家達探偵の諸事情 1
「…どーすっかなー、これ……」
手に持って眺めるのはペンダント。あの時託されたこれを誰に渡すべきなのかを突き止めなければならない。
とある休日の昼下がり、自室の机に頬杖を突いて思い出すのは数か月前。突き刺すような寒さと血の臭いは未だに忘れられない。
◇◆
始まりは探し人の依頼だった。
二月上旬。とある休日に依頼人が指定した喫茶店へと足を運んでいた。奥まったボックス席で依頼人を待っていると、黒いダッフルコートに身を包んだ女性がセミロングの黒髪を揺らしながら店に入って来た。歳は20代くらいだろうか、黒いキャスケットを目深に被っているのがどうにも浮いて見える。何処か挙動不審な彼女は店内をキョロキョロと見回し、やがて俺を目に留めると速足で此方へやって来た。そして、真直ぐ俺の顔を見て問い掛けて来た。
「あ、あの、家達 律槿さん、ですよね…?」
「はい。家達 律槿です。依頼人の櫻井 八恵さんですね?どうぞ座って下さい。」
笑顔で着席を促すと彼女は向かいの席に腰掛けた。周りの目が気になるのか落ち着かない様子の彼女に目を細める。
「どうかされましたか?」
「い、いえ…依頼に関してなんですが…」
少々強引に話を進めようとする彼女に違和感を覚えつつも飲み物を注文してから話を聞く。依頼内容は至ってシンプル。
6年前から連絡の取れない姉、櫻井 尊音を探して欲しいと言うもの。手掛かりは幼い頃の写真と実家の住所、それからペンダント。
「このペンダントは?」
「姉とお揃いなんです。オーダーメイドだから分かり易いかと…持っていて頂いて構いません。」
「良いんですか?」
「はい。大切に扱って頂ければ。」
「分かりました。手掛かりとしてお預かりします。他に、お姉さんの行きそうな場所や人間関係等はご存じ有りませんか?」
提示された手掛かりの少なさから他に心当たりが無いか聞いてみる。
「…えーっと、ごめんなさい。分からないです。…でも、もしかしたら実家に行けば何か分かるかも。」
「そうですか。では後日ご実家に…」
「いえ、今日来て頂ければ!」
食い気味にそう言った彼女はとても焦っている様に見える。それに、彼女は姉を探して欲しいと言うわりには多くを語らない。何か隠したい事情が有りそうだ。ここは一度彼女の話に乗って実家へ行き、そこで詳細を聞くべきかもしれない。
何故だかこの依頼がただの人探しでは終わらない気がした。
「分かりました。ご実家への案内をお願い致します。」
◇◆
「此処ですか?」
「はい。少し前まで親戚が管理してくれていたみたいなんですが、今は…」
櫻井さんの実家は千代木町から数駅先の田舎町に有った。診療所を営んでいた様だが、今は畳んでしまっているらしい。それにしても管理していたのは親戚か。
「そういえばご両親はどうされました?」
「…もう、この世には…」
「そうでしたか。すみません。」
「いえ…」
気まずい雰囲気になりつつも、彼女は中へ入るよう促してくる。やはり、彼女は何処まで話すべきかを考えあぐねているのだろう。両親の事も此方が聞くまで話す気は無かった様に思える。彼女の様子を気にかけつつ、その後ろを着いて行く。広い一軒家だが、診療所部分が大きく生活用の部屋は多くない。更に、尊音さんがよく出入りしていたのは自室、居間、書斎の三部屋らしく、そこに絞って調査する事にした。
先ずは一番近い居間。
奥手にキッチン、その前には食事を摂る為の四人掛けのテーブル。手前にはソファーやテレビがある。ごく普通な四人家族のリビングルームだ。管理が行き届いていないというのは事実な様で薄く埃が積もっている。暫く生活していなかった事が察せられるだけで特に気になる物は無かった。
次に尊音さんの自室。
女の子らしい色合いの家具が並ぶ部屋。一見、異常は見られない様に思ったが、ふと勉強机に目が行った。並んでいた教科書を幾つか見てみれば違和感に気が付いた。
「櫻井さん、お姉さんは24歳で、連絡が取れなくなったのは6年前で合ってますよね。」
「…え?はい、そうです。」
「…成程。では、ご実家を出られたのは何時ですか?」
「えーっと…」
彼女は視線を彷徨わせる。これは答えられないのだろうか。
