疑惑の予告状 後編
先にやって来ていたらしい陽茉莉は悲鳴を上げて城崎に駆け寄ろうとしたところを止められた。少し遅れて来た白石は血を流す城崎を目に入れた途端に目を見開き口許を手で覆い、その後ろに続いて来た一之瀬も驚愕の表情を浮かべた。そして最後に来たのは石上だった。彼は僅かに目を見開き、痛ましい表情を浮かべている。
城崎氏の死亡は確認され、この場は殺人事件の現場となった。
間も無く捜査一課が到着し現場検証が開始される。
凶器は落ちていた花瓶。犯人は予告状が有り、宝石も盗まれている事から怪盗アルセーヌであると一課は睨んでいるらしい。一応それ以外の可能性も考えて関係者をリビングに集めているが。
「それで、坂口君。外には機動隊も配備していたんだろう。逃げていく人影を見ていたりはしないのか?この状況ならあの窓から逃げた線が濃厚だが。」
「見ていないようです。元々奴の衣装は黒で夜は見えにくくはありますが…まあ、今回は奴ではないでしょう。」
「ん?何故そんな事が言えるんだね?」
「今回の予告状は恐らく偽物です。それに、奴は人の命だけは奪わない。…後は宜しくお願いします、浅井警部。」
坂口警部は少々投げやり気味に引継ぎを行った。あの怪盗を専任とする者として思うところが有ったのだろう。それは小林探偵や家達探偵も同様のようで捜査に加わっている。
部屋の状況はこうだ。
・滑り出し窓が開いている。窓は人一人が通れる大きさである。
・被害者は入口付近の棚の前でうつぶせに倒れていた。
・上記の棚には凶器である花瓶が置かれて痕が残っている。
・争った様な荒れた痕跡は無い。
・古代の叡智が無くなっている。
・被害者の近くには『古代の叡智は頂いた』とだけ書かれたカードが落ちていた。
他に手掛かりは無いかと部屋を見回っていた家達探偵は開け放たれた窓を再度よく見た。すると僅かに光を反射する物が窓の上部から垂れているのを見つけた。
「…ん?何だ、糸か?」
指紋を付けないようにハンカチを使って手に取るとそれが数メートルもの透明なテグスである事が分かった。よく見てみればそれは窓の外側を這い内側の鍵部分まで繋がっている。これはもしや、と思った家達探偵は鑑識の一人に話し掛けた。
「すみません鑑識さん。凶器に何かくっついていませんでしたか?」
「ん?ああ、君は家達君か。凶器には何か透明な釣り糸が口の内側に張り付けられていたよ。途中で切れていたけれど…」
「そうですか。有難う御座います。」
にこりと笑って礼を言い、再び室内を観察する。
次に気になったのは遺体に位置と顔の向き。どうにも棚の下を覗き込んでいる様に見えたのだ。現場を荒らさない様に気を付けて覗き込むと、何か光る物が落ちている。ライトを当ててよく見ればそれはブローチだった。
更に、風に揺れたタペストリーに何となく目が行って違和感を覚えた。それを捲ってみればそこには
「これは…」
一つの扉が有った。何処に繋がっているのかと思い開けてみれば隣室の様だ。隣室の前は警備も固くない。この扉の存在を知っていれば隣室からの出入りが可能である。
一通り現場を見回った家達探偵は関係者の話を聞きに行く。容疑者は犯行当時リビングに居なかった四人だ。
誰から話を聞こうかと思案しつつリビングへと足を進め、中に入った。そして、容疑者の様子を伺う。
陽茉莉は先程よりかは幾分か落ち着いた様子で、いささか暗い表情の一之瀬と共にソファーに腰掛けている。
石上は沈痛な面持ちで俯いている郁恵の傍に控えている。
そして白石は未だ口許を手で覆い顔を青褪めさせている。何故だかその様子が何時ぞやに喫茶店で起きた事件での友人の反応と重なって見え、彼に話を聞くのは後にした方が良いと判断した。
・陽茉莉の証言
「少しお話を聞かせて頂いても良いですか?」
「え、ええ。ですが犯人はアルセーヌなのではありませんか?」
「その可能性も勿論有りますが、まだ確定と言う訳ではありませんから。」
「そうですか…分かりました。」
「有難う御座います。先ずは事件当時どこで何をしていましたか?」
「暫くは自室で休んでいました。でもお父様から婚約の事でお話が有ると言われて呼び出されていて、宝石を保管している部屋の隣の部屋で待っていたんです。でも、お父様は全然来なくて…」
「そうでしたか。部屋に変わったところとかは有りませんでしたか?」
「特には。…あの、家達さん。白石さんの様子がおかしいんです。」
「ああ、とてもショックを受けているようですね。遺体を見てしまっているので無理も無いかと。安心して下さい。落ち着かれるまでは無理に話を聞いたりはしませんから。」
「そうですか。」
「お話し頂き有難う御座いました。」
