発端
秋津が女性を背負い、会場側ではない扉から外に出て駐車場まで走った。
殆どの人間がセレモニー会場に集まっていた事もあり誰にも見つからずに秋津の車まで辿り着く。女性を後部座席に乗せ、家達も乗り込んだ事を確認した秋津は車を発進させた。
警察や救急が来る前に現場を抜け出す事に成功し、少し車を走らせていると…
「意図を汲んで下さり有難う御座います。」
後部座席から悠々とした声が聞こえた。家達が驚いて振り向くとつい先程までぐったりとしていた筈の女性が優雅に足を組んでいた。それをルームミラーで確認した秋津も目を見開いた。
「お前…!大丈夫なのかよ。さっきまであんだけ苦しそうにしてただろ…」
心配と驚愕と呆れが混じった声でそう言う家達に対して、女性はニヤリと笑った。
「御心配痛み入ります。ですがこの通り、もう平気ですので御心配無く。」
「で、大怪盗。お前の目的は何だ?態々自分から毒を飲む程なんだろ?」
家達は呆れた様なジト目で怪盗を見ながら問う。秋津は“大怪盗”の言葉に驚愕して思わず家達と女性を見た。幸い赤信号で止まったタイミングだったが、運転中にも関わらず余所見してしまう程の凄まじい動揺だった。
「信号、青になりましたよ。」
その様子をクスクスと笑いながら怪盗は指摘した。
「あ、ああ。」
秋津は生返事を返し車を発進させる。その反応を面白そうに見ながら怪盗は更に爆弾を落とす。
「そうだ、何が何でもDCCカンパニーの社長と副社長をビルから出さないように手配して頂けませんか?__お巡りさん。」
秋津は息を飲んだ。
「何を言って…」
「遺された燈火教団。事後処理お疲れ様でした。」
白を切ろうとした秋津に対して、怪盗は食い気味に言う。秋津は言い逃れの出来ない現場を見られていた事を告げられ溜息を零す。
思い返すのは七月初めの事件。
「居たのか、あの場に。」
「ええ。少々遠くから拝見致しました。貴方が指揮を執る姿も。」
「成程…そうか。では一つ質問だ。」
そう諦めた様に言った途端、秋津はうだるような暑さも忘れる程の底冷えする空気を纏う。それを感じ取った家達は息を飲んだ。
「お前は白い静謐の協力者か?」
「いいえ。彼女が私の協力者です。利害が一致しましてね、私の計画に乗って頂きました。」
プレッシャーをものともせず怪盗は不敵に笑って答える。
ルームミラー越しに視線が絡み合う。
信じるべきか否か。
重い数秒の沈黙が下りる。
「…分かりました。今は貴方の事を信用しましょう。それと、DCCカンパニーの件は手配してありますので御心配無く。」
「それはそれは、心強いですねぇ。何処までお聞きになりました?」
「DCCカンパニーの社長と副社長の暗殺が成功したら人工衛星ハタタガミがC.C.の手に渡ると言う計画は聞いています。それを阻止する為に協力者が居る事も。」
「では…」
「ちょっ、ちょっと待て!!」
二人で話を進めようとする怪盗と秋津。家達が一人だけ何も把握出来ていない状況にやっとの思いで口を挟んだ。
「聞いて良いのか分かりませんけど、秋津さん警察の方なんですか?」
気にはなるが躊躇いつつ尋ねたのは彼の立場に思い当たる節があるからだ。立場を隠して動いている時点でどこかの組織に潜入でもしているのだろうと。
「まあその話は追々。今は緊急事態ですから。それはもう都市機能が壊滅しかねない程の!ですので家達探偵?少々お口にチャックをお願い致します。この事件の経緯をお話致しますので。」
「は、はあ…」
秋津が答える前に怪盗が捲し立てる様に言った。家達はその気迫に押されて思わず曖昧な肯定を返してしまった。それを聞いたのか怪盗は続ける。
「始まりは八年前の海難事故。海水浴に行っていた四人グループの内、二人の男女が酒に酔ってクルーザーから海に転落し行方不明。後に死亡したものと見られている事件です。同席していた二人の証言によれば悪酔いした男女が制止の声も聞かずライフジャケットを脱ぎ捨てダンスを踊り始めたそうで、そのタイミングで高波に攫われたとの事です。そして遺体は発見されませんでした。」
「事件…?」
「そう、これは事故に見せかけた事件でした。今回狙われた田辺 哲司が計画し、河島 健二と共謀した犯行です。転落した男女は葉山 泰弘とアンナ・スミルノフ。この二人は結婚を誓い合ったカップルでした。葉山氏とアンナ氏の飲み物に睡眠薬を混入させ、眠った二人を海に落としたのです。物的証拠は有りませんが証言映像は入手致しました。」
と何処からともなく取り出したSDカードを弄んで見せる。
「しかし、葉山氏は沖に流れ着き、身元不明のままとある病院に運ばれ、彼の友人を名乗る男によって引き取られました。男の名は粟坂 宗助。彼はC.C.に名売りする為、元々は葉山氏の開発したハタタガミの技術を欲していました。その為に弱味を握ろうとカメラと盗聴器を仕込んでいたようです。これによって先の事件を知った粟坂が目覚めた葉山氏に事件の顛末を伝えると、葉山氏は田辺、河島両名への復讐を決意。そして、粟坂がそれを代行する代わりに成功報酬としてハタタガミの制御権を受け取ると言う取引をしました。」
「成程、繋がっているのはそこか。」
秋津は眉を顰め、静かに相槌を打つ。
「さて、葉山氏は田辺と河島の事を激しく憎悪しています。それはもう自らの手で殺めてしまいたい程に。なので彼はそれを実行する術を密かに作っていました。そのプログラムを使用するとハタタガミが回避不能のレールガンに変貌します。その威力は計り知れません。その為、粟坂は制御用のスパコンを死守する為に何でも屋を使っての暗殺に拘る筈です。しかし、葉山氏は後先はどうでもいいと考えているようなのでターゲットがビルを出て何でも屋の暗殺が不可能と判断した場合、周囲がどうなろうと構わずハタタガミを使って攻撃するでしょう。
そういう訳で、暗殺を引き受けた何でも屋を調べ上げたところ知り合いに行きついたので少々ご協力頂いた次第です。」
怪盗はさらさらと説明する。
家達はこれだけの情報を何処から手に入れたのかと驚く。秋津も内心、その情報収集能力に舌を巻いていた。
「つまり、田辺と河島を保護しつつ、葉山と粟坂を確保すれば良いって事か。」
「そういう事です!ご協力頂けますね?お二人共。」
家達が確認すると、怪盗はニコリと笑った。
◇◆
一方その頃セレモニー会場にて、事件が起きた事により騒然とする中、一人の清掃員が隠れて誰かと連絡を取っていた。
「ユースケ、例のセレモニーなんだけど事件が起こっているの。ワインに毒が仕込まれていたみたいで…」




