雲を掴む様な
「怪盗アルセーヌについてお父さんに聞きたいの?良いよ!週末うちにおいで!」
小林さんに怪盗アルセーヌの事が知りたいと頼んでみれば二つ返事で了承され、週末にお邪魔する事が決定した。
約束の日時に小林家のインターホンを鳴らせば「はーい!」と言う元気な声と共に小林さんが扉を開けた。
「お早う、小林さん。」
「うん、おはよう!入って入ってー!あ、翠も居るけど気にしなくて良いからね。」
と、通された一階は聞いていた通り事務所になっている様だ。応接用のソファーやテーブル、デスクがあり、テーブルの上には幾つかのファイルが乗っている。そして、デスクでノートパソコンを弄る小林探偵とそれを見守る在瀬の姿があった。
「お邪魔します。」
と声を掛けると二人は此方に気が付いて振り向いてにこやかに迎えてくれた。
「よお、家達!」
「いらっしゃい。よく来たなあ家達君。」
在瀬は片手を上げてから再びパソコンに視線を戻し、小林探偵は席を立って此方に歩み寄って来た。
「どうも、無理言ってすみません。小林さん。」
「構わんよ。君もあの怪盗を捕まえたいと思っておるのだろう?」
「ええ、是非逮捕に尽力したいと思ってます。」
別の目的も有るが、一先ずは話を合わせて笑顔で答える。小林探偵は力強く頷き、
「うむ、ワシの知る限りでの奴の事件をまとめてあるから是非見てくれ。聞きたい事が有れば答えよう。」
とソファーに通してくれた。
そして、見せて貰った資料からは以下の事が分かった。
・“怪盗アルセーヌ”の名前で予告状を出す犯行は20年前が最初
・今年の1月に約6年ものブランクを経て復活している
・復活してからは価値の高い宝石ばかりを狙っているが、以前はあまり対象を絞っていなかった
・宝石は必ず返却される
・復活以前は海外でも活動していた
「復活してからは急に宝石に傾倒しだしたみたいでなぁ。何を考えておるのかさっぱり分からん。」
「そうですね…どうして6年ものブランクがあるのかも謎です。」
俺の読みでは代替わりしているのだろうが、それでもこれ程までに間が空く様な事が有るだろうか。
引継ぎに時間が掛かった?6年も?
2代目がある程度の年齢になるまで待ったのだとして、それまで活動が出来なくなっていたのは何故か。
怪我か病気で続けられない状態に陥った。若しくは……
…亡くなった?
「…6年前、事故に遭ったとか…」
ポロリと零れた言葉に目の前の小林探偵はビクリと肩を揺らした。
「何か…?」
「…ああ、いや…」
なんでもない、と言う彼の視線はパソコンに向かう在瀬に向いていて、僅かに眉を顰めている。当の在瀬本人は一切気にした様子も無くキーボードを叩いているのだが…もしかしたら此方の話は聞こえていないのかもしれない。その様子を見た小林探偵は安堵した様に息を吐いた。
(…この反応、6年前に事故に遭ったのは彼奴の身内だな。)
察しがついて少々気まずくなってしまったので話題を逸らす事にした。今、これを詮索する必要性も無いから。
「アルセーヌの盗む対象についてなんですけど、11年くらい前からポツポツ宝石を盗む様になってるんですね。それで段々宝石の割合が増えてる…」
「言われてみればそうだな。宝石は美術品より小さく盗みやすい上に価値も高くなりやすいからなぁ。そこまで妙な事でもないと思うが。」
自分の言葉でハッとした。
(また11年前か。…偶々、なのか?)