少し挙動不審に見えたが実の父親が亡くなった後なのだからおかしくはないだろう。
・一之瀬の証言
「お話を聞かせて頂いても良いですか?」
「ああ、良いよ。」
「では、事件当時どこで何をしていましたか?」
「えーっと…リビングから出た後はトイレ行ってから客室のベランダでタバコ吸ってたかな。」
「お一人で?」
「うん。道中、誰とも会ってないしなぁ。…て俺めっちゃ怪しい?」
「まあアリバイは実証出来ませんね。」
「えーでも、俺はやってないぜ。怪しいって言うなら寧ろ郁恵さんとか白石さんのが怪しい。」
「それは、何故ですか?」
「だって城崎さん、浮気してたみたいだから。…あーなんていうか男色の気があるっぽいって言うか…ほら、夕食で部屋に呼びつけてたでしょ?あれも多分そういう事じゃないかなって。陽茉莉や石上さんも気にかけてはいるっぽいけど強くは言えない感じだよ。」
「…成程。」
「俺が陽茉莉と婚約する前からみたいでさ。それも合意の上じゃなさそうだし…だからあの二人は動機が有るんだよ。」
「有難う御座います。参考にさせてもらいますね。」
陽茉莉とは逆に大分落ち着いている様だ。外部の者だからこそ話せるのであろう人間関係の情報は非常に助かる。
・石上の証言
「少しお話を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい。構いませんよ。」
「では、事件当時どこで何をしていましたか?」
「夕飯の片付けをした後の事ですね。それでしたら、何時も通りに邸宅内の掃除を。警備員の方たちともすれ違いましたかね。騒ぎが有った時は遠くに居たので駆け付けるのは遅くなってしまいましたが…」
「そうでしたか。ブレーカーを上げたのは貴方だと聞きましたが、間違いありませんか?」
「はい。その通りです。偶々近くにいましたので。」
「有難う御座いました。」
彼は心配そうに白石を見ている。一之瀬の証言は正しい様だ。
・郁恵の証言
「すみません。少しお話を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ええ、大丈夫ですよ。」
「では先ず、御主人はどのような方でしたか?」
「仕事にはとても真面目でしたよ。家庭には…あまり関心がないようでしたけど、昔から分かり切っていた事ですから私はあまり気にしていません。でも娘には寂しい思いをさせてしまっていたかもしれないですね。あの子、一人この家で探検ごっこなんてしてましたから。」
困ったように微笑みながら郁恵は続ける。
「でも、主人は最近娘の婚約に口を出していて。一之瀬さんとの婚約も主人が言い出した事なんです。」
「そうでしたか。有難う御座いました。」
・白石の証言
「白石さん、お話、大丈夫ですか?」
「……大丈夫です。少し、血が苦手で…すみません。」
「いえ、ご無理はなさらないでください。」
「有難う御座います…」
「事件当時どこで何をしていましたか?」
「…旦那様のお部屋にいました。陽茉莉様とお話に行くとのことで、待っている様に言いつけられていましたので。」
「あれ?スリッパはどうされました?」
「…陽茉莉様に御貸ししております。どこかで脱げてしまったらしく…あれ?靴下はどうされたのでしょう…?」
「ああ、ほんとだ。」
言われて陽茉莉の足元を見れば、素足でスリッパを履いている。最初に会った時は薄いレースがあしらわれた靴下を履いていた筈だ。これは怪しい。
「…これは嫌だったら答えて頂かなくても良いんですが、城崎さんのお部屋では何時も何を?」
「…っ!…すみません、それは…」
「すみません。無神経な質問でしたね。」
「…いえ…」
「ご協力頂き有難う御座いました。」
最後の質問はあからさまに狼狽えていたが、彼は恐らく…
◇◆
証言と証拠が大体集まり、犯人に目星が付いたところで警部達をリビングに呼んだ。
「犯人が分かったと言うのは本当かね。家達君。」
「ええ、犯人は怪盗アルセーヌではなくこの中に居ます。」
家達探偵が浅井警部の問いに答えると、その場の空気が凍る。慌てて声を上げたのは意外にも石上だった。
「犯人はアルセーヌではなかったのですか?」
「いいえ。そもそもあの予告状は偽物ですから。」
家達探偵は石上の言葉をバッサリと切り捨てて続ける。
「仕掛けは簡単、窓の鍵に透明なテグスを引っかけて外側を通し、上部から室内に入れピンと張る様に先端を棚に置かれた花瓶に張り付ける。これで花瓶が落ちれば窓も一緒に開く仕掛けが出来ます。そして、被害者が棚の下を確認する様に誘導した。自分は眼鏡が邪魔で見られないから、なんて言えば不自然はない。そして被害者が棚の下に落ちている何かに気を取られている内にその頭に花瓶を落として殺害した後、持っていたハサミでテグスを切り、物音で人が入って来る前に宝石を持ってタペストリーに隠された扉を使って隣室へ行き、そこから何食わぬ顔で騒ぎに駆け付けた。
