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焔心の鐘声 烈火

時雨が体育館に戻る数刻前。廃ビルに身を隠す怪盗は時雨に真剣な眼差しで説明を求めた。

「貴女は彼等が何者かを、そして貴女が持つ宝石を狙っている事を知っていましたね?」

「ええ。」

「そして、私が予告状を出す事も、私が大会の会場へ潜入する事も想定していた。そうですね?」

「ええ、おっしゃる通り通りです。少々賭けではありましたがね。」

落ち着き払った静かな声でそう答えた時雨に、怪盗は吐きそうになった溜息をぐっと堪えた。女性相手に溜息を吐くなど紳士(アルセーヌ)のする事では無い。

「分かりました。この怪盗で宜しければお手伝い致しましょう。ですが、私にも美学(プライド)があります。私のステージに血の色を乗せないで頂きたい。」

「あの方の言う通りお優しいのですね。開演時間はまだ先だと言うのに。」

「あの方?」

交渉成立に喜ぶ彼女の言葉に怪盗は僅かに眉を顰めた。見知らぬ誰かに自分の事を知られているのは困るからだ。

「今回の事を相談したお友達です。そんなことより…彼等、遺された燈火教団を如何にかしなければ。」

時雨は彼の問いをサラリと流し、本題に入る。言外に協力者を秘匿したいと言う意図を感じ取った怪盗は深く突っ込まなかった。自分も秘匿したい事は山ほどある人間なので他人の事を言えないのだ。それに、彼女の口から直接聞けずとも探る方法は幾らでもある。

「教団の目的は言わずもがな私が持つ宝石でしょう。焔心(えんしん)鐘声(しょうせい)と呼ばれるこのアーティファクトは彼等が信仰する炎の神の化身であり、招来には必須だそうです。完全に覚醒してはいませんが、彼等に力を与えている。逆を言えばこれを無効化出来れば彼等の持つ祝福は消えて無くなります。」

「その術は?」

「アーティファクトは貴方の専門でしょう?その為に貴方を巻き込んだのですから。」

(…アーティファクトは貴方の専門…?)

怪盗は当然の様に言われた言葉を思わず疑問形で反芻する。残された父の日記、幾つものページが破り取られ僅かな情報しか無かったそれには書かれていなかった。アーティファクトを専門としているだなんて。

顔には出さないようにしていたその困惑が伝わってしまったのか、時雨は焦って確認を取る。

「…あ、あら?違いましたか?」

違うと言うのなら直ぐにでも彼を帰してあげなければならない。犯罪者がどうとか言う話ではない。()()()でないのなら踏み入れるべきではない領域なのだと時雨は理解しているのだ。しかし、

「失礼。そうでした。何せ六年もブランクが空いてしまったものですから。」

彼はそう肩を竦めて苦笑した。アーティファクトが人の手に余る物だと身をもって知っている怪盗としては放っておけない案件な上、幸い伝手が有る。そして、怪盗アルセーヌが代替わりしているとバレる訳にもいかなかった。

現在時刻は16時半。予告時間までの二時間半の間、遺された燈火教団から時雨と焔心の鐘声を守り抜く。出来ればその間に彼等を拘束しておいてステージに上がらせない事が望ましい、と怪盗は考えていた。

(手っ取り早いのは警察沙汰にする事ですが…彼女としてはそうしたくないのでしょう。警察相手でも強行手段を取りかねない集団なのかもしれない。だとしたら……)

怪盗は時雨に一枚のカードを手渡した。

下から聞こえて来た足音は三つ。それに反応して即座に視線を出入り口に向けたのは時雨だった。勿論怪盗の耳にもそれは届いている。

(二人は見張り兼他の仲間への連絡係ですかね。…さて、何人が急拵(きゅうごしら)えの罠に引っ掛かってくれるか…)

少々不安は有るが怪盗は愉しげに、不敵に微笑む。

「何人が上がって来られるか見物ですね。」


とある廃ビルに、炎のエンブレムを付けた男達が訪れる。入口に見張りとして二人を残し、中に入ったのは三人。先頭を歩くのは火村と言う30代くらいの男。今回の計画を指揮するリーダーである。その後ろに続く二人は火山と火野。全員が強い信仰心を持ち、祝福を与えられた者達だ。

廃ビル内は荒れており、落書きやゴミが目立ちロッカーやパイプ椅子、机等も散乱している。

そんな中を彼等が警戒しながら捜索していると一人分の悲鳴が上がった。火村が其方を振り向くと天井から逆さに吊り下げられる火野の姿が有った。

「おいどうした!何が有った!?」

「わ、分からねえ…足元になんか引っ掛かったと思ったらこうなってたんだ!助けてくれ!」

「ちょっと待ってろ。」

驚いて駆け寄る火山。火野の脚に絡みついている縄には針金も編み込まれており切るのは難しい。火山は近くに放置されていたパイプ椅子を踏み台に縄を解く。合図をしてから解いた為、火野は受け身をとる事ができ怪我は無かった。

「ふう、助かった。」

と火野が一息吐いた時、ピピッと言う電子音が響いた。なんだなんだと周囲を見回すとパイプ椅子の座面の裏側から煙が噴き出した。真っ白に染まる視界に驚いた二人はそのまま眠気に誘われ意識を落とした。

