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スカイクレーパー 後編

予告時間直前、地上では怪盗アルセーヌのファンや野次馬が集まりコールが最高潮に上る頃。入れ替わられたフリの為にトイレに行き、個室に入ってタブレットPCを取り出した。画面には各所の監視カメラ映像が映し出されている。

警備は大方予想通り。

ビル内のシステムは掌握済み。タップ一つで停電を起こし、仕掛けが作動するようになっている。

「さて、ショーの始まりですよ。」

時刻を見れば19:59。迷い無く画面をタップしてタブレットを仕舞い、個室を出た。

「秋津さん!居ますか?」

「ああ、在瀬さん。良かった、急に電気が落ちたものだから…」

「恐らくアルセーヌの仕業かと。展示室に行った方が良いかも。」

「そうだね。」

合流しようと呼び掛けてみれば案外近くで待っていてくれたらしい彼を促して展示室に向かう。その途中で彼の腕を引っ張った。

「どうしっ……!」

「お休みなさい。」

そして、何事かと振り返ったその顔に睡眠ガスを吹き付けた。その体が横たわったのを見届けてから黒いマントで全身を隠して、そっと展示室に入るとそこには…


青い空が広がっていた。


勿論、ただのプロジェクションマッピングなのだが。そして、天井には『スカイクレーパーは確かに頂いた!』の文字。

ケースの中の宝石は消えている。

…様に見せている。実際はまだそこに有るのだが、これもプロジェクションマッピングだ。カボションカットのルースである為に下手に光を反射せず、青空を投影する青い光によって見え難くなっているだけだ。しかし、それで十分なのだ。人は其処に有るはずのものが無くなれば少なからず動揺する。そして、そこに更に不安を煽る情報を追加する。

「秋津さんが!秋津さんが外で倒れてる!アルセーヌにやられたのかも!!」

「なんだと!?」

切羽詰まった声で呼び掛ければ直ぐに反応が有り、警備陣は室外の捜索に切り替えぞろぞろと出て行った。相も変わらず単純で助かる。

彼には冷や汗をかかされた分、存分に利用させて貰おう。

警備陣が捌けるまで暗闇に紛れて待ち、無人になったところで仕事着に早着替えして難なくスカイクレーパーを持ち出したのだった。後は逃げるだけ。

と思っていたのだが……

「おや、随分とお早いお目覚めですね?秋津探偵。」

「これでも大抵の薬物には耐性が有りましてね。それに少し対策も講じてきましたから。」

先程まで警備陣が居たその出入口に、何時の間にか秋津が居たのである。しかし、警察も居なければ他の探偵達も居ない。どうやら彼一人の様だ。探偵として私のコンタクトを取りたい訳ではないらしい。彼は一歩一歩此方に歩み寄って来る。

「その割には警官の皆さんとは一緒に居られないようですが…何か私の御用事でも?」

「話が早くて助かりますよ。怪盗アルセーヌ、貴方に少々聞きたい事があります。」

「おや、仮にも探偵を名乗る貴方が怪盗たる私に質問ですか。」

「ええ、貴方は11年前に紛失したユークロニア研究所の遺物の正体を知っていますね?そして、それを追い求めている。」

そうでしょう?と続いた言葉に内心ドキリとした。

アルカナの事を指して言っているのだろうか。しかし11年なんて浅い歴史の物だったか?

何にせよ目的を知られるのは良くない。

「何のお話でしょう?」

知らないとばかりにオーバーに首を傾げて見せるも返って来るのは否定の言葉だった。

「そんなはずは無いでしょう。現に貴方は11年前から宝石を盗み出し、最近では宝石を専門にしているくらいだ。これで何も知らないと言い張る方が無理が有る。」

成程、確かに理解出来る言い分だ。時期が被れば関連性を見出してしまうのだろう。

だが残念ながら今の怪盗アルセーヌは何も知らない。先代からは何も聞かされていないし、11年前なんて小学校に上がるか否かの年齢だ。知る由も無い。なんなら私の推測ではそのくらいの時期に偶然、先代がアルカナの存在を認知したのではないかと思っている。

“11年前”に引っ掛かりを覚えるが全ては偶然だ。そうでなければ可笑しい。

「残念ながら貴方にお教え出来る事は御座いません。」

「そうですか。ならば仕方ありませんね。別の手段を取りましょう。」

話す事も無いと意味を込めてピシャリと言い放てば、彼は意外なほどあっさりと引いた。しかし、その口元に意味深な笑みが浮かんでいたのは見落とせなかった。より一層彼への警戒心を高めた時だった。

出入口の方から懐中電灯の光が差しドタバタと大勢の足音が聞こえて来たのは。

「確保ー!!」

「おやまあ、お早い到着ですね。」

「…何?」

入って来たのは勿論、小林探偵と坂口警部率いる警備陣。秋津が驚いている様子から、もしかしたら彼は警備陣が此処に来ないよう誘導して時間を作ろうとしたのかもしれない。…が、残念ながら彼等のアルセーヌ確保に注ぐ情熱は生半可なものでは無い。恐らく彼の予想を大いに超えていて、私の想定通りだったのだ。

