焔心の鐘声 口火
『先月25日未明に発見された焼死体の身元が判明しました。前三件と同様、釈放された窃盗団に所属していた人物とのことです。この窃盗団は五年前に本能寺から仏像を盗み出しており――』
在瀬は連日取り上げられているニュースに耳を傾けながら小林家で朝食を採っていた。本日は予告日、天候は快晴無風の絶好の犯行日和である。
しかし、天気とは逆に心情は良くないものだった。昨日ホテルで見た集団が気に掛かって仕方が無い。自身の読唇術が間違っていなければ彼等は何かの神を信仰する、所謂宗教団体と言う奴だ。そして彼等は“やっと御神体を見つけた”と言っていた。もし、見つけた経緯があの雑誌だとしたら…つまり、その御神体とやらが沖田 時雨が持つ宝石であったのなら厄介な事になる。
これが自分だけなら良いのだが、現場には当然警察も探偵達もいる。
(…大事にならなければ良いのですが……)
予告を撤回すると言う選択肢は無かった。あの宝石は放っておけないし、何よりこの“もしも”が当たっていた場合、撤回してしまえば沖田 時雨は護衛も無しに襲われる危険性がある。幾ら剣の名手と言えど危険過ぎるだろう。何か有っても被害を出さない様に仕掛けておかないと…
そんな風に考えつつ、不自然の無い様に小林親子の会話に混ざり朝食を食べる。
「最近ちょっと物騒だよねー。この事件は泥棒が狙われてるから良いけど…」
「…嗚呼、そうだな。」
「そうだなぁ。二人共、夜道には気を付けなさい。そして何かあったら直ぐにワシに連絡しなさい。」
「はーい。」
「うん!分かってるよ。」
この手の話題が出ると心配性の気がある小林探偵は決まってこういった事を言う。少々心配し過ぎなのではないかと思うところも有るが、要因を作った自覚は有るので何も言えないでいるのだ。
しかし、今回は自分がものを言わなければならない立場だ。
「おじさんも気を付けて下さいね。アルセーヌの現場、行くんでしょう?」
「ああ、だがワシは大丈夫だよ。有難うな。」
此方を安心させる様に笑顔でそう言う彼には何だか暖簾に腕押しな気がしてしまった。
◇◆
千代木市体育館。剣道大会の会場となっているこの場所に時雨はやって来ていた。周囲の様子を伺いながら。基本的には予告時間を守っている怪盗だが、先日それを破るような真似をしたのだと聞いている為だろう。正確には予告を撤回する為に姿を現したところ、館の絡繰りで地下に落とされているのだが。何にせよ予告時間より前に姿を現す可能性が出た事に変りはないと彼女は考えた。だから彼女は大会の会場までも警備対象にする様に依頼した。しかし、奇妙な事に大会中は自分の近くには人を付けない様にも進言している。曰く、相手が変装の達人だからだと。
見事な口八丁で周囲を納得させた手腕には盗聴で聞いていた怪盗も舌を巻いたものだ。
そんな彼女は順調に大会を勝ち抜いていた。そして午後、決勝前の休憩の時間に彼女は会場から姿を消した。
それに気が付いたのは秋津だった。
「あれ?沖田さん、姿が見えませんね…もうすぐ試合が始まる時間なのに。」
「何!?本当だ。ワシは坂口に連絡をとる。君達は…」
「僕達は少し探しに行ってきますよ。ね、家達君。」
「はい。其方で見つかり次第連絡下さい。」
「分かった。頼んだぞ。」
秋津の言葉に慌てて腕時計と体育館内を確認した小林探偵は警備を指揮する坂口警部に報告を入れに行く。そして、秋津と家達探偵は会場外を探しに出た。
「…一体何処へ行ってしまったんだ…?」
そう秋津が呟いたのは体育館の敷地を手分けして探し回った後。捜索を開始してから数十分程経った後の事だった。
◇◆
時は少し遡って時雨は道着姿のまま警備の目を盗んで館外に出ていた。物憂げに佇む彼女に話し掛ける者が居た。
「こんな所に居たんですか、沖田さん。探しましたよ。」
彼女が振り返ると其処には薄い茶色の髪に赤みを帯びる瞳の少年が息を切らせて立っていた。その姿を認めた時雨は申し訳なさそうに眉を下げた。
「…あら、家達さん。すみません。少し外の空気を吸いたかったもので。」
「いえ、俺は別に構わないんですけど、試合始まっちゃいますよ。それとも…大会に戻る気は無いんですか?」
彼の鋭い目が時雨を射抜く。彼女の真意を見抜く為に。しかし、彼女はそれを躱す様にスッと視線を逸らした。
「そんなまさか。私も直ぐ戻りますので、先に戻っていて下さい。」
「いいえ。そう言う訳にはいきません。何故なら__」
ピシャリと言い放った彼は彼女から視線を移しある一点を睨みつける。
「貴女が囮になろうとしているから。」
「!…何故、それを…」
驚愕の表情を浮かべる時雨の手を取った彼はニコリと笑って駆け出した。人気の無い方へと。
