焔心の鐘声 炬火
「グハッ!」
倒れたのは炎のエンブレムの男達の一人。無音の撃鉄を起こしたのは白い静謐。しかし、赤が飛び散る事は無かった。
「何だ!?何が起こって…」
「嗚呼、感謝しなよ?今回は法の番人も居るし、“彼”の不殺主義に則って態々非殺傷弾にしてあげてるんだからさ~。」
白い静謐の言葉に苦虫を嚙み潰したような顔をするリーダーの男は懐からナイフを取り出して彼女に肉迫する。それを察した彼女は自分からも距離を詰め、家達探偵らから距離を離す。そして一見重そうに見える盾を軽々と操り振りかぶられるナイフをいなしながら引き金を引く。矢張りそれに音は伴わない。しかし
「およ?防御も覚えたのかな?」
「加減した事を後悔すると良い!」
弾丸は男に届かなかった。それどころか周囲の男達が掌を向けて来ているのが視界に入った。放たれる炎を打ち消す様に盾を構え直す。
(成程~クールタイムを頭数でカバーしたわけね~)
白い静謐は彼等_通称【遺された燈火教団】が扱う魔術の弱点を熟知していた。篤い信仰によって得られる一種の祝福は強力な代わりに消耗が激しく連続使用が難しい事が多い。その中でも彼等が信仰する炎の神は非常にシンプルで攻撃的な祝福を与える。対象を燃やし尽くす炎、信仰心と魔力によって異なるが高水準の威力を持つ代わりに使用制限も厳しいと言う代物。
その弱点をカバーするなら一撃で敵を仕留めるか、頭数を用意するかの二択だろうと考えていたのだ。
厄介だと思いつつ、彼女は銃口を未だ魔術を行使していない者に向ける。標的が家達探偵達に向かう間も無く一人、また一人と信者は無音の内に撃ち抜かれ、魔術を使う前に頽れた。後ろに人を庇い盾を持つ者とは思えない程に軽やかに立ち回り、リーダーの攻撃を受け流しながら正確に射撃を行い、あっという間にリーダーの男以外を無力化する事に成功した。
「クソォ!」
そして、自棄になり勢いよくナイフを突き立てようと迫るリーダーに対し、盾を捨て、ナイフを持つ腕を捉えて合気道の四方投げの要領で投げ飛ばしこめかみに銃口を突き付けた。
「威力と標的を絞って、銃弾が自分に届く前に燃やすっていうのは中々考えたものだと思うけど…ゼロ距離なら意味が無いよね?」
その言葉と共に引き金が引かれ、男は力なく地に伏した。
(マジかよ…何者だこの人…)
家達探偵は呆気に取られていた。それは僅か三分足らずの素早い制圧劇だった。息を乱す事も無くそれを為した白い静謐は盾を拾い上げ、振り返った。
「もうじき警察が来ると思うんだけど、私の事は黙っててくれないかな?バレるとちょ~っと不味いからさ~。頼むよぉ。」
ゆるゆると眠たげにそんな事を言い残して彼女は背を向ける。
「あ、有難う御座います。助けて頂いて。」
「はいは~い。じゃあね~。」
去り行く背中に感謝を投げ掛けた家達探偵だったが、彼女は振り返らず片手を上げるだけだった。
そうこうしているうちに家達探偵達の前に秋津が心配そうな表情で戻って来た。
「大丈夫?怪我は無い?」
「俺は大丈夫です。この人も。」
と改めて男の顔を見て、家達探偵ははっと思い出した。この男、例の窃盗団の一人だと。
(って事は最近の事件の犯人はあの炎のエンブレムを付けた男なんじゃねえか!…でも動機が分からねえ。)
「あんた、襲われる心当たりが有るんだろう?あんた等が五年前に盗んだ仏像、それに何か有るんじゃないのか?」
「し、知らねぇ!知らねぇんだよ!あの宝石が何処に行ったかなんて!」
「宝石?」
その言葉にスッと目を細める。それが動機なのかと。
言動から、炎のエンブレムを付けた男達は何かの宗教団体だとは予想が付く。宗教には聖遺物の様な物が付き物だし、“あの宝石”とやらが信仰の対象で彼等が探し求めているとしても可笑しくは無い。そして彼等はその宝石を窃盗団が所有していると考えて一人一人襲っているのだろう。そう考えれば辻褄は合う。その為に人を殺す事には納得出来ないが。
(…でも、本当にこの人を狙う為だけに東京まで来たのか?何か引っかかるような…)
「取り敢えず、貴方は未だ狙われる可能性が高いし警察に保護してもらった方が良いでしょうね。」
「け、警察…」
秋津の言葉に顔を引き攣らせる男。つい最近まで服役していたのだからあまり良く思わないのかもしれないが、ここは命が掛かっているのだから納得して貰うしかない。
「もう刑期は終えてるんだから渋る事じゃないでしょう。」
「…そうは言われてもなぁ…」
そんなやり取りをしていると間も無く警察が到着した。馴染みの無い刑事達が倒れている男達をパトカーに乗せていくのを眺めつつ思考する。
(そういえば、五年前に盗まれた仏像って確か本能寺跡地の地質調査で出土された赤い宝石を、御利益が有るかもって理由ではめ込んだって話があったな。狙われてるのはその宝石か。
…待てよ?沖田さんが宝石を拾ったのも確か五年前だったよな…しかも本能寺周辺……あの雑誌記事を彼奴等が読んでいたら…?
もしかして沖田さんが居なくなったのって奴等の仲間に襲われたからか!?)
ハッと顔を上げて秋津を見た。
「秋津さん、もしかしたら沖田さん彼奴等の仲間に襲われたのかもしれない!」
「何だって?だとしたら怪盗に構っている場合じゃないな。あの炎を全員が使えたとしたら不味い。」
焦りを覚えた二人の前に駆け込んでくる人影が有った。
「お騒がせしてすみません。」
それは、申し訳なさそうに眉を下げる時雨だった。彼女の身を案じ捜索に当たっていた者達は無事を喜びつつも何が有ったのかを問い質す。彼女はそれに答えた。少し変な人が居たけれど問題無かった、と。曰く、通りすがりの黒猫が助けてくれたのだと。
それからひと悶着もふた悶着も有ったが、結局彼女はホテルに戻って怪盗を待ち受ける事になったのだ。決め手は坂口警部に掛かって来た一本の電話だった様だ。何処からの、どんな内容のものかは聞けなかったがその後に苦々しい顔で彼が警備に指示を出していた。
そして、何時の間にか秋津は姿を消していた。
「…やっぱおかしいよな。」
ホテルへ向かう道中、思わず呟いた。
沖田 時雨の行動を考えると、如何にも裏が有る様に思えてならないのだ。
口を出した警備、その隙をついて姿を消しておいて問題無いと言う。そして警察で保護されていた方が安全な筈なのにホテルに戻ると言って聞かなかった。これではまるで“宝石を怪盗に盗ませたい”と言っているようではないか。しかし、彼女は自ら探偵に依頼を出している。これは明確な矛盾だ。だが、もし彼女に警察には隠しておきたい何か有ったなら。
若しくは、あの宗教団体の目的を最初から知っていたのなら。
有り得る矛盾かもしれない。
そんな事を考えているうちにホテルに到着した。




