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其れは例えば宝石の様な  作者: 弦月 雪啼
白瑠璃の章
36/51

静かなる白

「なんか最近数が多いな~なんでだろ~?」

三月某日深夜三時半。手元の白い拳銃を弄びながら虚空に呟く。疑問に答える人は勿論居ないのだが、最近数を増している特異事例に辟易として思わず吐き出してしまったのだ。

特異事例_世間一般では伝説上の生物とされているモノや超常現象、都市伝説などを纏めてそう呼んでいる。基本的に害の無いモノは放っておくのだが、如何せん害を為すモノが多いのだ。特に今年の三月に入ってからは。

勿論、対応する組織は在る。【雪月花】と呼ばれる日本古来の組織なのだが、十数年前から衰退してしまっているらしい。

対応する人材不足を嘆くべきか急増した特異事例を恨むべきか…

兎も角、私がこうして殆ど毎日寝る間を惜しんで清掃活動をしなければならない状況になってしまっているのは可笑しい事に違いなかった。

特異事例を感知出来る工房アイテムである人工衛星_|Arcanus Dtectorアルカヌスディテクター略してADからの情報を映すタブレット端末を見る。履歴を見れば三月初めから、凡そ千代木市を中心に全国的に不自然な程に急増している事が分かる。

これは自然の摂理では無いと判断出来る。経験上、こういう時は何か原因となる事象が発生している。誰かが意図したものかもしれないし、事故かもしれない。例えば誰かが呪術的な儀式を行った事によって異界と繋がってしまったとか、例えば経年劣化で祠が壊れて解き放たれた怨霊だとか。そう言った何か。

今回は規模が大きい。しかし中心地が千代木市である以上、市内に原因が在るのだろう。

一刻も早くそれを解決しなければ平穏は戻って来ない。

「…でも~時間足りないよ~」

溜息と共に情けない声が出る。昼は学校、夜は特異事例の対処と原因究明の時間が取れない。

(学校休む?いや、それはそれで問題あるんだよな~ど~しよぉ…これは一人じゃ無理かなぁ。)

何処に連絡して誰を使うべきか。脳内で知り合いをリストアップしながら布団に潜り込んだ。


翌日。登校前に鏡の前で丸い伊達眼鏡をかける。すると、鏡の中の自分は目立つ白い髪が一般的な黒髪に、紫色の目が茶色に変化する。自分の容姿が目立ち過ぎる事は自覚しているから、中学の時からこうして工房アイテムで隠しているのだ。普通の女子高校生、七竈 結衣に見えるように。


◆◇


黒い霧にパトロールを依頼したところ案外あっさり了承され、原因究明に集中出来るようになったのが四月初旬。そこから数日後に星野から相談を受け、異変の概要を把握した訳だが…

思っていたより大規模で頭を抱えている。せいぜい日本国内で済むだろうと考えていたから。まさか世界規模とは。

しかも原因はあのユークロニア研究所と来た。厄介過ぎる。

頭を悩ませつつ、スマホの通話アプリでとある人物の連絡先を呼び出した。

『やあ、珍しいじゃないか。君から電話を寄越すなんて。また修理依頼かい?』

挨拶代わりに皮肉を言う少女の声にクスリと笑みが零れる。

「ふふっ相変わらず手厳しいね~修理はまた頼むけど、今日の用事は違うんだよね~ちょっと相談したい事が在って。」

『ほお、本当に珍しい事もあるものだね。てっきり君は僕の事を只のエンジニアだと認識しているものかと思っていたよ。』

「やだな~お友達でしょ~?」

『よく言う。…で?相談と言うのは?』

電話越しだというのに呆れ顔がありありと見て取れる様な分かり易い声色で本題に戻される。

「はいはい本題に戻りま~す。と言ってもとある施設に一緒に来て欲しいだけなんだけどね~。」

『とある施設、ねぇ。嫌な予感がするのだけれど…何処だい?』

「ユークロニア研究所~。」

平然と答えると、向こうからは心底嫌そうな溜息が聞こえた。


◆◇


「…で、態々こんな廃墟に、しかもこんな朝早くに僕を呼び出した理由を聞こうか。」

廃墟となって随分と経つ研究所跡地を前に、不機嫌さを隠さず片手で日傘をさし、もう片手を腰に突く少女が居た。

手入れの行き届いたストレートな長い金髪は朝日を受けて眩いばかりに煌き、不機嫌さをありありと見せる様にじとりと睨む双眸は燃える様なスカーレット。奇跡的なまでの五体の造形美を持つ…有体に言えば絶世の美少女は界隈では有名な天才技術師。名をアリスティア・セアラ・ロシュルィナ、愛称としてアリスと呼ばれている。

