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スカイクレーパー 前編

6月11日、予告時間の数時間前にスカイクレーパーの展示会場へ来ていた。勿論小林親子と家達と共に。直前に再度下見が出来るのでとても有難いが、間違っても在瀬 翠が疑われる様な事があってはならないのでそこだけは気を付けなければならない。そう思いつつ、先を行く探偵達の背をゆったりと追う。その実、目だけは忙しなく動かし、全面ガラス張りのフロアを自分が施した仕掛け以外の異常が無いか確認しながら。序でに逃走経路のシミュレーションもして。

そんな風に頭を回していたからだろう。目の前に現れるまでその存在に気が付かなかったのは。

「こんにちは。もしかして、小林さんに家達さんですか?」

そう前を行く二人に話し掛けてきたのは目の覚める様な美形だった。日の光を浴びてキラキラと輝いている金色の髪、柔和で人好きのする表情を浮かべる端正な顔は見間違える筈も無い。


―今のは誰からの何の連絡だい?

―ご注文をお伺いいたします。


それが同じ声だった時の衝撃は言うまでもないだろう。何なら内心は気が気でなく、不審に思われない様に動向を探っていもいた。無駄に性能の良い頭は拳銃を突き付けて来た相手の声だけでなく、煙幕の中一瞬見えただけの髪色と体格までも記憶していたのだから“偶々声が似ていただけ”などと言う逃げ道も塞いでいたのである。

そしてこの状況だ。逃げたい、途轍もなく逃げたい。と言うか予告さえ無ければ逃げていた。

今は友好的な態度でいるが明らかに危ない組織に属している人間の前に小林親子と家達を置いていく訳にはいかない。兎も角、彼と行動を共にするなんて冗談じゃない。とっとと言いくるめて引き離さなければ。

その顔を見た一瞬で思考し方針は決まった。とは言え、不自然に引き離そうとすれば変に警戒されてしまう。

「そうだが…アンタファミレスの店員じゃなかったか?」

「ああ、覚えていて下さったのですね。実は本業は探偵でして、今日はこの展示会の主催者である夏木氏に依頼を受けて来ているんです。

申し遅れました。僕は秋津 楓(あきつ かえで)と言います。今日は宜しくお願いしますね。」

小林探偵の問いに淀みなく爽やかに答えるさまは好青年にしか見えない。それが余計に不気味だった。

「こりゃあ失礼。知っておるみたいだがワシは小林 佳一。昔は怪盗アルセーヌ専任刑事と言われておったが、今は探偵だ。こちらは娘の佳澄とその幼馴染の在瀬 翠君、それと…」

「探偵の家達 律槿です。よろしくお願いします。」

「これはこれはご丁寧に。…すみません。僕、アルセーヌの現場に来るのなんて初めてで……お二人は慣れておられるでしょう?是非ともご指導頂ければと。」

「そうだなぁ。奴の現場は人が多ければ多い程に不利になる。奴は変装の達人だからな。だが、アンタも仕事だろう?下手にうろちょろされて、奴に変装されても困るからなぁ。…一緒に来るか?」

此方の紹介の後、不安げに眉をハの字に曲げる秋津と名乗った探偵。一体何を企んでいるのかは知らないが、彼はどうやら此方に同行したいらしい。こう言われれば優しい探偵は放っておけなかったのだろう。止める間も無く自然と同行しそうな流れになって行く。これは良ろしくない。

「おじさん、なにも一緒に行動までする必要は無いんじゃないですか?」

それらしい理由を脳内でピックアップしながら言えば皆が驚愕に目を丸くして此方を見た。反対意見が出た事にではない。在瀬 翠にしては冷た過ぎる発言にだろう。秋津だけは真意を測ろうと目を細めているが。

「だって、初対面だし既に変装されてても分からないじゃないですか。」

予測できていた周囲の反応を見ながら根拠を並べ立てる。

そして裏にある焦燥や猜疑の感情を見せぬよう、あくまでもちょっとした提案くらいのテンションに見えるように付け足した。

「だから、手分けした方が良いんじゃないかと、ね?」

「おや、それなら僕を見張っていた方が良いんじゃないですか?」

この一押しで引いてはくれないだろうか。そう思って言ってみたが上手くはいかない。彼は何が何でも同行する心算でいる様で、有無を言わさぬ笑みを向けて来た。言い分は全うだがその意図は見え透いている。

