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黒霧と銀鍵の交錯

怪盗業を始めて早半年。何時も通り今宵の獲物、ブラックナイトと呼ばれるオニキスを華麗に盗み取ったその帰り路。事前に定めていた中継地点でアルセーヌの衣装から闇に潜む為の真っ黒な服に着替え、追手が居ない事を確認して家路についていた。

のだが、何時の間にか周囲が黒い霧に包まれていた。そしてゾクリと背筋に悪寒が走った。

まさかと思い、懐に入れていたブラックナイトを見てみるも悪化はしない。如何やらこれではないらしい。では何が原因なのか。

単純に体調不良?それとも

「近くに何かが有る…?」

ならば放ってはおけない。霧で視界は悪いが幸い土地勘がある。記憶を頼りに探索する事は可能だった。道なりに進み何件かの角を通り過ぎた時、

「…っぅ…」

一気に体が重くなり酷い悪寒に襲われた。確実にこの方向に何かが有ると分かると同時に、これ以上近付いてはならないと警鐘が鳴る。どうしたものかと頭を悩ませていれば、前方から耳障りで調子の外れたピアノの音が聞こえてきた。途端に悪寒は酷くなり耳鳴りと殴られる様な頭痛に見舞われ、堪らず電信柱に手を突いて体を支えた。

これは不味い。この音は聞いてはならない。そう思えど音は近付いて来る。両手で耳を塞ぎ電信柱に背を預けるが、音は聞こえて来る。

銃を持った人間の相手には慣れてきたが、恐らく今回の相手は違う。

所謂怪異などと呼ばれる類のものは管轄外だ。その上この体はそういった手合には過剰に、悪い方向で反応してしまうのだから尚の事。アーティファクトを持った人間が居るのではないかと迂闊に近寄った数分前の自分を殴りたくなった。これではどこぞの探偵の事をとやかく言えないだろう。

兎も角逃げなければならない。酷い悪寒と頭痛、耳鳴りとコンディションは最悪だが、逃げる事は専売特許と言っても良いくらいだ。すぐさま、周辺地図と手持ちの道具を頭に描き最適な逃走ルートを…


ズキン

最適な、ルートを…

ズキン ズキン

最、適な、ルート、を…


頭痛に邪魔され思考が纏まらない。こんな事は今までに無かった。

なんで?

どうする?

逃げないと…

どうやって?

そんな言葉がぐるぐると堂々巡りし始める。近付く音に比例して悪化する症状に耐え切れず、遂にはその場に座り込んでしまう。

それでも、


―…今考えるべきはそれではないでしょう。


恐怖と焦燥で混乱する頭を一縷の冷静さで制し状況を分析する。すると、崩れていた思考は驚く程纏まりだした。

頭痛と耳鳴りの原因は恐らくピアノの音。

思考が崩れたのは逃げる事を考えてから。

となれば、この怪異は逃げる事を許さないのではないか。ならばいっそのこと…

そう考え懐の改造銃に手を伸ばした時だった。

不意に路地から伸びて来た腕に口を押えられ、力の入らない体はいとも簡単に路地に引っ張り込まれた。警戒は怠っていなかったはずだが全く存在に気が付かなかった。驚いていると壁に背を押し付けられ、正面から両肩を押えて見降ろされる。

「なんっでこんなトコに居やがんだ!?危ねェだろ!!」

怒鳴りつけるのは聞き覚えの無い男の声。見上げれば街灯の明りが逆光になっていて顔はよく見えないが、中肉中背の成人男性がいた。そして彼は私の肩を揺さぶりながら続ける。正直辛いので止めて頂きたいが、被っている帽子で私の顔色は見えていないのだろう。

「良いか?テメェ、オレが戻るまで絶対此処動くんじゃねェぞ!分かったな!?」

「…ぅ……はい…」

辛うじてそれだけ返せば目の前の人物は立ち上がって離れて行った。


◇◆


6月某日午前0時、千代木シティビルの屋上にて、特徴的な黒いリストバンドを右手に着けた少々ガラの悪い男が双眼鏡で町を眺めていた。奇妙な特異事例、もとい怪異が毎晩の様に発生する町を黒い霧はパトロールしているのだ。

「さって~、今夜の獲物はっとー?」

双眼鏡越しに町を一望し、怪異を探し出す。この双眼鏡は特殊な技術を持つ知り合いに作って貰った、魔力や怪異と言ったものに反応してレンズに映し出してくれる優れものだ。特異事例の中には特殊な装備が無ければ観測し続けられないものも有るが、今回はそうではないらしい。

奏者の居ない動くグランドピアノを見つけてコレだなと確信し、ニヤリと口角を上げた。


肉眼でピアノを確認出来る程まで近付き四次元空間から一本の細身の剣を呼び出して構えると、リストバンドから黒色の霧が吹きだし周辺に立ち込める。

「先ずはコイツで様子見だな。」

そう斬り掛かったは良いものの、掠り傷と言えるか否かの傷しか付かなかった。どうやら相手は随分と堅いらしい。その上…

「はあ?!ちょっマジかよ!」

斬った瞬間に脱兎の如く逃げ出した。見た目からは想像も出来ない程に素早く、逃げ出した直後に気を取り直して後を追ったにも関わらず振り切られてしまった。とは言え、逃がす心算は毛頭ない。再び双眼鏡を手にして近くの住宅の屋根に飛び乗った。

