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小さな菫と魔法使いさん

児童養護施設「財部荘(たからべそう)」。千代木市の郊外にある小さなその施設には最近、“魔法使いさん”が週に一回くらいのペースでやって来る。そして、入居している子供達にマジックを見せて、入居者の一人である(すみれ)と少し話をして帰って行く。5月中旬からやって来るようになったその魔法使いさんの素性は誰も知らない。しかし人当たりも良く、何より塞ぎ込みがちだった菫をはじめとした何人かの児童が笑顔を見せ始めた事もありその存在は容認されたのだった。

彼が来るようになってまだ四週間程だが、子供達はすっかりその日時の決まっていないマジックショーを楽しみにしている。

そして、今日も彼はやって来た。

「Ladies and gentleman‼」


◇◆


アイオライト_和名を菫青石。菫と呼ばれる少女が身に着けている指輪に飾られている宝石だ。きっと彼女の名前の由来はこれなのだろう。

彼女は8年程前、川辺で意識不明の状態で発見された女性から産まれたのだと言う。指輪は母親であるその女性の唯一の持ち物だったそうだ。彼女は今も尚、病院で眠り続けている。

指輪をよく見せて貰えば、内側にイニシャルらしきものが刻まれていた。「Y&A」と。恐らくはエンゲージリングだ。

と、此処までが数度財部荘に通った在瀬が得た情報である。因みに母親の顔は病院に見に行った。

此処までで分かる通り父親の情報が一切無いのである。何なら母親も身元が分かっていない。

菫の希望は父親を一目で良いから見てみたい、母親と話してみたい、なのである。

その為に8年前に母親が発見された川辺付近で起こった事件・事故・行方不明者を徹底的に調べ始めた。

幸いなことに、菫は少し特徴的な見た目をしていた。瞳の色がグレーだったのである。これは日本人には珍しく、主に北欧やロシアなんかで見られる形質だ。母親も顔の造りからして外国人。なので、恐らく母親譲りと考えられる。外国人女性に絡んだ事件だと考えればかなり絞りやすい。

大分グレー…と言うかアウトな方法も使いつつ調べ上げていた。警視庁には物理的にもデジタル的にも何度もお邪魔したお陰で最早散歩コースとなってしまったのは此処だけの話。

しかし、これが後にとんでもない陰謀に繋がるとは私も予想だにしなかったのである。


◇◆


家達は相も変わらず人探しの依頼を続行していた。自分が持つ心当たりだけでは心許ない為、様々な児童養護施設をあたっていた。

そんな日曜日の昼下がり、一つの小さな施設に足を運んだ。名前を財部荘。電話でアポイントメントを取った際に対応してくれた壮年の男性_財部 林太郎(たからべ りんたろう)氏が運営しているらしい。

小さいながらに手入れの行き届いた温かみのある施設の様だ。と言うのが敷地外から見た感想だ。

「すみません。電話でアポイントメントを取らせて頂いた、探偵の家達です。」

「こんにちは、私は財部です。どうぞ入って下さい。」

「有難うございます。」

玄関先のインターホンを押すと、人の好さそうな笑顔を浮かべた壮年の男性が出迎えてくれた。彼に促されるまま付いて行くと、どうやら応対用に空けておいてくれたらしい一室に通された。

「さて、家達さんは人探しの依頼でいらっしゃったんですよね?」

「ええ、この付近で10年程前に生き別れてしまったのだと聞いていて。何処かの施設に預けられているのではないかと。」

とてもではないが一般の人に言えない内容の依頼なので色々と暈しながら探し人の特徴を伝える。財部さんはそれを真摯に聞き、名簿を捲って行く。本来なら自分で名簿を見たいところだがプライバシーの侵害になってしまう。探している相手が事件の犯人なら兎も角、普通に生活している善良な市民ならば問題があるだろう。流石に無理にとは言えなかった。

「…やはり、そのような子は居りませんなぁ。すみません。お力になれず。」

「そうですか。いえ、ご協力有難うございました。」

名簿から顔を上げて申し訳なさそうに言う彼。それに対して俺は気にしなくて良いと(かぶり)を振った。

今回はこれまでにしようとなり、外へ出ると何やら庭先が賑わっている。遠目に見た時には子供達が遊んでいるのだろうとあまり気に留めなかったのだが、近付いて見るとただ遊んでいる訳ではなく、何かを見ているのだと分かった。

彼等が見ていたのは、一人の帽子を目深に被った男によるマジックショーだった。決して大がかりな仕掛けは無いものの、それでも楽し気で華やかで見る者を魅了する様な。少し既視感を覚えた。

思わず見惚れていると男は慇懃に一礼して、ショーの終幕を告げた。

すると一気に拍手の音と幼い歓声が響く。そして男は一人一人に飴玉を手渡すと、俺の方にもやって来た。

「どうぞ。」

「…え?ああ、有難うございます?」

帽子のお陰で口許しか見えないが、微笑んでいる事は分かる。飴玉を受け取ると更に嬉しそうに顔をほころばせた。

風貌だけ見れば物凄く不審者なのだが、此処に居る事を咎められないと言う事は職員かその関係者なのだろうか。

「貴方は…」

「私はしがない魔法使いですよ。それ以上でも以下でもない。それでは皆様、また次のショーで御会い致しましょう。」

此方の追及を塞ぐようにそんな台詞を残して姿を消した自称“魔法使い”。既視感の正体が分かり驚愕した。

「彼奴、何でこんなとこで慈善活動じみた事してんだ…?」

「お兄さんは魔法使いさんの事知ってるの?」

呟きを拾ったのは10歳にも満たないであろうグレーの瞳の少女だった。

「いや、俺もあまり詳しくは…」

「そっかぁ。残念。」

「ごめんな。」

あまりにも残念そうな顔をする少女の頭を撫でてやった時、ふと思った。グレーって銀に見えないか?と。財部さんは該当する子はいないと言っていたが、もしかしたらと思って聞いてみる事にした。

「そうだ、俺、探偵として人探しをしてここに来てるんだけど、君に少し訊いても良いかな?」

「お兄さん探偵さんだったのー?いいよ!」

「有難う。先ず、君のお名前と何歳かを教えてくれる?」

「私、菫っていうの。えーっと8歳だよ!」

「じゃあ、これ見た事あるかな?」

と、例のペンダントを彼女に見せる。どんな反応をするのかと様子を伺えば彼女はキョトンとした後、目を輝かせた。

「これなーに?すっごく綺麗だね!」

「そっか、有難う。」

年齢が8歳だと聞いてあまり期待はしていなかったが、関係が無さそうな反応だ。隠し事をしているようには見えない。恐らくは関係無い、あったとしても自覚が無いだろう。ならば本人に訊いても意味がないかもしれない。候補の一人として報告はするとして、長居は無用だろうと施設を後にした。

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