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新たな季節とちょっとした心配事

豪華客船での骨折が治りきらないまま迎えた始業式。まさかの三角巾で腕を吊った状態での登校になってしまい周囲への言い訳が大変だった。

その次の日、引き攣りそうになる顔を必死で抑え、ポーカーフェイスで教室へ向かった。何故なら、同じクラスに怪盗(わたし)にとっての天敵が二人も居たからだ。

一人は占星術師などと名乗っていた星野 瑠璃。あの後、彼女は何も指摘せず俺を家に帰したが、今後正体がバレる可能性が非常に高い。

そしてもう一人は高校生探偵などと世間からもてはやされる男、家達 律槿(いえだち りつき)。様々な難事件を解決に導き、警察にも頼りにされていると言う。高い身長、薄い茶色の髪に赤みを帯びる瞳は嫌でも目に入る。入学式で見かけた時は左程気にしなかったのだが、今はそうもいかない。最も彼の専門は殺人事件である為、窃盗犯の自分は眼中に無いのだろうが…それでも少し落ち着かないのだ。

しかし、向こうはそんな事を知る由もないのだろう。

「在瀬、手伝おうか?その腕じゃキツイだろ。」

「え~マジ?助かる!」

普通に親切心で話し掛けられるのだ。そして、クラスメイトの在瀬 翠としてはその親切を受け取らないという選択肢は無い訳で。自然と話す機会も増えてしまう訳で。数日間、笑顔で応じているが内心冷や汗が止まらないのである。そして、“最大の敵は背後から刺して来る味方”と言わんばかりに爆弾を落としてくれるのが我が幼馴染である。

「翠、家達君と仲良くなったの!?」

「あーまあ?」

「そうだね。」

「じゃあさ、一緒に怪盗アルセーヌを捕まえない?」

「へ?」

(はい????)

ポーカーフェイス、ポーカーフェイス…声に出さなかった事を褒めて欲しい。キラキラとした目でとんでもない事を言ってくれた幼馴染に、興味深そうに目を細める家達。正に四面楚歌。敵しか居ないのかと眩暈さえ覚えるが意地でも顔には出さない。放課後用事はないかとか、集合は小林家だとか、ポンポンと話しを進める二人に付いていけない。

というか…

「家達って窃盗犯とか興味有ったの?」

それが一番の疑問だ。この際、ほぼ初対面の筈の二人でこんなに話が進んだ事は二人共コミュ強なんだと納得しておく。佳澄がすぐに他人と仲良くなれるのは事実だから。

「うーん…普通の窃盗は興味無いけど、アイツはちょっと別だな。あの芸術性のある犯行はとっ捕まえたくなる。」

「…そう、なんだ。意外だな。」

焦る気持ちを抑えてそう答えるのが精一杯だった。


◇◆


「佳澄~聞いてよ~!もう、推しが尊くて尊くて!!」

「ど、どしたの、結衣。」

朝練が終わり、私は中学校からの友人で同じ吹奏楽部に所属する七竈 結衣(ななかまど ゆい)と一緒に教室へ向かっていた。何時にも増して上機嫌で“推し”を語る彼女はかなりのオタクで本人曰く“二次元に生きている”らしい。内容はあまりよく分からないけれど彼女が楽しそうなのでうんうんと聞いていた。

「…で、佳澄。なんか元気無いけど、どうしたの?」

「…えっ?」

急に優しい声色で顔を覗き込む様にして聞いて来る彼女に心底吃驚して声が裏返ってしまった。何時もは居眠りが多く口調も眠たげでゆる~い彼女だが、偶に私や翠の事を心配してか真剣に話を聞こうとしてくれる時が有る。昼行灯に見えて、彼女はよく人を見ているのだと思う。

こういう時、彼女は何時も愚痴や相談なんかを聞いてくれるのだ。

「分かり易いんだよぉ佳澄は~。どうせ翠君の事でしょ?」

「うん。怪我、大丈夫かなって。」

「まあ珍しいよね~。あんなに運動神経良いのに…猿も木から落ちるってやつかなぁ。」

「階段から落ちたって言ってたけど…なんかちょっと声のトーン低くて、怪我のせいで元気無いのかなって。」

「それで心配な訳だ。」

「だって、翠ったら痛くても痛いって言わないんだもん。」

そう口を尖らせれば、彼女はクスクスと笑う。丸眼鏡の奥には微笑ましいものを見る様な温かい目が有って、少し気恥ずかしくなる。先程の推しへのはしゃぎようは何処へやら。同い年、身長も自分より低い筈の彼女がずっと年上に見えてしまう。

