪盗は淀みなく肯定を返す。
「ええ、勿論です。」
「じゃあ明日はいっぱいお話しよ!」
「では今日は早く帰って早く寝ないといけませんね。お迎えもいらしているみたいですし。」
その言葉に驚いたのは扉の外で聞き耳を立てて様子を伺っていた飛鳥と采花だ。特にやましい事は無いにも関わらず、采花は小声で話し掛けた。
「どうする飛鳥。バレてるよ!」
「いや別に良くない?タイミング無かっただけだし。」
意味も無くこそこそしている姉に呆れた飛鳥は堂々と扉を開けた。
「帰るよ、菫。おいで。」
「飛鳥お兄ちゃん?ちょっと待って!」
思わぬ人物に目を瞬かせた菫は葉山に近付いて言った。
「パパもお話してくれる?」
はっとして振り向いた葉山は、彼女の顔を見て驚愕や困惑などが入り混じった複雑な表情で
「……ああ…」
とだけ返した。少女の容姿を見ればアンナの子供だという事は明白だったのだ。彼女の妊娠を知らなかった葉山としては突然現れた娘に困惑や喜びを覚え、加えて殺人教唆をした自覚があるが故の曖昧な返答だった。しかし、菫はそれを肯定と受け取ったらしく
「やったー!じゃあまたね!」
と上機嫌に飛鳥のもとへ行ってしまった。そして彼等は病室を出て行った。
「さて、葉山さん。貴方は未遂ではありますが、殺人の教唆をしています。勿論それは罪に問われる事になる。貴方の名前は世にでるでしょうし、関係者も調べられるでしょう。きっとアンナさんや菫さんの事まで。」
射抜く様な真剣な眼差しで怪盗はそう言った。その先を想像した葉山は悲痛に顔を歪ませ、震えた声で呟いた。
「い、嫌だ……俺はなんて事を…」
「ならば取引をして下さい。」
「…え?」
怪盗はちらりと秋津に目線を向けた。すると彼は葉山に歩み寄ると有無を言わさぬ笑顔で告げた。
「僕の上司が貴方とお話をしたがっています。付いて来て頂けますね?」
「…はい。…アンナとあの子なら…」
「では行きましょうか。」
沈痛な面持ちの葉山を促し、秋津は退室した。
病室には家達と怪盗だけが残された。それを良い事に家達は怪盗に詰め寄った。
「良かったのか?あんな事小さい子に言って。」
「何の事です?」
家達はとぼけた様子の怪盗を軽く睨み、咎める様に言った。
「八年間も意識不明なんだろこの人。明日になったら目を覚ますなんて根拠も無しに言いやがって。」
「嗚呼、その事ですか。確かに医学的根拠はありませんね。しかし…」
意味深に言葉を切った彼は鞄から雫型の赤い鉱石を取り出し、家達にも見える様に掲げて言った。
「この世界には魔法が有りますから。」
そして、彼が鉱石を眠る女性の額に当てるとそれは淡い光を放つ。家達が呆気にとられている内に光は収まり、怪盗は鉱石を鞄にしまった。そのまま立ち去ろうとする怪盗を家達は慌てて呼び止めた。
「おい!今、何したんだよ?」
「何、と申されましても…おまじないとしか言いようが有りませんが。」
「随分あの子に肩入れしてるじゃねーか。特別な理由でもあるのか?例えば…境遇が似ている、とか。」
家達は真直ぐにそう問う。珍しく感情的で余裕を崩している様に見えたのだ。ここを逃す手は無いと考えた。
「…私は私の美学に従っているのみ。これ以上に御答え出来る事は御座いません。」
返って来たのは核心に触れない言葉と、こちらを見向きもしない拒絶の意思だった。表情は見る事は叶わないが、声色は無機質とすら思える程に冷たい。
ナイフの様に鋭く底冷えする様なプレッシャーに、踏み込み過ぎた事を悟った家達は二の句が継げなかった。そんな彼の隙をついて怪盗は窓から逃げ去ってしまった。
漸くプレッシャーから解放された家達は唇を噛みながら帰路に就く。
一方、怪盗は傾きかけた日を見上げながら憂鬱そうに呟いた。
「…アルカナさえ見つかれば、貴方は戻って来てくれるのでしょうか。……翠…」