それが、数十分前の話。そして、特定したヤツの位置付近に人影があったのは想定外だった。

手っ取り早く壊せそうな破壊力全振りの武器にでも持ち替えようか、なんて考えながら奇襲する為に身を潜めた路地の先に居たのだ。焦った。非常に焦ったのだ。奇襲の為、つまりヤツの進行方向から通るであろう道に先回りしてここに居る訳なのだから。

全く関係の無いところで人が死ぬのなら兎も角、自分が取り逃した獲物に誰かが殺されるのは流石に寝覚めが悪い。

慌てて座り込む(恐らく)少年を路地に引っ張り込み一方的にそこに留まるように言いくるめたのだった。まあ、蚊の鳴く様な声だが承諾の返事が来たので良しとしよう。そして少年を残し、大斧に持ち替えてタイミング良く現れたグランドピアノに振りかぶった。


ゴシャッ


激しい音を立てて斧は突き刺さりグランドピアノには大きくヒビが入った。ヤツは相当苦しんでいる様で悲痛な音色を響かせる。そして、逃げ出そうと踵を反すヤツの前に回り込み退路を断つと狼狽した様子を見せた。矢張りコイツは自分から逃げようとする弱者を狙い、逆に攻撃しようとする強者からは徹底的に逃げようとする性質がある。そこまで考えて、

「あっヤッベ…」

自分とヤツ、そして少年の立ち位置が不味い事に気が付いた。ヤツの元の進行方向から奇襲をしかけ、逃げ出そうと後ろを向いたヤツの前に回り込んだのだ。当然今、ヤツの後方に少年が居る事になる。ならば、ヤツの取る行動は一つだ。

予想通りヤツはオレの攻撃が届く前に後ろに逃げた。思わず舌打ちをして追いかける。恐らくあと一撃で仕留められるというのに素早い後退だ。

しかし、パシュンといういやに軽い発砲音と同時にヤツは途中でピタリと動きを止めた。

何事かと不思議に思ったが距離を詰めれば納得がいった。ピアノ越しに先程の路地から銃口のが覗いているのが見えたからだ。随分と低い位置だ。恐らく座りながら構えているのだろう。

(アイツただの一般人じゃなかったのかよ!?)

別の問題が出て来た気はするが、今は無視だ。こんなチャンスを逃す程バカではない。渾身の力で大斧を振り抜けばグランドピアノはガラガラと崩れ、やがて靄となって消え去った。

大斧を四次元に収納し少年の元へ行けば、彼は力なく銃を下ろした。地面に刺さるトランプカードと彼の持つ変わった拳銃を見比べて成程と納得した。そういえば今日は彼の犯行日だとニュースでやっていたな、と。偶々逃走経路と被った訳だ。

「おい、怪盗アルセーヌ。帰るならとっとと帰んな。」

仕方なくカードを拾ってやり、肩を軽く叩くが反応が無い。ヤツの音にやられていただけならヤツが消えた時点で回復している筈なのだが。

妙に思って帽子を取って顔を見れば酷く青白い顔で、辛うじて薄く開かれた目が此方を覗いていた。怪我をしている様子は無い。その上しっかりと犯行を行った後だとすると元からの体調不良の線も薄い。とすれば…

「お前、“判る”タイプか?」

確信を持って問えば何の事か分かったのだろう。コクリと小さく頷かれて、思わず溜息が出た。極稀に居るのだ、こう言う怪異やら魔力やらを変に感知出来てしまう人間は。俗に言う霊感に近しいものだろう。彼はそれが物凄く悪い方に作用してしまう体質らしい。

(って事はコイツもしかしてオレの霧にまで反応したんじゃ…)

ならばこれだけぐったりしているのも頷ける。まともに口もきけない程に衰弱している恩人の孫を放っておく訳にもいくまい。

「アディントンで良いな?」

と聞きはしたものの返答を待たずに抱きかかえ、近くに停めておいた車の助手席に放り込んだ。抵抗らしい抵抗もされず、男とは思えない程に軽かった為に楽ではあったが少々心配になった。


「……どうして、ですか…?」

車を発進させて少し経った頃、不意に隣の少年が口を開いた。まだ少し弱々しいが芯のある怜悧な声。

「テメェにゃ関係ねェよ。」

見向きもせず自分でも驚く程ぶっきらぼうに返したが、本当に関係無いのだ。少なくとも()()の怪盗アルセーヌには。此方の意図を察して諦めたのか、思考を回す余裕が無いのか、あるいは興味を無くしたのか。理由は何でも構わないが彼は呟いた。

「そうですか。…有難う御座いました。」

「おう、その体であんまこっちに首突っ込むなよ。」

柄にもなく忠告しておく。先代が引継ぎをせず、博士も口を噤んだ理由はこれだろう。なんなら彼等からすればこの状況は不本意なのではないかとすら思える。それきり会話も無く車を走らせ、喫茶アディントンに着いたのは午前1時頃。ふらつく彼の体を支えてやり、CLOSEDの看板を無視して中に入った。

案の定店内に居た博士は俺…ではなくアルセーヌの姿を見てぎょっとした様子で駆け寄って来た。簡単に事情を説明してやれば安堵と心配が入り混じった複雑な表情の博士が預かると言うのでそのまま引渡し、俺は再びパトロールに戻ったのだった。

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