此処に並んでいる教科書は小学校で習う様な内容の物しか無い。24歳の女性が6年前に失踪したと言うならば当時は18歳。その年の女性が中学校以降の教科書は全て捨てているのに、わざわざ小学校の教科書を並べているのは異様だ。小学生の時に亡くなっている、もしくは此処から離れていると言われれば納得出来るのだが…
「櫻井さん、貴女の協力が無ければ僕にもお姉さんを見つける事は出来ません。知っている事を教えて下さい。」
彼女の目を見つめ、真摯に頼む。誤魔化しを許さない様に。彼女が本気で姉を探したいと思っているのか確かめる為に。
「本当は一度引っ越しをしています。小学生の時に。…でも、姉が戻って来るならこっちだと思ったので。…すみません。」
と彼女は頭を下げる。仕草からしてこの言葉に嘘ではなさそうだ。
「分かりました。…書斎に案内して頂けますか?」
「はい。此方です。」
案内された書斎は壁は本棚で埋め尽くされ、机と椅子が一組ある。広くはないものの、壁一面となればかなりの蔵書数だ。手分けして見てみる事にした。勿論、彼女の様子を伺いつつ。
暫く本棚を探索していると、一冊の真新しいリングノートを見つけた。抜き取って見ると表紙には“diary”の文字。勝手に見るのもはばかられる物だ。が、これは強力な手掛かりになり得るかもしれない。誰の物かを確かめる為にも少し読んでみようと表紙を捲ると、ヒラリと一枚の紙片が落ちる。拾って見れば手書きで書かれた三行の0と1の羅列。恐らくこれは二進数だろうと当たりをつけてスマホで対応表を調べる。最初の一行が“090”である事が分かりこれが電話番号を表しているのではないかと思った。
(しかし妙だな。なんでこんな暗号にしてんだ?ストレートに伝えられない理由が有るって事だろうけど…まるで逃げ隠れするスパイか何かみてえだな。)
なんて非現実的な事を考えて、思考が脱線している事に気が付く。頭を振って暗号解読に思考を切り替える。そして、導き出された電話番号をメモしておく。
「あの、何か手掛かりは有りましたか?」
「ええ、この日記帳とメモなんですが…メモの方は電話番号のようです。この番号にお心当たりは?」
不安げに問い掛けてきた櫻井さんに見つけた物を見せるが、彼女は首を横に振った。危険は有るが掛けてみるしかないだろう。
さて、鬼が出るか蛇が出るかと思い電話アプリを開いたが、ふと目に入った時計は19時を指している。思った以上に時間が経っていたらしい。依頼人が女性である事を考えると今日のところは調査を切り上げた方が良いかもしれない。
「櫻井さん、今日のところは一旦切り上げましょう。僕の方でも少し調べてみますので。」
「そう、ですね。貴方も学生さんですし…ここまで付き合って頂き有難う御座いました。」
「分かった事が有れば依頼頂いたメールアドレスに連絡しますね。」
「はい。お願いします。」
自分から切り出してみれば、焦っている割には案外すんなりと今日は帰宅する事になった。そして、彼女の現住居はこの辺りだというので玄関先で別れる事になった。
◇◆
帰宅中の電車内、流れで持って帰って来てしまったリングノートをどうしようかと眺めていた。手掛かりになる可能性が高いのだから見ないという選択肢は無い。問題は依頼人に確認を取っていない事なのだが…あの依頼人を信用して良いものか甚だ疑問に思ってしまうのだ。
暫しの葛藤の末、結局俺はそのページを開く事にした。
そこに書かれていたのは日記などではなかった。水滴で所々滲み、震えた文字で書かれたこれはきっと遺書だ。
『騙してごめんなさい。成るべく人を巻き込まないためにこんな方法をとらせて頂きました。
どうか、姉にそのペンダントを届けて下さい。お願い致します。
報酬は勝手ながら先んじて振り込ませて頂きました。私はきっと消されるでしょう。それでも、あれさえ届けて頂ければ悔いは無いのです。
どうか、どうか、お願いします。』
そして、次のページにはとある住所が書かれていた。
衝撃のあまり、目を見開き立ち上がってしまった。痛い程に周囲の視線を感じて席に座るが、頭の中はそれどころではない。
彼女はとっくに姉の居場所を知っていたという事か?
ならば何故、自分で届けに行かなかったのか?
何者かに命を狙われているから?
様々な事柄が頭の中を巡るが一つ言える事は、このまま放っておけば彼女は命を落としてしまうだろうと言う事。
助けなければ。
取るべき行動は一つだった。俺は次の駅電車を降り、引き返した。