「チッ、気付かれたか!追うぞ!」
「はい!」
背後からそんな男の声が聞こえて来た時雨はこの際仕方が無いと腹を括って付いて行く。
本来ならば一人で逃げる心算だったのに、と言う言葉を呑み込んで代わりに出たのは
「相手は五人程です。どうするお心算ですか?」
と言う問いだった。しかし返って来たのは意外な言葉。
「いいえ、最低でも彼等の仲間は十人居る筈です。何処か別の場所に居るのかと。兎も角、彼等五人を撒きつつ様子を見ましょうか。貴女もその為にあんな場所に一人で居たのでしょう?…お嬢さん?」
「まさか貴方!かいと…」
「お嬢さん。」
再び驚愕に目を瞬かせた彼女の言葉を涼やかな声が遮る。そして声の主は自由な方の手で唇に人差し指を当て、綺麗にウィンクを決めた。彼は日中の街中でその名を呼ばれる訳にはいかなかったのだ。
二人は植込みを越え、体育館の敷地を出て人気の無い道へと手慣れた様子で入って行く。追手の視線を切る為に入り組んだ路地裏を迷う事無く進み、辿り着いたのは解体予定の廃ビル。其処に身を隠した二人は追手が入って来ていない事を確認した後、改めて向き合う。
そして、怪盗は遠くから聞こえる鐘の音と背筋に走る悪寒に覚えていた嫌な予感が的中した事を悟った。
「さて、状況を確認させて頂きましょうか。」
「ええ。」
◇◆
千代木市体育館敷地内。道路前の出入口で二手に分かれて時雨を捜索していた秋津と家達探偵は合流し、状況を確認した。
「其方にも居なかったんですね。」
「ああ、その様子だとそっちにも居なかったみたいだね。小林先生からの連絡も無いし…本格的に誘拐を疑った方が良いかもしれない。」
「ですね。」
そんな会話をしていると向かい側の路地から一人の男が駆け出して来た。
「助けてくれ!俺は何も知らないんだ!燃やされる!助けてくれ!!」
そんな事を叫びながら中肉中背中年の男は非常に焦った様子で何かから逃げる様に走って来る。どうしたのかと声を掛けようとした家達探偵の肩を勢いよく掴み、「助けてくれ!」と執拗に繰り返す彼は相当錯乱しているらしい。先ずは落ち着かせようと声を掛ける家達探偵と秋津だったがそれが意味をなさない程に男は酷く怯えている。何処か見覚えのある男だが、家達探偵は思い出せずにいた。
一向に落ち着く様子の無い男にどうしたものかと困り果てていると、男が走って来た方向から数人の男達が駆けて来るのが見えた。炎を模った様な揃いのエンブレムを付けた彼等は殺気立った目で此方に詰め寄って来る。
それに対応したのは自由の効く秋津だった。
「何の御用でしょう?こんな所で喧嘩ですか?」
家達探偵を庇う様に前に出て威圧感の有る声でそう問うたが、相手は意に介していないらしい。そして周囲の目も気にならないのか、先頭のガタイの良い男は血走った眼で手を翳し小声で何事かを言う。秋津が行動を不審に思い目を細めた次の瞬間。
眼前に炎が広がった。
まるで魔法の様な有り得ない現象に目を見開く三人。
「逃げろ!」
気を取り直した秋津が咄嗟に逃がそうと後ろの二人を押しても間に合わない。このまま三人纏めて炎に巻かれるかと思われた。が…
「怪我は無ぁい?大丈夫そう?」
しかしそれは突如として物陰から現れた影によって防がれた。左手に防弾シールドの様な物を構え、悠然とした声色でそう問うたのは白銀の髪を揺らす小柄な少女だった。お陰で庇われた三人は火の粉すら被らなかった。
「…白い静謐!?」
「やあやあ、秋津さん。早速で悪いけど人払いをお願いするよ。得意でしょ?そういうの。」
「本来ならその右手の物を問い詰めたいところですが、この場は君に任せたほうが良さそうですね。」
唖然とする周囲をよそに白い静謐と呼ばれた少女と知り合いらしい秋津は彼女の指示に従い、携帯を取り出しながらその場を離れていく。そして白い静謐は彼が指摘した右手の物_白銀の銃身を持つオートマチックピストルを構え、男達を見据える。
「探偵ちゃん達はその場を動かないでね~。」
怒涛の展開に着いて行けず口を挟めずにいる家達探偵に対し、彼女は緩くも有無を言わせぬ口調でそう言った。そこまで聞いていた炎のエンブレムを持つ男達の一人が声を上げた。
「白い静謐!何故今更邪魔をする?貴様は組織間の抗争になど興味が無いのではなかったのか!?」
「嗚呼、残念ながら個人的にキミ達が邪魔になったのさ~。だから、諦めて?」
「ど、どうする?」
彼等は白い静謐が現れてから明らかに動揺していた。更に敵対すると宣言されざわつく彼等をリーダーと思われる先頭の男は手で制した。
「主の復活を邪魔建てする者は焼き尽くす。それが我等の使命だろう。」
「そっか~…残念。」
絡み合う視線は火花を散らす。先に引き金を引いたのは…




