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疑惑の予告状 前編

夢を見ていた。

とても懐かしい夢を。

狭い部屋の床に広がる遊び道具。積み木やスケッチブックにクレヨンと言った幼児向けの物から、トランプやチェス、オセロ等の大人向けの物まで無造作に遊ばれた後に片付けもしていない状態だ。しかし壁際の本棚には小難しい専門書が並び、棚には綺麗に整えられたアクアリウムが飾られている。そんなちぐはぐな印象の部屋。

そこには二人の幼い少年少女が居て、虚ろな目をした少女に少年が必死に手品を見せている。月の様な銀色の髪と瞳を持つ少女と、彼女と同じ様な色の瞳を持つ少年。

少年はどんな遊びをしても表情の変わらない少女にどうしても笑って欲しくて、祖父から学んだ手品を選んだ。少年は祖父の手から生み出される奇跡が多くの人々を笑顔にしていたのを間近で見ていたから。だから少年は祖父もマジックも大好きだった。そして、少年は祖父の言葉も覚えていた。

―レディを泣かせてはいけないよ。泣いているレディを放っておくのも紳士のする事ではないね。―

―嘘は良くないと皆言うけれど、マジシャンの嘘は人を笑顔にする為の嘘なんだよ。―

その言葉を胸に、少年は少女を笑わせようと必死だったのだ。

少年にはこの部屋の事も、少女の事も何も分からなかったけれど、彼女がとても辛そうに見えたから。

対して少女はとても困っていた。何故なら少年の意図が解っていたから。笑い方を忘れてしまった少女には作り笑いすら出来なくて、少年に応える事が出来なかったのだ。少女にはコロコロと表情が変り、花が咲き乱れる様な笑顔を浮かべる少年の姿はとても眩しい光の様に見えていたのだけれど、それを伝える術も無くて。

「ごめんなさい。とても素敵なマジックだと思うのだけれど、私は笑い方が分からなくて。だから、泣かないで?」

少年が不甲斐なさに遂に泣き出してしまって、困った少女は謝った。貴方は悪くないのだと。

その時、少年は強く思ったのだ。

彼女を心から笑わせたいと。


「…り、み…り!」

「…ぅん…?」

「みーどーり!!」

「わあっ…て、んだよ佳澄~。」

「なによー!授業始まるから起こしてあげたのに!」

「へいへいそりゃどーも!」

教室で居眠りをしていた在瀬は佳澄に叩き起こされていた。頬を膨らませる彼女を適当にあしらおうとした在瀬だったが、彼女がどこか浮かない顔をしている事に気が付いた。

「な~にらしくねー顔してんだよ。」

ポンッというコミカルな音と共にオレンジ色のポピーの花を出現させて手渡す。花を受け取った彼女は嬉しそうにパッと顔を明るくした後こう答えた。

「だって、今日急に怪盗アルセーヌから予告状が出て、お父さん今夜現場に行くって…」

「え…?」

「もう!酷いよね、こんな急に予告するなんて!」

在瀬は耳を疑った。何故なら自分は予告状など出していないのだから。

(悪戯か、罪を着せたいのか、それとも罠か…何にせよ怪盗アルセーヌの名を穢させる訳にはいかない。“偽の予告状を出せば必ず来る”か…御尤もですよ、家達探偵。)

在瀬は佳澄から予告について聞き出し、今日の予定を組み直した。


◇◆


『今晩、古代の叡智を頂きに参上致します。

 怪盗アルセーヌ』


昼前に突如、資産家_城崎 史郎(きざき しろう)氏の元に届いた予告状。昼休みに電話で依頼を受けた家達探偵は違和感を覚えながらも城崎邸へと赴いていた。滑り出し窓なんかも使われているお洒落で立派な邸宅の門前まで来た時、見覚えの有る背中が見えた。

「小林さん。来てたんですね。」

「おお、家達君じゃないか。君にも依頼が来ていたのかね。」

「ええ。ですが、今回の予告状はなんだか違和感が有って…」

インターホンを鳴らし、そんな話をしながら待っていると玄関扉が開いた。

「ようこそいらっしゃいました。」

小綺麗な恰好をした中年男性_城崎が使用人の男性と共に出迎えてくれたのだ。挨拶を交わした後、使用人に目を向けると城崎から紹介が入る。

「ああ、彼は使用人の白石君だ。」

白石 知尋(しらいし ちひろ)です。よろしくお願いいたします。」

ペコリと頭を下げる彼の背を撫でながら城崎は続ける。

「無口でシャイだが仕事は出来る子なんだ。」

一瞬、白石が眉をハの字に曲げた。それが家達探偵には怯えた様に見えた。


探偵達が招かれるまま中へ入るとリビングには、壮年の使用人_石上 久彦(いしがみ ひさひこ)と上品な中年女性_城崎氏の奥さんである郁恵(いくえ)、若い眼鏡を掛けた女性_娘の陽茉莉(ひまり)、軽薄そうな青年_陽茉莉の婚約者である一之瀬 響生(いちのせ ひびき)が集まっていた。この屋敷にいる人間はこれで全員だと言う。