幼い頃から知っている小林親子に探られるような裏が有るとは思えない。有るとしたら家達だろう。どんな事情が有るか知らないが危険人物に近付ける訳にはいかない。

(…仕方ない。最悪自分一人なら逃げる手段は幾らでも有るわけだし。)

「じゃあ、俺が一緒にいましょうか。おじさんは警備に忙しいだろうし、家達は何時も通り逃走経路を潰すのに忙しいだろ?俺、暇だからさ。」

「え?…ああそうだな。」

名指しされた家達は戸惑った様子を見せた後、此方の意図を察したのか肯定を返した。まあ、ここまで言えば彼なら気が付くだろう。私が何らかの理由で自分達に秋津を近付けたくないと思っている事くらいは。その証拠に彼は

「んじゃ小林さん、一旦坂口警部達のとこいきましょう。」

と小林探偵の背中を押してくれている。押される彼も戸惑いつつそれに従って離れて行った。

一連の流れに呆気にとられて取り残された佳澄は秋津に話し掛けた。

「すみません秋津さん。翠が失礼な態度とって。」

「いえいえ、警戒するに越したことはないですから。」

「何時もはこんな事無いのに…もしかしたら秋津さんイケメンで嫉妬してるのかも!ねー、翠?」

「バッカ!!んな訳ねーだろ!おめーこそイケメン相手に猫被りやがって。」

「なによー!」

ニマニマしながら揶揄う佳澄。つい売り言葉に買い言葉で言ってしまうのは何時もの事。だが、今はそれどころではない。

「あーもう、おめーはそろそろ帰っとけよ。暗くなると危ねーんだから。」

「なによ!大人ぶったこと言っちゃって!」

「いいから!今日はもう帰れって。」

「!…み、どり…?」

何時ものテンションで頬を膨らませる佳澄に対して不釣り合いな程に真剣な声が出てしまう。彼女は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてキョトンと此方を見た。それもそうだろう。彼女からすれば私が此処まで帰らせようとする理由は分からないのだから。かと言って伝える訳にもいかないが。

「いーいーかーらー、帰れよー。」

「わ、分かったわよ。」

彼女の不安を煽らないように明るく間延びした声で剣呑さを打ち消す。

そしてこのままでは埒が明かないとエレベーターの方に背中を押せば、スマホで時間を確認しながら渋々納得してくれた。割と頑固な彼女にしてはあっさりと引いてくれた事に違和感は有ったが、きっちり下階へ行くエレベーターに乗った事には安堵した。

「随分と彼女が大切なんだね。」

「…ええ、まあ。」

その様子を秋津ににこやかに、微笑ましいとでも言いたげな目で見られていた。普通なら羞恥やらむず痒さを覚える場面なのだろうが、生憎と相手が相手だ。覚えるのは恐怖と寒気だった。だからか、自分でも少しどうかと思うくらいには素っ気無い返事になってしまった。しかし、彼はさして気にも留めずに相変わらずにこにこしている。

「色々見て回りたいんだけど、付いて来てくれるんだよね?」

「まあその心算ですよ。」

数時間、秋津と行動する事になった。知り合いが周囲に居なくなったのを良い事に沈黙を貫こうと思っていたが、彼の方から話し掛けて来るものだから適当な相槌と作り話で個人情報を特定されない様努めた。まあ、家達の友人という時点で高校生という事はバレているようなものだが。

怪盗アルセーヌの話題から始まり、休日の過ごし方やら好物やら趣味やら友人関係やら…色々と話しはしたものの真実を混ぜつつ殆どを嘘で固めて、態と辻褄が合わない様に話して混乱を誘った。

得意のポーカーフェイスで感情豊かに嘘を吐く。

嘘を吐いているのはバレバレだが、要は真実に辿り着かれなければ良いのだ。仮にも探偵を名乗る人物に信じ込ませる為の真実を混ぜた筋道の通る嘘など吐いてしまえば、直ぐにでも隠された真実に気付かれてしまう。ならば最初から破綻させておけば良いのだ。相手は初対面の人物なのだし、警戒していると思われるだけだろう。

「…君は警戒心が強いんだね。それに煙に巻くのも上手い。どんな環境で育ったんだい?普通、初対面の人間にそこまでしないよ。」

「さあ?何の事ですか?」

涼しい顔で惚けて見せれば彼は困った様に眉を顰めた。

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