巣食う廃村 後編
「あちゃ~、これは封印が解けるのも秒読みって感じだねぇ。」
苦笑いでそう言う白い静謐が見据える先には蛇を模った水が在った。それは明確な敵意を持って此方を睨みつけており、その周囲には幾つもの水の球が浮いている。恐ろしくも何処か神々しいオーラを放つそれはただの魑魅魍魎とは言い難い。それに物怖じすることなく彼女は上着の中から愛銃を取り出した。
「あれは…例の邪神?」
「その分身かな。本体はまだ封印されているはずだよ。だから、勝てない事もない。」
私が疑問を零すと彼女は答えながら引き金を引いた。しかしその弾丸は水の球によって防がれ、蛇にまでは届かない。衝撃で拡散した水は集まり、再び球を形成する。そして、すぐさま小さな球に分裂して降り注ぐ。それを見て、冷静に盾を構えた白い静謐は小さく呟いた。
「_Salvag‐Svalinn」
その瞬間、私達二人を囲むドーム状の結界が出来上がった。それは弾丸の様に鋭く降りかかる水の球を全て受け止める。
「星野ちゃん、此処から動かないでね。」
「…分かった。」
攻撃が止めば白い静謐はお返しと言わんばかりに銃を連射する。その繰り返しで彼女は私の前から動く事無く終わらせる心算なのだろう。これではまるで消耗戦だ。
私の身体能力では攻撃を避けきれないから。私にまともな防衛手段が無いから。
彼女は必要だから私を呼び出したのだし、必要だから私を守っているだけなのだろう。餅は餅屋に、と言うだけの話なのだろうけれど。
それでも少しもやもやする物がある。役立たず扱いは癪に障るが、動くと邪魔になるのも事実。
何か私に出来る事は無いだろうか。
(…彼女の攻撃方法って基本は拳銃による射撃よね。なら…)
「射手座よ。」
そう唱えると、白い静謐は驚きを隠さずに此方を振り向いた。
「え!?もしかしてバフとか盛れるタイプだったの!?」
「少しだけど。何もしないのは性に合わないから。」
「ありがと~戦いやすくなったかも!」
彼女は笑顔でそう言うが、大した事はしていない。ただ少し射撃の威力を底上げした程度で、絶対に攻撃が当たる様になるとかそう言った特殊効果は無いのだ。
それでも、上手くかみ合っているのか彼女が撃ち出す弾丸に蛇は苦し気によろめきだす。蛇も負けじと大小様々な水の球による攻撃を繰り出すが、その全てを彼女の結界が防ぎきる。
気が付けばそれを構成する水の量が大分減っていた。形を保つ事すらままならないのか、滴り落ちる水滴すら見える。まさに満身創痍といった様相だ。最早なりふり構わず自身を構成する水すら凶器に変えて刃の様に鋭い雨を降らせる。
しかし_
「無駄だよ。」
その刃は一つたりとも届くことは無かった。それは、ついぞ結界を貫く事が出来なかったのだ。
そして、一発の弾丸が蛇を貫くとそれはこと切れたようで形を崩し地面を濡らした。
「…ふう。流石にちょっと疲れたねぇ。そこで休憩しよ~う。」
くるりと振り返った彼女は少しの疲労を滲ませてそう言った。
「そうね。」
◆◇
神社の境内にあった石造りのベンチに腰掛けて暫く休憩をとった後、調査を再開する。
「こういう場合は何かしら本殿にあるでしょ~。」
という白い静謐の言葉に従って長い事手入れされていないその扉を開く。照明が無く、立地のせいか木々に遮られた太陽光も弱く薄暗い室内をよく見るためにスマホのライトを使う。照らし出されたのは埃の積もった畳張りの床と、その奥にある木製の祭壇。そこに祀られていたのは…
それを目にした途端、ガンガンと殴られる様な酷い頭痛と眩暈に襲われ、目の前が真っ暗になった。
◆◇
「…うぅ……」
次に目が覚めた時には布団の上だった。オレンジ色の柔らかい光源に照らされているのは畳張りの部屋だが、先程までと違い埃一つ無く間取りも異なっている様に見える。
(ここは一体…白い静謐は…?)
痛む頭を回して考える。見覚えはある筈なのだが、情報が結びつかないのはひとえに体調が悪いせいだろう。
そんな事を考えていると、ガラガラと引き戸が開いた。
「おや?起きてたんだ。おはよ~。」
そこに居たのはスポーツドリンクやタオルなどを持った白い静謐だった。彼女は心配そうに眉を下げて続ける。
「まだ具合悪そうだねぇ。熱測れる?」
「…うん。」
手渡される体温計を受け取り脇に挟む。その動作だけで気怠さを感じ、症状が頭痛だけではない事に気が付いた。
「卯の花に色々揃ってて助かったよ~。キミの家に行っても良かったんだけれど、世話焼いてくれそうな人が居た方が良いかと思ってね。宇津木さんにちょっと無理言っちゃった。詳しくは後で訊くから、今はゆっくり休んでね~。」
ニコリと笑う彼女の言葉に腑に落ちた。
(…そっか、卯の花だったんだ…)
自分がよく知る場所だった事に安心したと同時に、ふと疑問に思った。
「……調査、出来たの…?」
「ん?まあ必要最低限はやってきたよ~ん。だから安心して?」
「そう。……っごめん、少し、情報の整理が必要。」
意識がはっきりするにつれて主張を強める頭痛に思わず顔を顰める。あの神社で視た“記憶”の情報量が多すぎて処理が追い付かないのだろう。
「おっけ~私はちょっと外すね。その内宇津木さんが帰って来ると思うけど寝てて大丈夫だから。」
バイバイ、と手を振り背を向ける彼女に今分かっている事を伝える。きっと、今の彼女に一番必要な情報だ。
「…あの場所は、私の予知に関係あると思う。」
「!…そっか、教えてくれてありがとう。」