「それでは坂口警部、秋津探偵。私はこれにて失礼致します。」

瞬時に取り出した煙幕を叩き付け、開けておいた窓からダミー人形を飛ばして今度こそその場から逃げ出した。


◇◆


展示室から離れ、人目が無い事を確認してから在瀬 翠の元の恰好に戻りとぼとぼと歩く。

「だーれかー居ませんかー?」

なんて呼び掛けながら。すると、予想通りの声が返って来た。この辺りは本来使おうとしていた逃走経路だったから。

「在瀬か?」

「お、家達じゃん。良かったぁ。」

振り返ってスマホのライトを向ける家達に心底ほっとした表情と声を向ける。対して彼は訝し気な表情をしている。

「どうした、お前秋津さんと居るんじゃなかったのか?」

「あーそれがさ、トイレ行った時になんか…気付いたら寝てたっぽくて。んで気付いたら真っ暗だし、何時の間にか秋津さん居ないしでどうしようかと。」

「ああ、あの怪盗にやられた訳か。」

「…多分。」

暗に怪盗アルセーヌに眠らされていたというように語ると思惑通りに解釈してくれた。が、

「いったぁ!」

「ああ、マジで本物なんだな。悪い。」

「いきなり何すんだよ!いてーじゃねえか!」

「悪い悪い。」

思いっきり頬を抓られた。確かに変装マスクはそれで破れるけれども、いきなりやることはないだろう。そして残念ながら素顔である。

疑いたくなる気持ちは解らないでもないが、痛いものは痛いので抗議の声を上げてやった。彼に悪びれた様子は無かったが。

そうして二人で行動し、怪盗アルセーヌを捜索するも見つかる筈も無く時間だけが過ぎて行く。

「っかしいなー、ぜってぇ此処に来ると踏んでたんだけど…」

「もう逃げちまったんじゃねーの?」

「…うーん……」

彼の推理は間違っていない。本来の、秋津がおらず、在瀬 翠が帰宅していると言う状況ならばこのルートを通って逃げていた筈だ。とは言ってあげられないのだが。


「おお、こんな所に居ったのか。二人共。」

「おじさん。…と秋津さんも。」

聞き慣れた低い声に振り向けば小林探偵と秋津の姿が有った。展示室で合流していたのは分かっていたがそこから一緒に行動していたらしい。スマホのライトで照らし出される二人の顔には心配の色が浮かんでいた。

「無事で良かったよ。特に翠君はアルセーヌに変装されていたと秋津君から聞いたものだから。」

「僕も驚きましたよ。お手洗いに行くと言ってほんの少し別れただけだったのに入れ替わられていたんですから。」

「あはは、御心配お掛けしました…」

居た堪れなくなって愛想笑いで誤魔化す。相手が誰であれ心配されるのは苦手だ。こと今回に至っては完全に作り話なのだから尚更。

時間も遅くなり、もう怪盗アルセーヌは逃げてしまっているだろうと諦めムードで私や家達が未成年という事もあって皆で帰路に就く事になった。

そういえばと思い立ち、小林探偵に佳澄の事は先に帰らせているから心配いらないと伝えれば、秋津から聞いていたらしい。成程、道理で彼女の事は心配していなかった訳だ。


無事、自宅まで帰り着き誰にも勘付かれた様子がなかった事にホッとした。しかし…

「…はあ。どうしたものかな……」

自室のベッドに突っ伏しながら呟いた。

…敵が増えた。確実に彼等は私を狙って来るだろう。件の組織以上に大規模かつ凶悪な敵など冗談ではない。流石に何か対策を打たねば身が持たない。

やらなければならない事は多い。

敵も増えた。

雁字搦めになりつつある事は自覚している。身動きが取れなくなる前に何とかしなければ。

最悪の場合は“在瀬 翠”を殺さなければならなくなる。

なのに…


「はあ!?あの人をっ…何だって!?」

小林家の食卓で思わず立ち上がり叫んでしまった。どうやら昨日の今日で秋津は小林探偵を懐柔したらしい。

「怪盗アルセーヌの件で鍛えられた捜査力に惚れ込んだ…とかって言われてなぁ。」

「お父さんの事すっごく褒めてたんだって!」

要は弟子入りである。連絡先を交換して、事務所の場所も教えて…頭が痛い。しかし、これは彼等を責められない。何故なら事情さえ知らなければ秋津と言う男は好青年にしか見えないだろうから。私も拳銃を突き付けられた一件さえ無ければ好意的に接していたに違いない。

(…あの男、何を企んでいるのか…まさかバレた?否、別れ際の様子からそうは思えない。なら佳澄やおじさんに何か有る?否、それがゼロに近いのは私が一番よく知っているだろう。では、他に何が…矢張り家達か?外堀から埋めに来た?若しくは怪盗アルセーヌの現場に来る為?…どうする?)

「翠、そんなに秋津さん苦手なの?」

「……あ、ああ、いや…まあ。」

佳澄が眉を顰めながら訊ねて来る。ぐるぐると思考に耽ってしまった為に反応が遅れ、随分と歯切れの悪い返事になってしまった。そのせいで二人には驚いた様な、それでいて少し心配した様な何とも言えない表情をされてしまった。

しかしこれ以上に言える事も無く、もどかしい思いを抱える羽目になった。

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