家達探偵の諸事情 3
尊音さんにリビングまで通されて、話をすることになった。
「先ずはこの人を紹介しなくちゃね。」
全員が椅子に座ったところで櫻井さんは男に目を向けた。彼はその意図を汲んだのだろう。
「俺は伊狩 祐丞だ。訳有ってここに居候させて貰っている。」
と端的に自己紹介をした。そして、俺は八恵さんからの依頼とその顛末を話した。彼女の最期を尊音さんは涙ながらに聞いていた。
「…そう、そんな事が有ったのね。…あの子が私に託したものを確認したいのだけど…良いかしら。」
「ええ、構いませんよ。」
ペンダントを尊音さんに渡すと、彼女はカチャカチャとペンダントトップを弄り出した。何をしているのだろうかと疑問に思って見ていると、カチッと言う音と共にUSB端子が出て来た。そして彼女はパッと顔を明るくした。
「やっぱり…!祐丞さん、パソコンを持って来てくれるかしら?」
「彼の前で見るのかい?」
「ええ、巻き込んでしまった以上、彼には最低限知る権利があるでしょう?勿論、内容によっては見せられないのだけど…」
「…はぁ、分かったよ。」
溜息を吐き、渋々といった様子でパソコンを取に部屋を出た伊狩さんは、どうやら尊音さんに頭が上がらないところが有るらしい。彼が出て行ったのを見計らって彼女が心配そうに話し掛けて来る。
「ねえ、探偵さん。貴方は彼等に顔を見られたりしていない?大丈夫?」
「ええ、恐らくは大丈夫ですよ。」
「そう、良かった。もし彼等の関係で何かあったら祐丞さんを頼ると良いわ。きっと保護してくれるから。彼、ああ見えて優しいのよ?私の我儘もよく聞いてくれるし。」
ふわりと微笑む彼女の真意は読み難い。しかし、彼女が友好的に接してくれている事は分かった。
「持ってきたぞ。ドクター。」
「有難う。」
そうこうしているうちに伊狩さんがノートパソコンを片手に戻って来た。セッティングを済ませると、尊音さんは早速USBを差し込み中身を確認し出した。向かい側に座っている為、此方から見る事は出来ないが、“内容によっては見せられない”と先んじて断られていた為大人しく待つ事にする。真剣に画面に目を走らせる様子を見るに、結構な量のデータが入っているらしい。
待つ事数分。
「そういう事ね…」
そう呟いて不意に彼女が視線を上げた。そして、申し訳なさそうに眉を下げて此方を見た。どうやら確認し終えたようだ。
「ごめんなさい。やっぱりデータは見せられないわ。」
「いえいえ、依頼人のプライバシーに関わる事ですから。謝らなくて大丈夫ですよ。」
「そっか、良かった。…なら、私からも依頼して良いかしら。」
「どうぞ。」
遠慮がちに切り出した彼女に続きを促した。これを断れば、助けられなかった彼女の意思を無駄にする様に思えてしまったから。
「人を探して欲しいの。と言っても名前も居場所も分からなくて大体の見た目しか分からないのだけど…
銀色の瞳か髪を持っている…恐らく女性。年齢は十代だと思うわ。二十歳は超えていないと断言出来る。多分、日本国内に居るとは思うけれど…この条件だけで探せるかしら?」
彼女は不安に揺れる瞳で此方を見据える。確かに厳しい条件だ。でも、引き受けると決めたのだから答えは決まっている。
「時間は掛かるかもしれませんが、必ず探してみせます。」
「有難う。正確にはこの子を安全な所に保護したいのよね。…でもそうね、見つけたら私に連絡して。そしたら祐丞さんが保護してくれるから。…ね?」
嬉しそうに微笑んだ後、伊狩さんを見上げた尊音さん。そんな彼女に伊狩さんは力強く頷いた。
「ああ、これはある意味国際問題だからな。それと巻き込んでしまった以上は君にも触り程度の情報は必要だろう。」
「…え?」
(今、何と?……こくさいもんだい…国際問題…?)
