焔心の鐘声 火種
『天羽 鶴寿の遺産?本当にそんな所に行ったのか?』
「えっ…はい。そうですけど…」
『それで気になる資料を見つけたのか。』
「はい。今送ったやつです。」
『直ぐ確認する。』
絡繰り館から帰った翌日。俺は伊狩さんに調査の途中経過を報告するついでに手に入れた資料の話をしていた。自分では読解の難しいものだったからだ。そして手にした経緯を話したところ、剣呑さを帯びた堅い声が返って来たのだ。しかし、数十年前に亡くなっている老人の名前にこんな反応が返って来るとは思わなかった。
「あの…なんか問題有りました?」
『…天羽 鶴寿と言う人物は表上死んだ事になっているが、C.C.のボスだと思われている人物なんだ。俺が潜っていた時には組織内では天羽の血筋は特殊な地位に居ると聞いていたよ。』
「えっ…そうなんですね。じゃあもしかしたらこの資料…」
『ああ、重要なものかもしれない。読んでおくよ。此方も分かった事が有ったら連絡する。』
「はい、お願いします。」
じゃあ、と電話は切れる。聞かされた事実に顔を引き攣らせた。恐らく何処までの情報を俺に与えるのかを悩んで言わなかったのだろうが、後出しでのこの情報は心臓に悪い。まあ、向こうにも立場が有るし仕方が無いところもあるのだろうが…。と少々もやもやしつつもう一度資料に目を通そうとした時、点けっ放しにしていたテレビからとあるニュースが流れて来た。
『――本日未明。京都市内にてまたも焼死体が発見されました。身元は判明されていませんが連続する三件の焼死事件との関連性が疑われています。――』
◇◆
「ねえねえ翠!見てこれ~!」
「…あ?んだよぉ。」
平日の昼休憩。気持ちよく昼寝を貪っていた在瀬に佳澄はニコニコと話し掛けた。しかし彼女は眠たげに目を擦る在瀬に顔を顰めて小言を言う。
「も~!またコンタクトしたまま寝てるでしょ?目、悪くなるわよ!」
「ちょっとくらい問題ねーよ。…んで?何だよ。」
「もう、言っても聞かないんだから!まあ良いや。これよこれ!」
彼女の小言をサラリと受け流した在瀬は話の続きを促した。そんな彼の態度に呆れた佳澄は結衣と共に見ていた雑誌を開き見せた。そこには若き剣術家、沖田 時雨と言う少女の記事が載っている。現在高校三年生の彼女は初恋の人を探しているらしい。五年前に本能寺周辺で一目惚れ。しかし遠くから見ていた彼女が、彼の居た所まで走って行ったものの既に彼の姿は無く、代わりに赤い宝石が落ちていたのだそうだ。だからその持ち主を探しているのだ、と宝石の写真も載せている。
「ロマンチックだよね~!」
「おーそうだな。」
「あー!全然興味ないでしょ!」
(…ルビー?それともスピネルか?)
在瀬は記事の内容よりも写真に写る宝石の方が気になっている。燃える様な赤色に何となく嫌な予感がしているのだ。出来れば直接見て確かめたい程には。
「今度ね、彼女、大会でこっちに来るんだって!しかもこの宝石持って!」
「へー。」
興味の無い返事を返しつつ、在瀬は次の犯行の計画を立てるのだった。
◇◆
『7月8日午後7時、初恋に燃ゆる赤き宝石を頂きに参上致します。
怪盗アルセーヌ』
沖田 時雨の元に予告状が届いた。予告されたのは大会当日の夜。家に置いて厳重に保管しようと言う話が上がる中、時雨本人の強い希望により予定通り彼女は宝石を持って大会に臨む事になった。しかし、無策と言う訳にはいかず会場近くの探偵事務所に護衛を依頼したのだ。
「…と言う事で、皆さん宜しくお願い致します。」
そう頭を下げたのは真直ぐで艶やかな黒髪を一つに結った、正に大和撫子と言う言葉が似合う凛とした少女_沖田 時雨だった。彼女予告状が届いた翌日に電話で小林探偵事務に依頼したのだ。そして、大会の前日にこうして直接事務所に出向いている。
「勿論、尽力させて貰いますよ。それで、宿泊場所などは…」
と三人で護衛計画を確認していく。これは事前に警察とも話し合いながら立てたものだ。当然、彼等とも共有されているものである。そして怪盗にも伝わってしまっている。
(計画に変更は無さそうですね。仕込みが無駄にならなくて良かった。)
鼻歌まじりに盗聴しつつ、ホテルの清掃バイトに勤しんでいるのは話題に上がっている怪盗だ。丁度良く日雇いバイトを募集していて助かった。
下見兼仕込みを済ませた怪盗だったが少し長めにシフトを入れていた。今日から二泊三日で泊まる団体が一組有る事を事前に調べていた為に、これは偶然なのだろうか、と少し気になっていたので様子を見る事にしたのだ。
(大会関係者や私のファンなら良いのですが…)
今回は京都での焼死事件もあってか、どうにも嫌な予感がしてならないのだ。だから、念を入れて付近のホテルの宿泊者を調べるなんて面倒な事もしている訳で。なんなら怪しく思えた団体の顔まで見に来た訳だ。