15歳という若さで時空間を専門とする知識と技術で幾つもの工房アイテムを作成している、その道の権威と言っても過言でない少女なのだ。

傍らに置かれた大きなボストンバッグにはその技術に見合った道具が詰まっているのだろう。

「ありがとね~態々、転移装置(テレポーター)を使って不法入国までして駆け付けてくれて。」

「ふん、何時も悠長で呑気な君が珍しく焦っている様だったからその顔を拝みに来ただけさ。」

「まあまあ、キミの力が必要なんだよぉ。恐らく此処が、“特異点”だからさ。ねぇ、星野ちゃん。」

「うん、宜しく。」

「さぁさ、行くよ~。」

そう先行する白い静謐は弾痕や焦げ跡が垣間見える廃墟となった研究所へと足を踏み入れる。そんな彼女の背にアリスが声を掛ける。

「11年前だったかな?此処が襲撃されたのは。」

「そう。その時に放棄されたんだけど…C.C.は一つの物品を除き回収出来なかった。それ以外の研究成果は全て破壊、若しくはデータの消去によって意味をなさなくたったんだよ。まあ、そこまでは良いんだけど…」

「けど?」

「実は研究員の誰かが何かを持ち去っていたらしいんだ。布に包んで両腕で抱えてね。」

そう語りながら白い静謐は悠々と迷い無く歩みを進める。

「ほお、その“何か”は特定しているのかい?」

「まあね~。で、まだ残っているんだよね~。C.C.ですら見つけられなかった隠し部屋が。」

「僕にそれを見付けろって?」

「まさか~。キミにして欲しいのは分析だよ。そういう技術者が欲しかったんだ。」

「成程。仕方ない、此処まで来たからには手伝ってあげるけれど…場合によっては高く付くよ?」

「上等。出来る限り要求には応えよ~う。」

「話、纏まった?」

身振り手振りを交えて説明していた白い静謐に、一段落したところで星野が声を掛けた。

「うん、じゃあ行こうか。」

そう言って白い静謐は壁のタイルの一つを押し込んだ。すると、床の一部が1m四方に四角く切り取られると床下に沈み、地下へ続く階段が現れた。そして、そこを降りて行くと、テンキーが付けられた真っ白な扉が有った。彼女がテンキーに何桁もの数字を迷いなく入力すれば扉がスライドして中が見えた。

現れたのは白で統一された近未来的な部屋。一番に目を引くのは奥の巨大な物。西洋の宮殿に有る様な凝った装飾の銀色の門。その周囲には時計の様な魔法陣が浮かんではブロックノイズの様に乱れては消える。端的に言えばバグっている様に見える。

その状態に眉を顰めたのはアリスだった。

「おいおい、結構な代物じゃないか。これを僕に解析しろって?」

「出来るでしょ?少なくともバグの原因くらいは。」

「まあ、出来なくはないけれど時間は掛かると思ってくれたまえ。どうせ設計図も何も無いんだろう?」

「あはは~ごめ~ん。」

悪びれる様子も無く心にも無い謝罪をする白い静謐にアリスは慣れた事なのか呆れ顔で溜息を吐いた。


◆◇


アリスは数十分間、“門”や周囲の機器をよく見て回ったり、コードをタブレットや何かの機械に繋げたりして軽く調べ終えると白い静謐と星野に声を掛けた。

「取り敢えず今分かった事は報告しておくよ。」

「うん。」

「先ず、起動に必要な手順書は残っているけれどそれ以外のデータは無い。記録媒体が物理的に破壊されているようだから復元も難しいだろう。“門”の方は認証時点でエラーが発生している。生体認証はクリアしているけれど、別の認証でエラーが起こっているようだ。そしてもう一つ、この門は本体じゃあない。」

「え?ど、どういう事?」

思いもよらない言葉に目を白黒させる白い静謐は動揺のままに問う。

「この門は謂わば増幅器の様な物なんだ。これ自体に権能は無い。」

「…鍵の方が本体だったって事ね。」

すんなりと受け入れて言語化したのは星野だ。反対に白い静謐は理解はしたものの、あまりの事に内心では頭を抱えた。しかし、直ぐに気を取り直した。

「それで、生体認証以外の認証でエラーってことは…パスワードでも間違えたのかな?でもそれだけでバグってループを起こすなんてとんだ欠陥構造じゃない?」

「魔術がシステムに組み込まれているんだ。魔力だの魂だのって可能性も否めないだろう。」

「でも、それは生体認証と変わらない。」

星野が指摘する。それはこの機器のセキュリティーが指紋などと言う甘い物では無いと理解した上での発言であった。確実にその人物が此処に居る事が証明されなければならない様なものが必要だと。