予告状を発見したのは石上と陽茉莉。不審な人影などは見なかったと言う。

「それで、アルセーヌが狙っていると言う“古代の叡智”と言うのは?」

「ああ、それは恐らくこれですねレムリアンシードと言いまして。我が家の家宝なんです。」

そう言って城崎が持ってきたのは大振りの白い線が入った水晶。

問題なのはそれを何処でどう警備するか、だ。時間が無い中、到着した坂口警部達と話し合い二階の半ば物置と化している一室で保管する事になった。その部屋には使用していない棚や花瓶、ロッカーが並び、壁には大きなタペストリーが掛けられている。

部屋の前と外の窓前に二人ずつ警備員を置いた。


◇◆


「白石君、夕食は何時も通り私の部屋へ。警部さん、夕飯くらいは良いですよね?」

「え、ええ。ですがあまりお一人で行動されるのは…」

「習慣なんですよ。どうも自室でないと落ち着かなくてね。客室からは遠いですし、ね。」

「はあ。」

「そういう事だから、頼むよ。白石君。」

「はい。」

そんな会話をして城崎は部屋を出て行く。言われて時間を確認すればもう夕飯時であった。夕飯の支度は石上と郁恵が行い、配膳を白石が行っていた。ついでだからと探偵二人の分まで用意された夕飯を二人は城崎家の人々と採る事に。

「城崎さん、何時も自室で食事を摂られているんですか?」

「ええ、ここ半年程は必ず白石さんに持ってくるよう言いつけていますね。」

「お父様ったら、私が一緒に映画を見る約束をしていてもお構いなしなんですよ。」

小林探偵の疑問に笑顔で答えたのは郁恵。陽茉莉はそれに少々不機嫌そうに付け足した。ひりついた空気を感じた家達探偵が周囲を見回せば、一之瀬は目を逸らし、石上は目を伏せていたのが見えた。どうやらこの話題はタブーらしい。

「ひ、陽茉莉、映画ってあれの事だよな?」

「そう!ホラー映画の巨匠が手掛ける最新作!」

一之瀬が若干引き攣った顔で話題を逸らし、陽茉莉がそれに乗ってキラキラした目で映画を語った。どうやら少し前に公開していたスプラッター映画の事を言っているらしい。家達探偵はブルーレイが出たとCMでやっていた事を思い出した。

(あれは事件現場に慣れている俺でもちょっと目を逸らしたくなるレベルだったけど…相当なマニアだなこの人。それについて行ける白石さんも。)

そんな会話をしながら食事は終わるが、一向に怪盗は姿を現さない。矢張りあの予告状は偽物だったのではないかと家達探偵は考える。

注目すべきは名前の位置と予告時間。あの怪盗は毎度きっちり日時を指定しているし、名前は必ずカードの右下に書かれている。警備が何時もより若干緩い様に思えるのは恐らくこの事に坂口警部も気が付いていて、悪戯か偽物だと踏んでいるからだろう。なんなら特段行動に制限を設ける事無く自由に邸宅内を動き回れる。

そう、皆が油断していたのだ。だから、反応が遅れたのだろう。

「きゃあ!」

「何だ!?」

突然電気が落ちた。これは何時もの怪盗の手口に似ている。坂口警部も「奴だ!警戒しろ!」と指示を出している。その時、

ゴンッ!

バタン!

と何かが衝突する音と、扉が開く様な音が立て続けに鳴った。それは間違いなく古代の叡智が保管されている部屋の方から聞こえた。直ぐに電気は復旧し、リビングに居た小林探偵、家達探偵、郁恵の三人は連れ立って現場へ走った。

雪崩れ込む程の勢いで入った部屋に在ったのは開け放たれた窓と落ちている大きな花瓶、頭から血を流し倒れ伏す城崎、そして___

__怪盗アルセーヌのメッセージカード。

反対に古代の叡智はその姿を消していた。

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