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ムーン・ティアー

一条財閥の御曹司には()()()()をコレクションする趣味が有ると言う。その種類は生物から美術品まで多岐に渡る。最近は宝石に力を入れ出した。その一つが今回展示される月の涙(ムーン・ティアー)と呼ばれる大振りのブルームーンストーンがあしらわれたネックレスだ。

元々、彼の財閥には後ろ暗い噂は有った。展示会に際して必要な情報を調べるうちにそれが現実味を帯びるどころか噂を越えていた事を知ってしまった。表に出ている彼のコレクションは総数の約半分。もう半分は非合法なルートから、時には所有者から無理矢理奪うようなやり方まで取って手に入れたもので、表にはとてもじゃないが出せないものらしい。これは念入りに調べる必要が有りそうだと思い、寝る間も惜しんでハッキングを仕掛けてみれば業者に怪しげな発注をした形跡が複数見られた。どうやら警察に黙ってトラップを仕掛けているようだ。

とは言え今回は既に予告状を出してしまっているし、展示されるムーン・ティアーはどうやら訳アリの品であるらしい。端的に言って、アーティファクトである可能性が高いのだ。その上、入手経路に心を痛めたところもある。これは元の持ち主に返さなければ、と。

元より命を狙われる身、今更危険が増えたところで犯行を取り止める気はさらさら無かった。


◇◆


展示会場となる美術館の一室。フロアの中心にはムーン・ティアーが鎮座する展示ケースがある以外、一見何も無い様に見える。しかしその実、レーザーセンサが張り巡らされており、触れてしまえば壁に埋め込まれたボウガンの矢に撃ち抜かれるという飛んでもない仕様だ。勿論、警備陣はこれを知らず一条氏により予告時間には全員が外にでるよう指示されている。

「全く、一条氏は何を考えているのか…」

そうぼやくのは坂口警部。怪しいとは思えど口を出せない立場なのが悔やまれる。それはそうと、固められる場所の警備は確りと固めておく様指示を出していた。

一方、単独でやって来ていた家達は現場を見回り怪盗の逃走経路を計算しつつ、一条氏の思惑を探っていた。明らかに不自然な警備体制に何か裏があると踏んだのだ。謎が有れば暴きたくなるのが探偵という者。後ろ暗い事が有るのなら証拠を掴んでやろうと廊下を歩いていたその時、一人の女性が目に入った。確実に警備陣では無い。ワンピースを着た大学生くらいの若い女性。展示時間は既に終わっている。こんな時間に、こんな所で何をしているのだろう。アルセーヌの変装にしては場違いだ。怪しく思いつつ声を掛けた。

「どうかされましたか?宝石の展示時間は過ぎてしまっていますが…」

「…あ、すみません。でも…」

彼女は悩まし気に口籠るが逡巡してから再び口を開いた。

「あの、怪盗アルセーヌは盗んだものを元の持ち主に返してくれるんですよね…?」

「え?」


◇◆


予告時間丁度、警備陣に変装し紛れ込んでいた私は周りに見られない様スイッチを押した。

「お休みなさ~い。」

各所の天井に仕掛けていたスプリンクラーモドキから一斉に煙が吹き出した。これはただ視界を奪うだけの煙幕ではない。何時も使っている睡眠ガスの成分を含ませている。これでこのフロアに居る人間は制圧出来るだろう。今回ばかりは誰も展示室に入れる訳にはいかないのだ。

周囲の警備が全員寝入った事を確認してから変装を解き、レーザーセンサを見る事が出来るゴーグルを装備して展示室に入り込んだ。ゴーグル越しに見えるレーザーの多さにどれだけお金を掛けているのやら、と呆れてしまう。しかし、無意味だ。

レーザーの間を縫うように体の柔軟さやワイヤーガンを駆使して優雅に展示ケースに降り立った。翻るマントすらレーザーに触れる事はなく、ムーン・ティアーを懐に入れ、いざ逃げようとした時。

「覚悟しろ!アルセーヌ!」

声と共に入って来たのは坂口警部。その後ろには家達探偵の姿もある。

(想定より早い…!これは不味いな…)

想定外の事態に焦るが顔には出さず、判断は冷静に。迷いなく向けた改造銃の引き金を引いた。彼等の足元に造花の青いバラが咲くと同時に壁から幾つものボウガンが現れる。そして、ある一点に対して一斉に矢が放たれた。それはスポーツで使われる様な生易しい物では無い、鋭く研がれた(やじり)は容易に人を穿つ。勿論、誰にも当たらないポイントのレーザーのみを掠める様に造花を撃ったので怪我人は出ないのだが、そこに人が居れば矢だるまになっていただろう。