「否?例えば魂を認証している場合、何者かに体を乗っ取られていた時如何なる?」

「…!確かに、それなら成り立つ。」

問い返したアリスの言葉に星野はハッと目を瞬かせ納得して頷いた。

「でもその場合、システムが認識出来るのは表出している魂のみって事になるよね?」

「嗚呼、そうだな。」

「それってさ、もう一つ嫌な仮説が成り立つんだよねぇ。」

「ほう。」

「?」

彼女にとってこれは彼の友人(七竈 結衣)としても、白い静謐としてもあまり考えたくない可能性。しかし、今の話を聞く限りは無視出来ない可能性だ。

彼女は頭に疑問符を浮かべる二人に、内心を悟らせない笑顔で淡々と答えた。

「在瀬 翠が二重人格…つまり鍵の魂の依り代になっているケース。今の話を聞く感じ、寧ろ私はこっちの方が可能性高いと思ってるよ。」

「根拠は?」

「翠君の自覚が無さ過ぎる事かな。中学の時から彼を知ってるし、彼が鍵である事も知ってたからね。私もちょっと探りを入れてたんだよ。試す様な質問をしてみた事もあるし、佳澄にも探りを入れたんだけど…全く引っ掛からなかった。警戒心もゼロに等しい。ほんとに何も知らないみたいなんだよね~。

私も自分の調査結果を疑ったくらいだよ。」

肩を竦める白い静謐にアリスが再度冷静に問う。

「記憶操作の可能性は?」

「勿論あるよ。なんせ彼、11年前に誘拐されてるからね。それも研究所が襲撃される少し前に。そして彼が家に帰れたのは襲撃より後で、間の記憶は無いらしいし。まあいずれにせよ…

如何やってあの扉開けたんだろうね?」

「…嗚呼、パスワードか。」

一瞬の間を開けて納得した様に呟いたのはアリスだった。

乗っ取られたにせよ、二重人格にせよ、此処へ来るには隠し扉の位置も開ける為のパスワードも知っている必要がある。あの長々しいパスワードは総当たりで破れるものではない。これほどの研究成果なのだから、セキュリティ対策のために入力回数に制限だってあるだろう。

「そう。今生きている人間でパスワードを知る事が出来るのは私か、櫻井尊音か、頑張ればC.C.もかな。でもC.C.はほぼ不可能だと思ってる。解析されたデータは持っていないし、解析出来る人材も居ない筈だから。そう考えると乗っ取られた説は可能性低いんじゃないか、な……あれ…?」

白い静謐が頭の中で情報を整理しながら口に出すと、一瞬しんと静まり返る。

それを破ったのは星野だった。

「…それ、彼を誘導した可能性が一番高いの貴女になるんじゃない?」

「だよね~!」

整理する中で行きついた可能性を指摘されて白い静謐は開き直った。

パスワードを知る事が出来る人間は限られている。二重人格だった場合ほぼ確実に表の人格は在瀬 翠の筈、そして彼はこの施設の事を知らないのだから、当然パスワードも知らないだろう。だから知っている人間がここまで連れて来る必要がある。そして、彼の危機管理能力と技能を鑑みれば全く知らない人間には付いて行かない事も、誘拐を企てられても並大抵の相手ならば返討ちに出来る事も分かる。ならば、中学からの友人である七竈 結衣の言う事を信じて付いて来てくれた、と言う可能性が高くなる。

そうなると、もっと大きな問題が出て来るが…

考えている白い静謐に、アリスが溜息を吐きながらキッパリと言った。

「何にせよ門の資料が無いと正確には判断が付かないぞ。」

「う~ん…」

白い静謐は悩む素振りを見せながら数歩歩くとパッと顔を上げて振り返った。

「この際しょうがないからアーカーシャに頼ろうと思う。」

「最終手段?」

「まあね~なんせ時間が無いからさ。次のループに入っちゃったらこの記憶も消えちゃうって考えた方が良い。ここまで早く事態を把握出来るか分からないからね。存在するかも分からない資料を探すのに使ってる時間は無いのさ~。」

そう言って実験室の中から出て行く白い静謐に付いて行くかたちで二人も施設を後にした。

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