賢者の血晶 赤化
二階分の階段を上り終えると一つの客室に出た。
ホテルの様な内装のそこには当然窓も有り、地下から抜け出せた事が分かる。しかし、安心出来る状況ではない。何故なら、
「流石は怪盗アルセーヌ。貴方なら此処を開けてくれると思っていました。」
出雲とその私兵と思われる数名の男達に取り囲まれてしまっているから。
「これで、これでやっと一族の秘宝が手に入る!妾の分家だと馬鹿にした本家の人間を見返せる!」
「調べたいのなら御自由に。まあ、あんな基礎的な知識も無い貴方に価値を見出せるとは思えませんがね。」
爛々と目を輝かせて興奮する出雲に対して、怪盗は冷ややかに告げて道を空けた。すると出雲は喜び勇んで地下へと下りて行く。まるで周りが見えていない様子に狂気すら感じた。
そして次の瞬間、鍵が掛かっていたであろう客室の扉が打ち破られ、続々と警備陣が入って来た。如何やら偶然にも会話が聞こえていたらしい。
「アルセーヌ!確保だ!」
「おやおや皆様お揃いの様で。」
坂口警部の怒声が響き、警備陣は怪盗に走る。そんな彼等をクスクスと笑いながら怪盗はいなす。怪我を感じさせない優雅な動作で、翻るマントで怪我を隠しながら窓際まで移動していた。この脚では瞬時に変装するのは難しいと判断してシンプルにこの窓から逃げ果せようという算段である。怪盗としてはこの場に何故だか探偵達が居ない事は少々気に掛かるものの好都合ではあった。
「それでは皆様御機嫌よう。また次の犯行で御会い致しましょう。」
そんな台詞と共に怪盗は煙幕を張り、窓から外へ逃げ出した。勿論、ダミー人形を飛ばす事は忘れずに。それを見た警部達は「また逃したか!」と悔しがりながらもダミー人形を追う。
怪盗本人は暫くの間、窓を出た直ぐ傍でマントに包まり息を殺して逃げ去る機を伺っていたのだった。
◇◆
時を少し戻して隠し部屋前の探偵二人。秋津はノートを持ったまま出て行こうとする。
「秋津さん、盗みは良くないんじゃないですか?」
「ふふふ、安心して。きちんと後で出雲氏にお返しするよ。それに、君も気になっているんだろう?」
「悪い大人ですね。」
「臨機応変だと言って欲しいな。」
ニコニコと悪い笑みを浮かべる秋津に家達探偵は笑顔で答えた。要は二人共不可解な物を前に好奇心を抑えられなかったのだ。とは言え、此処で全てを読むのには時間が掛かる、かと言って盗むのもリスクが高過ぎる。なので二人が出した結論はスマホでの撮影だった。秋津が全ページを写真ではなくビデオで撮影しそのデータをその場で家達探偵のスマホに送ると言う方法だ。
家達探偵としては未だ信頼を置けない相手に主導権を渡すのは憚られた為、録画から転送までに編集などの作業が入らないよう目を光らせていた。
影やピンボケ、手振れなどで読めない箇所が無い様に撮っていたので少々時間が掛かってしまった。
「結局アルセーヌもこの館の設計図みたいな物も見つかりませんでしたね。手掛かりになると思ったんですけど…」
「そうだね。まあ仕方ないさ。」
探偵二人はわざとらしい程の白々しさでそんな会話をしながら客室のクローゼットを動かすボタンを押して元通りにしてから部屋を後にした。
そして、再びアルセーヌと佳澄の捜索に戻った二人は小林探偵と合流し、二階を含め隅々まで調べたのだが見つからなかった。地下へ繋がる仕掛けすらも。
「居ないですね。まだ地下なんでしょうか。」
「そうだな。恐らくあの落とし穴は奴にとっても予想外だったんだろう。だから逃げ出すのに手間取っている筈だ。」
「でしょうね。……って、あれ?在瀬君は何処に?」
「…え?彼奴ここに居るんですか!?」
家達探偵は先程まで館を探し回っていたにも関わらず影も形も見当たらなかった友人が、この館に来ていたと言う事実に驚いた。小林探偵も娘に続いて可愛がっている隣家の少年が行方知れずと聞いて顔を青褪めさせた。その時、