「不用意に近づくと危険ですよ?」

驚愕の表情で固まる二人に忠告をすれば彼等はハッと気を取り戻した。同時に壁や床に突き刺さる矢を見て顔を顰めた。

「警部!誰がこんな罠を?」

「…恐らく一条氏だろう。おい!アルセーヌ、そこを動くなよ。一条氏にこれを切らせるから…」

日本警察としては看過できない事態なのだろう。彼等としては捕まえたいのであって殺したいわけではないのだ。だから余程の凶悪犯でなければ日本警察は銃を向けない。それをこうも簡単に一般人にやられては堪らないといったところか。しかし…

「心配御無用。私はそこから帰らせて頂きますので。」

この部屋唯一の窓に向けて幾つかの造花を撃ち、ひびを入れる。そしてレーザーを潜り抜けながら勢いをつけ蹴破った。


ワイヤーガンを使って屋上に降り立ち一息つくと、再度ムーン・ティアーを見る。

悪寒、不自然な疲労共に無し。アルカナどころかアーティファクトでもないだろう。やはり噂は噂だった。

“永遠の愛が叶う魔法の石”という噂だったが…よくよく考えればそもそもムーンストーン自体が“恋人たちの石”と呼ばれていたり、石言葉が“恋の予感”であったりとムーンストーンに込められた意味が拡大解釈された噂だと分かるものだった。さて、これは()()に返す事にしよう。


◇◆


高く昇った月を祈る様に見上げ佇む女性の前に、燕尾服にシルクハットを被った怪盗が降り立った。

「か、怪盗アルセーヌ!?」

「こんばんわ、お嬢さん。麗しい女性がこの様な時間に御一人では私の様な悪党に捕まってしまいますよ。」

驚く女性に対して怪盗は優雅にボウ・アンド・スクレープをしてから近付く。そして、跪いて手を取り、その手にそっとムーン・ティアーを握らせる。女性はさらに驚愕に目を瞬かせた。

「ど、どうして…」

「これは貴女の御両親が遺した物。それを鑑定家を名乗る者が鑑定を行うと(うそぶ)いて預かり偽物を返した。そして何時の間にか売りに出されていた。そうでしょう?」

「そうです。でも、どうしてそれを?だって、もう購入されてしまっていたのに。」

「ふふっ、それは秘密です。強いて言うなのら私は完璧主義ですから。」

怪盗は人差し指を口元に当てて微笑むと更に続ける。

「御安心を。それはきちんと貴女の元に戻る物ですから。」

女性はその言葉の意味を後日ニュースで知る事になった。しかし、そのニュースは彼女の様に喜ぶ者ばかりではなかった。


◇◆


「やってくれたな怪盗アルセーヌ!!また貴様か!」

とある豪華な執務室。ダンっとデスクに拳を叩き付ける男がいた。上質なスーツを着たその男は不機嫌な顔を隠さない。周囲の部下達はそれに怯えるばかりだ。

「クソ!初代は殺したはずだ…矢張りか、矢張り貴様なのか“在瀬 水行(みずゆき)”!!スコルピウス!とっとと奴を殺せ!!ラケルタ!まだ奴の周辺情報は掴めないのか!?」

彼は怒りのままに殺し屋と情報屋に怒鳴りつけた。それを誰に聞かれているとも知らずに。


◇◆


一条氏がムーン・ティアーやそれに似通った手口でコレクションを手に入れていた証拠を“坂口警部へのお土産”として警視庁に送り付け令状が発されるところまで見届けた怪盗アルセーヌは、鑑定家の男の周辺を探っていた。こんな不正を何年も続けるにはそれなりに裏社会への繋がりが有るだろうと踏んでの事だがビンゴだった。彼の取引先を片っ端から調べ上げれば、矢張りあの組織を贔屓にしていたのだ。そしてその動向を探ればアジトの一つは簡単に割出せた。

しかし、彼等も規模は小さくない。これが本拠地ではないだろうと思い、慎重に情報を収集すべくカメラを足に付けた銀鳩(相棒)達に見張らせ、彼等が出払った隙を見計らって盗聴器を取り付けたのだった。

「殺し屋はスコルピウス、情報屋はラケルタ。…そして、私の事は父さんだと思っていると。好都合ではありますかね。」

これで彼等の宝石の入手ルートは一つ潰せた上にアジトの一つも把握出来た。少々危ない橋ではあったが無傷で帰れたのだから僥倖というもの。

当面の目標はアルカナではあるが最終的にはあの組織にはお縄について貰う心算だから、このアジトを中心に彼等の情報も集めなければならない。菫さんの件も有ってやる事は多いが其方も含めて着実に目的に近付いてはいるのだ。

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