家達探偵の諸事情 2
引き返して依頼人の実家まで戻って来る頃には20時を回っていた。
彼女があの後何処へ行ったのかは分からない。先ずは家の周りから調べようと庭先から見て回る。踏み荒らされた形跡が有る事から、あの後誰かが此処へ来た事は確からしい。
玄関から中を見れば、複数人が土足で踏み入った足跡。
(強盗か?…否、櫻井さんが予測していた刺客じゃないか?だとしたら…)
緊張が走る。
息を潜めて聞き耳を立てるが、静まり返っている。特別耳が良いわけではないから玄関からでは全てを把握出来ない。油断はせず、成るべく音を立てない様に奥へ進む。流石に靴を玄関に置いておくわけにはいかず、手に持っている。書斎に直行したのは一種の予感だったのかもしれない。しかしてそれは正解だった。
慎重に扉を開き中へ。
目を見開いた。
そこには、凄惨な光景が広がっていた。
夥しい程の血を流し本棚に力なく体を預けている女性は、見間違いようもなく一時間前に別れた彼女だ。明らかに致命傷を負っている。間に合わなかったのだ。
そんな事は分かっている。しかし、最後の希望に縋って駆け寄ってしまうのは諦めたくないからだ。焦燥のままに服が汚れるのも構わず血だまりに膝を突いて手を伸ばす。
「櫻井さん!櫻井さん!!」
脈や呼吸を確認しながら呼び掛ければ、僅かに開いていた目の焦点が自分に結ばれた。そして、僅かながらにその目が見開かれた。
まだ、生きている。
右大腿、脇腹、左上腕にそれぞれ銃創が見られる。とにかく出血量が多いが、止血してすぐにでも病院に行けばまだ助かるのではないか。そう思って何か止血に使える物が無いかと自分の持ち物を探る。すると、彼女が動いた。緩慢な動作で被っていたキャスケットを俺の頭に乗せたのだ。
「…え?何を…」
意図を読めずに戸惑い、彼女を見ると痛みに顔を歪めながら人差し指を唇に当てていた。そして、彼女は弱々しく震える声で言った。
「…お願い、にげ、て……とど、けて。彼、等、が…来る、前に……」
「でも、貴女は…」
言葉が続かなかった。彼女が力なく首を横に振ったから。それは、彼女は助かる気が無いと言う事。
悔しさに、やるせなさに歯を食いしばった。
迫り来る足音に逃げる以外の選択肢が無かった。彼女を置いて窓から外に出て靴を履くと、少し離れた所からスマホのカメラアプリで書斎の窓をアップにして録画した。勿論、窓から此方が見えない民家の塀の角からカメラだけを出すかたちにして。二人の黒い服の男が入って来たのがはっきり映った所で録画を止め、離れる為にがむしゃらに走った。もう家が見えない所まで来ると呼吸を整える間も無く馴染みの警察官に電話を掛けた。
「遅くにすみません、浅井警部っ」
『どうしたんだね?家達君。』
「…はあっはあっ、今、銃で撃たれた人を発見して…」
とこれまでの経緯を端的に説明する。浅井警部は驚きながらも最後まで話を聞いてくれた。
『事情は分かった。すぐに其方に向かう。到着次第連絡するから君は離れた安全な場所に居てくれ。良いね?』
「はい。」
電話が切れる。これ以上出来る事も無い為、警部の指示に従う事にした。とは言え、此処に留まったところで安全とは限らない。近くに交番が有れば良いのだが…マップアプリで調べてみると少し遠い。コンビニの方が近い様だ。とは言え何方も同じ方向に有る為、取り合えずは交番へ向けて走り出した。厳しい寒さの中、15分程掛けてコンビニに辿り着く。先程までは危機感からの興奮で感じていなかった寒さに身を震わせる。
(さっみい~…やっぱコンビニで少し暖を取った方が良いか。)
そう思ってコンビニの自動ドアを通った。
寒さが和らいだ事、警察が動いてくれた事、人目の有る明るい場所まで来られた事で多少安心出来たのか肩の力が抜けた。それと同時に襲い掛かって来るのは罪悪感。
置いて来てしまった。
見捨てた。
__また、助けられなかった。
それだけではない。未然に防げたかもしれないのだ。
思い返せば彼女の態度には“命を狙われている”と察せられる様な素振りが有った。