そうですよね、陽茉莉さん。」
そう彼女を鋭くみ据えると、皆が驚いた様に目を見開き彼女に注目した。名指しされた彼女は驚愕した後に目を吊り上げて激昂した。
「何を言っているの!?そんな訳無いじゃない!!証拠は!?」
「証拠は今頃鑑識の方達が隣室で見つけていると思いますよ。血に汚れた靴下やスリッパ、宝石や手袋もね。貴女の計画としては怪盗アルセーヌを警察が追っている間に処分する筈だったのでしょうが、事件の発覚後すぐにリビングへ集められてしまった為に処分出来なかったのでしょう。」
「停電は!あの停電は何だって言うの!?」
「それは…石上さん、貴方がよくご存じなのでは?」
「な、何を…」
鋭い視線を送ると、今度は石上が顔を青褪めさせる。
「陽茉莉さんを唆したのも、ブレーカーを落としたのも貴方でしょう。動機は、白石さんについてですね?」
その言葉で石上は苦々しく顔を歪めやがて諦めた様に告白した。
「…息子、なんです。知尋があの男の薄汚い手にかかっている事に耐えられなかったんです。陽茉莉様が知尋に想いを寄せておられたのは知っていましたから、一之瀬様との婚約を無理に推し進める旦那様は邪魔なのだろうと…」
「お父様が悪いのよ!私の想いを知っていて、白石さんを自分の物にする為だけに一之瀬さんとの婚約を取り付けて…許せなかった!今更私に干渉してきた事も、婚約の事も、白石さんにした事も!」
陽茉莉も言い逃れが出来なくなると両手で顔を覆い崩れ落ちるようにへたり込み、感情に任せて動機を語った。罪を認めた彼等は警部達に連行されて行った。
◇◆
犯人が判明した事で他の関係者は解放され、警察も撤収して行く。そんな中、家達探偵は安心したようにリビングを出た白石を追った。とある一室に入ったところで声を掛けた。
「おい待て、流石に服は置いて行ってやれよ。アルセーヌ。」
「…おや、気が付かれてしまいましたか。言われずともこの服はお返しする心算ですよ。」
そう言った彼は振り返ると同時にポケットから黒い布を取り出し広げると、全身が隠れた一瞬の内に燕尾服姿に変わっていた。そして先程まで着ていた白石の服を綺麗に畳んだ状態で手に持ち、
「今宵は私めの冤罪を晴らして頂き有難う御座いました。」
と芝居がかった動作で慇懃に一礼する。
「因みに何処でお気付きに?」
「候補は絞れてたんだよ。下調べもろくに出来ていないであろうお前が化けられるのは婚約者で城崎家に詳しくなくても不自然でない一之瀬さんか、無口でシャイだと公言されているから喋らなくても良い白石さんだろうってな。んで、遺体を見たお前の反応と一之瀬さんの証言で確信したんだ。
残念だったな、本物の白石さんは陽茉莉さんと一緒にスプラッター映画を見られるくらいにはグロい物に耐性が有るらしいぜ?証言が面倒だったのかもしれねーがあの演技は悪手だったな。」
「それはそれは、存じ上げませんでした。」
余裕そうな声色で笑う怪盗だが、続いた家達探偵の言葉には内心で冷や汗をかいた。
「まあ、お前自身が隠しようも無い程に人の血が苦手だって言われても不思議じゃねーけどな。」
探偵の鋭く真直ぐな視線は全てを見透かされてしまいそうで、怪盗は時として恐ろしく思う。特に今回は殆ど真実に近しい事を言い当てられているから。しかし、それから逃げてしまってはマジシャンとして失格である。勇気を持って受け止めなければ。本心を明かされる事の無い様に笑顔を忘れずに。
「何を仰るやら…さて、こちらは置いていきますね。」
服を棚に置くと、怪盗はくるりと窓に向き直った。そこから逃げる気だと気が付いた探偵は彼を引き留めた。
「待て。お前は…何の為に盗みを行っているんだ?」
「何の為、ですか…フフッ私は盗みたい物を華麗に盗む、ただそれだけの怪盗です。」
「いいや、違う。お前には何か目的が有る筈だ。盗んだ物をコレクションする訳でも売り払う訳でもなく持ち主に返しているのは探し物が有るからじゃないのか?」
「そう思うのなら、貴方自身が捜して解き明かして見せて下さい。私と言う謎をね。」
「やってやろうじゃねーか。今度こそ忘れんなよ、その言葉。」
挑戦的にニヤリと笑う怪盗に、探偵もまた似たような笑みを零した。
「今夜はそろそろ失礼致しましょう。ショーはまた次回お楽しみ下さい。」
再度恭しく一礼すると、怪盗は袖口から煙幕を落とした。探偵は一瞬の内に煙に巻かれ、晴れる頃には怪盗の姿は消え去っていた。