とは言え、11年前の研究所襲撃と怪盗の狙いが宝石に変わり始めた事に何の関連性が有るというのか。流石に繋がらない。どうにも情報が足りない気がする。ぐるぐる思考していると小林さんから声が掛かった。
「そうだ家達君、お昼どうするか決めてる?」
「え?」
「私達、外で食べるんだけど一緒に来ない?ファミレスだけど。」
「決めてないし、良いなら…」
と小林探偵と在瀬を見回せば
「良いぞ、一緒に行こうか。」
「おう、行こうぜ~」
と返って来た。
「じゃあ、遠慮なく。」
◇◆
やって来たのはどこにでもあるチェーン店のファミレス。休日という事もあって大変賑わっている。多少の待ち時間の後、四人掛けのボックス席に通された。そして注文を決めて店員を呼ぶと、ブロンドの髪に見れば10人中10人が振り返る様な甘いマスクを持つ男性店員が現れた。淀みなく注文を取り去って行く姿は好青年な普通の店員だ。…が、その後ろ姿を在瀬が探る様な目で見ていたのが見えた。しかしそれもほんの一瞬の事で次の瞬間には笑顔で小林親子との話に花を咲かせてた。見間違いかと疑う程に自然に。
(…気のせいか?否、確実に目が鋭くなっていた筈だ。何か有るんだろうがこの態度だとここで聞いても答えないだろうな…)
在瀬の様子を気にかけつつ、会話に混ざり和気藹々と食事を摂っていた。話題としては怪盗アルセーヌについてもそうだが、彼の復活前に話題になった宝石強盗や最近の行方不明事件についてが主だった。近頃は何かと物騒だから気を付ける様に、と。
「そういえば、今日在瀬は何してたんだ?」
「ん?あぁ、おじさんがデジタル化頑張るって言うから手伝いにな。」
「いや~本当に助かったよ。」
「いえいえそれほどでも。また何か困ったら呼んで下さい。何時もお世話になってるんで。」
「何よ翠ったら、カッコつけた事言っちゃって!」
「んだよ!佳澄、なんか文句あんのか?」
何時ものように仲良く喧嘩しだす二人を見守る小林探偵の顔は父親そのもので彼等の関係性が覗える。そんな微笑ましい状況を静観していると、小林さんが何かを思いついた様に俺を見た。
「そうだ、家達君。私の事は佳澄で良いんだよ?ほら、お父さんと呼び分けるの大変でしょ。」
「…そうだな、じゃあ佳澄さんで。」
「うん!」
そんな風に平和な食事を楽しんでいた時、不意に声が聞こえた。
「怪盗アルセーヌが予告状を出したって!」
驚いてネットニュースを確かめて見ればトップに載っていた。
『6月11日午後8時、空を削り取るものを頂きに参上致します。
怪盗アルセーヌ』
スカイクレーパーと呼ばれるセレスタイトは確かに6月11日に展示される。その名に相応しく高層ビルの最上階に展示されると言う。怪盗アルセーヌの次なる獲物はそれらしい。
それにしても今月に入ってから犯行頻度が跳ね上がっている気がする。もう3件目にもなるのだ。
(焦っている…?)
そう感じざるをえなかった。
◇◆
「それでコトドリ、守備はどうなの?」
「ご心配なく、尻尾は掴みましたから。ヘロン、貴女の方こそどうなんです?」
薄暗い車中、グラマラスなプロポーションを持つ絶世の美女_ヘロンが運転席の男_コトドリに妖艶に問い掛ける。答えた男も彼女に負けず劣らずの美しい顔をしており、二人並ぶとそれはそれは絵になるだろう。
「愚問ね。私を誰だと思っているのかしら。」
「これは失礼しました。」
しかして、彼等の間に流れる空気は決して穏やかな物ではなく寧ろ険悪と言って良い程の物だ。明らかに仲良くドライブをする様な間柄ではない。彼等の間柄は平たく言えば同僚だろうか。C.C.に所属する幹部である。
「そう言えば最近話題になっていますね、怪盗アルセーヌ。貴女から見てどうです?」
「どう、ねぇ。邪魔にさえならなければどうでもいいわ。」
「へぇ。僕は少々興味が有りますが。」
「そう。」
事も無げに言い放つヘロンにコトドリは運転しながらも目を細めたがそれ以上は詮索をしなかった。
「じゃあ、“鍵”のデータの行方、頼んだわよ。」