「相談なら何時でも聞いてあげられるんだから。何かあったら言いなさいな~。」

「…元気付けられるかな?」

「ふふっ、何時も通りで良いんじゃない?」


◇◆


ある日の深夜3時頃。怪盗アルセーヌの拠点の一つにして、彼の協力者が経営する喫茶店アディントンはとっくに閉店時間を過ぎていた。しかし、店主である伯ヶ部は未だにカウンターに立ち、食器を磨いていた。すると、CLOSEDの看板が掛かっている筈の扉を押し開けて入って来る者が居た。

「最近あんま開けてねェみてェじゃねェか。どうした?博士。」

そう言ったのはモノトーン配色の落ち着いた店内には似合わない、派手な赤いメッシュの入った髪を持つ少々ガラの悪い男、黒い霧と呼ばれるボディーガード。

「そうねぇ。何か有ったのかい?」

続いたのは目元にクマをたたえた気だるげな女性、鋸山 玲香(のこやま れいか)。闇医者である。

「まあ博士も忙しかったんじゃな~い?」

最後に入って来たのは白銀の髪と紫色の瞳という浮世離れした容姿を持つ小柄な少女は白い静謐と呼ばれている。

伯ヶ部はそれに驚いた風でもなく、

「おお、いらっしゃい。」

とのほほんと片手を上げた。そんな彼に黒い霧は追及する。

「で?どうしたってんだよ。」

「あー…懇意にしている子がいてのう。あまりこっちに関わらせたく無いんじゃよ。」

伯ヶ部は観念した様に言った。それを黒い霧と鋸山は珍しいものを見る目で見ていた。

「え?裏か?それとも怪異か?…いや、裏なら別に閉めなくても良いよな。」

「両方、かのう。何方にも深く関わって欲しくないんじゃよ。君等にも成るべく関わらせたくない。…あの子は優しい子じゃから。」

「失礼な!まるでオレ等が優しくねェみてェじゃねェか!!」

「はあ、殺し屋が何言ってんだか。」

少々悲し気に目を細める彼に、黒い霧は口を尖らせた。呆れた様に溜息をついたのは鋸山だ。その言い方が気に障ったのか黒い霧は彼女を睨んだ。

「ボディーガードだっつの!」

「合間に殺しやってんじゃん。」

「依頼は選定してんだが?テメェだって怪我人の傷弄ってんだろ。」

「未成年襲うヤツに人権とか要らないでしょ。」

「それはそう。」

そんな軽口を聞き流しながら、白い静謐は伯ヶ部にその眠たげな目を向けた。

「ねえ博士?その子ってどんな子~?」

「あ、それオレも気になる。どんなヤツだよ。博士がそこまで気に入るとか珍しいじゃん。」

「アタシも気になるな。」

軽口を叩いていた二人の目も一斉に彼に向く。じっと見つめられ、溜息を吐いた伯ヶ部は仕方ないかと口を開いた。

「まあいずれバレるか…ほら、最近メディアで取り上げられてるじゃろう?」

その言葉に三人共納得した様に頷いた。

「ああ、あの怪盗君かい。」

「あ~、あの人を殺せない甘ちゃんか。」

「…そういえば博士、先代とも仲良かったんだっけ?」

「そうじゃよ。あの子は先代の忘れ形見じゃから…」

成るべく危険な目には合わせたくない、けれども彼自身が決めた事は応援してやりたい。その葛藤が垣間見える何とも言えない表情を彼は浮かべていた。

「そういう事なら博士~良い事教えてあげるよ~」

白い静謐は指先を組んでテーブルに肘を突きながらニコニコと語り出した。

「ここ最近、奇妙な特異事例が増えててね?何処かに特異点が有ると思うんだけど…原因が解決するまでは真夜中のお散歩はおすすめ出来ないのさ~。

まあ不自然に音がしない場所か、黒い霧が発生している地点に逃げ込んでくれればなんとかなるかもだけど。」

最後に黒い霧に視線を寄越すと、彼はじとりと睨み返し溜息を吐いた。

「テメェが態々この時間に付き合ってんのはその話がしたかったからか?」

「そゆこと~…ふぁあ~、ほんとは眠いんだけどねぇ。こればっかりはしょうがないよね~。」

ゆるゆると欠伸交じりに話す彼女は態度こそ眠たげだが、目は真剣そのものだった。

「キミ達には色々協力して欲しいんだよぉ。特に黒い霧。本当なら怪盗アルセーヌには()()()()()をして欲しいんだけど…まあ無理だよねぇ。まともに引継ぎしてなさそうだし…博士がその感じだと教える心算無いでしょ?」

困ったなぁと零して突っ伏す彼女は中々に気苦労が絶えないらしい。そんな彼女を見かねて名指しされた彼は渋々協力を承諾した。

「しゃーねェなあ。見回りはしてやる。テメェは原因なんとかしろよ。」

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