そして幸いなことに、その団体_火村と言う名で複数部屋予約している団体と時雨のチェックインを見届ける事が出来たのだった。
時雨の方が早くチェックインしており、何処か落ち着かない様子で周囲を警戒していたのが印象に残っている。
そして、その数十分後に件の団体が到着。炎を模った様なエンブレムを付けた男性十人。大きな荷物に、社員旅行や友人同士の旅行なんかには到底見えない物々しい雰囲気。実際に目で見て分かったのは、彼等はカタギの人間では無いだろうと言う事。そして、
『やっと我らが主の御神体が見つかったか。』
遠目に見えた男の唇の動きから読み取った言葉に眉を顰めた。
◇◆
数日前。深夜の喫茶店アディントンの前に金髪の美丈夫の姿が有った。彼はキョロキョロと周囲を見渡し人を探す。とある人物から呼び出されていたのだ。
(住所は間違っていない筈だが…)
そう訝しむ彼に声を掛けたのは緩く眠たげな少女の声だった。
「やあ、秋津さん。こうやって顔を合わせるのは初めてだよね~。」
「貴女が、白い静謐ですか?」
彼_秋津が振り向いた先に居たのは白銀の髪に紫色の瞳の小柄な少女。聞いていた特徴とは一致するが想定より若い彼女に驚いた。下手をすれば未成年なのではないか、と。
「そうだよぉ。私が白い静謐。さ、入ろ~う。話はそれからね?」
「分かりました。」
促されるままに入店すれば、電気は点けられたままで店主が出迎えてくれる。
「ありがとね~博士。開けといてくれて。」
「いらっしゃい。それは良いんじゃが…珍しいお客さんじゃのう。」
「どうも。」
「ああ、彼は大丈夫だよ~。私が保証する。」
秋津は一瞬見えた店主の訝しむ視線に人好きのする笑顔で対応した。そして、白い静謐の何の根拠もない言葉に何故か店主は納得した様子を見せた。この信頼関係は何なのだろうか、と疑問に思っている間に彼女はカウンター席に腰掛けていた。秋津もそれに倣い彼女の横に腰掛けた。
「博士~“アディントン”ね。あとレモネード!秋津さん何飲む?」
「ではブラックコーヒーをお願いします。」
メニュー表も見ずに注文する白い静謐。秋津も喫茶店に有りそうな飲み物を注文した。
「さて、本題に入りましょうか。何故こんな所に呼び出したのです?」
店主が飲み物の準備に入ったのを見計らって口を開いたのは秋津だった。
「キミと取引がしたい。キミ達が探し求めるユークロニア研究所の遺物に関して、ね。」
「へぇ…情報を頂けるなら有難い限りですが、その交渉は僕と行うものでは無いでしょう。」
彼女の言葉に僅かに目を見開いた。何処からその情報を得たのだろう。
「私はキミ個人と取引したいんだよ~。組織じゃなくてね。」
「ほう、それはそれは…一体如何いうお心算で?」
「簡単な話、私も遺物に用事があるんだ~。けど、その用事が終わったらキミに引き渡しても良いと思ってる。だから協力して捜さないかって話なんだけど…どうかな?」
彼女の素性をよく知らない秋津からしてみればハイリスクハイリターンな取引だ。彼女の情報収集能力は目を見張るものがある。しかし、その目的が分からない。そもそも秋津はユークロニア研究所の遺物の使用用途を知らないのだ。彼女がそれを知っている事は明白だが、用事が有ると言っている彼女が素直に教えてくれるとは限らない。しかし、逡巡の結果は…
「…良いでしょう。」
利用出来るものはしてやろうじゃないか。要は彼女を出し抜けば良いだけの話だ、と彼は判断した。その返事を聞いた彼女は満面の笑みで手を差し出した。
「じゃあ交渉成立って事で!これからもよろしくね~。」
「ええ、よろしくお願いします。」
秋津はその手を取った。その時丁度、注文していた飲み物が置かれた。
「そう言えば話は変わるけど、警察庁の不審火って知ってる?」
「何の話ですか?」
居住まいを正し、話題を変えた彼女の問いには覚えが無く思わず聞き返してしまった。
「知らないなら良いや。私から言えるのは最近の連続焼死事件が公安の管轄になるだろうって事くらいだし。」
「先程から一体何の話をしているんです。話が見えませんよ。」
「ちょっと厄介な宗教団体に困っている友人が居てね~。丁度良いから手を貸そうかなぁって。」
「答えになっていませんが。」
「その時が来れば分かるって~。キミなら上手く立ち回ってくれると信じているよ~。」
終始ふわふわと掴みどころ無く、質問に答えている様で答えていない。のらりくらりと躱して態と会話を成立させない彼女の相手は本当にやりにくい。質の悪い事に彼女の言葉に意味が有る時は重要な情報である時が多いのだ。念の為彼女の言葉を頭の片隅に留めておかなければならない。
それからは情報交換と言う名の雑談が続いた。そしてこれからは此処で得た情報を交換すると約束して別れる事になった。