執拗に周囲を確認していたのは追手に見られて居ないか心配だった為。
帽子を目深に被っていたのは追手に見つからない様にする為。
急いでいたのは命を狙われている事を自覚していた為。
こんな回りくどいやり方をしたも多くを語らなかったのも俺や彼女の姉を巻き込み殺される事を防ぐ為。
判断材料は有った。怪しむべき点は幾らでも有った。にも関わらず俺は彼女が被害者になる事を予測出来なかった。
後悔と罪悪感に苛まれ立ち尽くしていると、不意に着信が入った。浅井警部からだ。
「はい、家達です。」
『おお、無事かね?家達君。』
「ええ、今近くのコンビニに居ます。」
『分かった。そこで待っていてくれ。くれぐれも一人で行動するんじゃあないぞ。』
「分かってますよ、警部。」
それから警部達に保護され、数日に渡り事情聴取が行われた。
依頼の事、共に行動していた時の彼女の様子を伝え、録画した犯人と思われる男の映像を証拠として提出した。代わりに警察が踏み入った時の状況を教えて貰った。捜査に加えてくれないかと願い出たものの、当然の如く却下された。
それならば、独自に調べようとも思ったが、彼女からの依頼は未だ達成出来ていない。彼女の無念を晴らすなら其方を優先するべきだろう。
そう結論付けて後日、日記帳に書かれていた住所に向かう事に決めた。
◇◆
とある休日の昼下がり。櫻井さんの日記帳とペンダントを持ってとある民家の前に来ていた。ごく普通の二階建ての一軒家、それが日記帳に書かれていた住所の示す場所だった。
チャイムを鳴らそうかと玄関前まで行くと後ろから声を掛けられた。
「君、うちに何か用かい?」
振り返るとそこには、レザージャケットを来た大柄な男が立っていた。純粋な疑問を投げ掛ける声色と異なり此方を見据える瞳には警戒の色が滲んでいる。隙の無い出で立ちも相まって只者では無いと思わせる気迫がある。しかし、ここで気圧される訳にはいかない。その目を真っ直ぐに見据えながら要件を伝える。
「僕は探偵の家達 律槿です。此処には櫻井 尊音さんを訪ねて来たのですが、ご存知有りませんか?」
そう聞いた途端に彼の警戒心が跳ね上がった。正確には櫻井さんの名前を出した時に。
(何か知ってるな。)
そう確信した。しかし、彼は
「そんな奴はこの辺りには住んでいない。帰ってくれるかい?」
と早々に追い返そうとしてきた。あからさまな態度に彼が櫻井さんを守ろうとしている意思を感じた。俺が彼女を狙う何者かと関係していると勘違いされているのだろう。ならば、素直に事情を話した方が良さそうだ。
「彼女の妹さん、八恵さんからの依頼でこれを届けに来たんです。僕は貴方が考えている様な人物ではありません。」
鞄から預かっていたペンダントを取り出して見せた。その時、ガチャリと玄関扉が開いた。そして、そこから飛び出して来たのは…
「今、八恵ちゃんって言った!?」
恐らく10歳にも満たないであろう背格好の少女だった。それも手掛かりとして貰った写真と瓜二つの。彼女は必至の剣幕で此方に詰め寄って見上げて来た。
「探偵さん、八恵ちゃんからの依頼って本当なの!?」
「え、ええ。」
矢継ぎ早に質問をする彼女に思考が追い付かなかったがなんとか肯定を返す。背後の男も一瞬固まっていたが、すぐさま焦った様子で彼女の前に割り込んだ。
「どうして出て来た!アンタも危険だと分かっているだろう!」
「でも…!彼とは話をする必要が有るわ。ペンダントを持っているなら尚更よ。」
先に冷静さを取り戻したのは少女の方で、彼女の視線は俺が持つペンダントに向いていた。すかさず男も反論する。
「俺がペンダントを受け取れば良いだけだろう。アンタが危険を冒す必要は無い。」
「ダメよ。私は彼と話がしたいもの。」
「……」
「……」
「…分かったよ。」
断固として譲らない少女に折れたのは男の方だった。その返答に少女は満足げににっこりと笑った。
「改めまして、私は櫻井 尊音。探偵さん、お話を聞かせて貰えないかしら?」
「はい。勿論です。」