「クソッ!どうなってやがる!?」

その光景を少し離れた場所から見ていた火村は顔を歪めて携帯を取り出した。応援を呼ぶ為だ。坊主か小娘かは知らないがこの短時間でこんな罠を張るとは…まさか嵌められたんじゃないのか?なんて思考にまで陥ってしまう。見張りの一人を呼び、もう一人には別の班への連絡を命じた。

火村は合流した見張りの一人と共に階段を上る。こんな罠を仕掛けているのだから此処に来た事に間違いは無い。彼等を見失ってからそう時間は経っていないし、見張りも外へ出るところは見ていないのだから上に居る可能性が高いと考えたのだ。

罠が無いか、警戒を高めて進んでいると再び電子音が鳴った。バッと振り返った先には掌サイズの黒い箱。そこから白い煙が噴き出すのが見え、咄嗟に階段を駆け上がった。見張りの奴は付いて来ていない。恐らく先程の煙にやられたのだろう。

そうして火村だけが辿り着いた三階フロア。そこには今回の標的である道着姿の黒髪の少女のみが居た。共に逃げた筈の薄い髪色の少年の姿は無い。何処かに隠れたか、それとも恐ろしくて逃げ出したか。どちらでも構わない。火村が用が有るのは目の前の少女だけなのだから。

「嬢ちゃん。アンタが持ってる宝石を寄越しな。そうしたら手荒な事はせずにすむんだ。」

「御断り致します。」

火村がドスを効かせた声で脅してみたが、少女は一切怯えた様子を見せず凛とした佇まいと涼しい声でそう答えた。

「そうか…じゃあ仕方ねーよなあ!」

返答を聞いた火村はナイフを手に、先程までの鬱憤を晴らすかの如く鬼の形相で少女に襲い掛かった。しかし、少女がそれをヒラリと躱して見せた為、捉える事は叶わない。何度ナイフを振り翳しても少女はヒラリヒラリと躱して見せ、掠りもしない。そんな事を軽々と涼し気な顔でやって見せる様子に苛立ちを募らせた火村は遂に彼女に掌を向けた。

「我が主よ、異教徒を焼き尽くす炎を此処に!」

彼がそう言うと、その掌から炎が放たれた。彼女は僅かに目を見開き、しかし冷静に炎を見つめ…

何処からともなく白く大きな布を取り出し、広げながら投げ付けた。布で火村の視界を奪った“少女”は素早く移動し彼の背後を取った。そして、袖口から取り出したスプレー缶を火村の顔に吹き付けると、彼は力なく倒れ込んだ。その瞬間、

「――――」

後ろから何と言っているか判別出来ない程の小さな声が聞こえて“少女”は振り返った。燃え盛る炎と、その先の掌を此方に向ける一人の男を目にして焦る。

(不味い、油断した!…防炎シートはあの一枚しか無い。避けようにも間に合わない…!)

しかし、炎が“少女”の許へ届く事は無かった。冷気を纏う鋭い何かが、炎を切り裂いたのだ。

「矢張り、貴方はこの様な武装はお持ちでないのですね。」

“少女”と殆ど同じ容姿の少女が振るったのは氷で出来た様な刀。彼女は“少女”より早く男の存在に気が付き、隠れていた物陰から飛び出しその危機を救ったのだ。そうして、そのまま刀を滑らせ男の首元へ突き付ける。薄皮が切れ、血が滲む。それにより刀の切れ味をその場の誰もが理解した。

「貴方方の教団には前々からお世話になっておりまして。京都では随分とお元気になされていましたよね?」

「ヒッ…」

怒気を孕んだ笑みを向ける彼女_時雨に男は情けなく小さな悲鳴を上げた。それもそうだろう。近くに居た“少女”の変装をした怪盗でも息を吞む程の鋭く冷たい殺気を放っているのだから。このまま男の首を刎ねてしまいそうな気迫の彼女に声を掛けたのは怪盗だった。

「助けて下さった事には感謝します。ですが申し上げた筈です。私のステージに血の色を乗せないで頂きたい、と。刀を下ろして下さい。これで十分でしょう?」

そう彼女に見せたのは火村に使った物と同様のスプレー缶。それをちらりと見た時雨は溜息を吐き、刀を下ろした。すかさず怪盗が男にスプレーを噴き掛けその意識を奪い、火村と共に手早く拘束した。作業を見届けた時雨は呆れた様に言う。

「…貴方の評価を改めた方が良いみたいですね。優しいと言うより甘い。彼等がどれ程の人を殺し、傷付けて来たのかを知らないからそんな事が言えるのです。」

「何とでも仰って下さい。」

時雨はジトりと睨みつける様な視線を向けるが、怪盗は涼しい顔で受け流した。

「それより貴女は早く警部達の元へ戻って下さい。ショーが行えなくなってしまいます。」

「そうですね。では、失礼します。」

時雨はそのまま廃ビルを後にし、怪盗は仕掛けた罠を回収し、下階で気を失っている教団員を拘束してから外へ出た。

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