「アルセーヌ!確保だ!」
一階から扉を打ち破る音の後そんな声が響いた。問題の怪盗が見つかったらしい。娘が共に居る可能性が高い小林探偵は一目散に駆け出した。居た場所が地下と言う事も有って電波が届いていなかったのか、電話にも出なかった娘が余程心配なのだろう。その気迫たるや凄まじいものだった。
一方で、家達探偵は怪盗が見つかった事で佳澄の事も心配要らないだろうと判断した。あの怪盗が他人が傷付く事を良しとしない性格なのは自身が身をもって知っているからだ。共に落ちたと言うのなら無理にでも共に行動しているだろう、ならば佳澄は無事な可能性が高いと考えた。だから彼はもう一人の友人の無事を確かめる事を優先した。スマホの電話アプリで彼の電話番号をタップする。
_プルルルル プルルルル
_プルルルル プルルルル
_プルルルル プルルルル
_プルルルル プルルルル…
コール音だけが響く。中々出ない。じっと待っていたが遂に「ただいま電話に出る事が出来ません」とメッセージが返って来た。
圏外なのか、それとも電話に出られない程に切迫している状況なのか。最悪、意識を失っているのではないか。そんな悪い考えが家達探偵の頭に過る。何時もならここまで心配しない。あの地頭の良さと身体能力なら大抵はなんとかするだろうと楽観視出来るくらいだ。だが、今回は場所が場所だけにそうはいかなかった。何処にどんな隠し通路や仕掛けが有るか分からない上、隠し部屋の資料のお陰で元の持ち主が大分きな臭い事が分かっているのだ。流石に心配になる。
気が付かなかっただけであってくれと思いながらもう一度掛け直す。
_プルルルル プルルルル
_プルルルル プルルルル
_プルルルル プルルルル
『…もしもし?家達?』
「在瀬!お前今何処に居る!?」
『今?絡繰り館ってとこ。』
「いや、それは知ってる。今居るし。館の何処だよ。」
『え!?お前来てたの!?…えーっと、外かな…』
「なんでだよ。誰かに連絡しろよ。小林さん心配してたぞ。」
『あ~それは申し訳ねぇ…でもさぁ!なんか変な通路入っちまってさ?俺も連絡したかったんだぜ?』
家達探偵は拍子抜けする程に何時も通りの軽いトーンで電話に出た友人にほっと一安心した。と同時に悪びれずに言い訳を並べる彼に少々憤りと呆れを覚え、溜息を吐いた。
「ったく…怪我は?」
『無い無い!ちょー元気!』
「んじゃ帰るぞ。俺もそっち行くから玄関で集合な。」
『え?アルセーヌは?』
「もう逃げられたみてーだ。そういやお前見てねぇのか?」
『あぁ、そう。残念ながら俺も見てねーよ。』
「そっか。坂口警部達もアルセーヌを追い掛けてってるみたいだし、今回に関しちゃ俺もお手上げだし、小林さんに連絡して帰ろうぜ。」
『おーう。』
その返事と共に電話は切れた。はあ、ともう一度溜息を吐いた後、家達探偵は秋津を振り返った。
「一応無事みたいです。」
「それは良かった。」
◇◆
アルセーヌを追う警備陣と入れ替わりで客室に入った小林探偵は娘の無事な様子に喜んだ。
「佳澄!無事か!?」
「お父さん!私は大丈夫!怪我はしてないよ。…アルセーヌが庇ってくれたから。」
笑顔で答える佳澄だったが、少し顔が曇る。その経緯を説明した彼女はきっと自分が怪我をさせてしまったという自責の念があるのだろう。
「そうだったのか…しかしまあ、奴はそう簡単にくたばる程軟な奴じゃあない。ワシが捕まえるまではくたばったりせんよ。」
そんな風に小林探偵が彼女を慰めていると、客室に入って来る者が居た。家達探偵と秋津だ。
「良かった。佳澄さんも無事だったんだな。在瀬もさっき連絡ついたから迎えに行くとこですよ。小林さん。」
「そうか…良かった。」
そうして合流した四人は玄関先で在瀬とも合流し、無事に帰る事が出来たのだった。