想定以上に規模の大きい事態に首を突っ込んだ事に今更気が付き頭を抱えたくなった。しかし、もう後戻りは出来ないだろう。腹をくくって彼等の話を聞く事にした。
「先ずは俺達の立場からだな。俺はFBI捜査官で、こちらのドクター櫻井は捜査協力者であり保護対象だ。」
「…はい?FBIって連邦捜査局ですよね?どうして国外に…?」
言外になんでアメリカの警察組織が?そもそも国外で活動するのって中央情報局じゃなかったか?と言う疑問を滲ませて問えば、この反応は想定されていた様で彼は淀みなく答えてくれた。
「当然の疑問だな。まあ簡単に言えば合衆国内で問題を起こす輩の親玉がこの国に居るからだ。それに、CIAも動いていない訳じゃあないさ。」
「成程…」
少々暈されている気はするが取り敢えずはそういう事だと納得しておこう。此方には言えない内部の問題が有るのだろう。
「で、だ。捜索対象を組織_C.C.より先に見つけ出し保護する事が目標だ。とは言え、櫻井 八恵がこうして命がけでデータを我々に届けてくれたお陰で、恐らく組織は捜索対象の容姿はおろか対象が人間である事も分かっていないだろうが。…しかし驚いたな。まさか人間だったとは。」
「そう?寧ろ私は納得だったわ。」
「…どういう事です?」
今の言い方からして彼等は元々何かを探していたが、それが何なのかすら把握して居なかったという事になる。それが、ペンダントに入っていたデータで人間である事が判明した、と。つまり、そのC.C.に拉致されていた人物とかではない訳だ。では何を探しているのか…
「ああ、これは言っておいた方が捜しやすいか。元々、我々が捜していたのはC.C.が襲撃したとある研究所から持ち去られた物だったんだ。それが兵器だとも言われていたからな。」
「あら、人であってもある意味兵器と呼べるかもしれないわよ?もしあそこの研究成果を記憶していたら…」
「成程そういう…ん?じゃあもしかして児童養護施設をあたった方が早いですかね。」
恐らく持ち去られたと言うより、逃がされたと言う方がニュアンスとしては正しいのではないか。襲撃されたというのを言葉通り受け取るのならとても危険な状況だ。その際、誰かしらが偶々来ていた研究者の子供を抱えて逃げたところを見ていた者が何かを持ち去ったと誤認した。そう考えるなら子供は随分と幼い筈だ。もしかしたら研究所に福利厚生として幼児を預かる施設でもあったのかもしれない。
そう推測を立てて提案してみれば尊音さんは納得した様に頷いた。
「確かにそうかも…襲撃があったのが11年前だから、そのくらいの時期に預けられている子ね。」
「分かりました。一旦その線で追ってみます。」
だから捜索対象は十代だった訳だ、と納得して承諾したのだった。
◇◆
依頼を受けてから約3か月。全くと言って良い程進展が無かった。
銀色の瞳か髪、十代、女性、日本在住……
実を言うと女性と言う要素さえなければ候補は居るのだ。まあ、詳しい居場所も本名も分からないが。
―それでももし貴方が覚えていたならば。叶うのならば。どうか私の謎を解いては下さいませんか?
思い浮かべるのは月を背に舞うあの怪盗。夢の彼方_“夢境”と呼ばれる異界でその素顔を見てしまっているのだ。本質的には夢であるせいか、多少記憶がぼやけてしまっているが、あの美しい月の様な銀の双眸は目に焼き付いて離れない。その時の彼の振舞いも踏まえれば恐らく十代後半だと推測できる。そして、彼の活動範囲が現在は日本国内であることから当然日本在住だろう。
彼を捕まえたいのは個人的興味も勿論あるが、この問題もあったのだ。当の彼は此方の事情など知る由も無いのだから、話す暇すらくれずに逃げ去ってしまうので彼についての進展も無い。
どうしたものかと考えていると、ハッと思い出す。
(そう言や小林さんの親父さん…怪盗アルセーヌの専任とか言われるくらいには奴の現場に行ってた人だったな…)
俺の推察が正しければ今の怪盗アルセーヌは代替わりしている事になるのだが、先代の事が分かれば彼に近付けるかもしれない。




