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怪盗アルセーヌ

『明日、午前0時に太陽の煌きを頂きに参上致します。

                     怪盗アルセーヌ』


宝石展と警察に届いた、世を賑わす大胆不敵で正体不明な大怪盗からの予告状である。


国際指名手配犯、怪盗アルセーヌ。

華麗で愉快なパフォーマンスと共に盗みを働き、警察を手玉に取って逃げ果せる。誰もその素顔を見た事は無く、ミステリアスで紳士的な立ち振る舞いとキザな台詞は女性にはとても好評だ。そして、彼の現場で血が流れた事は一度たりとも無く、タイミングはまちまちだが盗まれたものは必ず()()()所有者の元に戻って来る。不当に搾取された物ならば元々持っていた人物の所へその不当性を裏付ける証拠と共に返すと言う義賊じみた行動まで明らかになっているというのだ。窃盗は犯罪。しかし、彼に一定のファンが居るのも事実だった。


さて、そんな彼からの予告状を気にしているのは警察や宝石展だけではない。

「ねえ!聞いてるの!?(みどり)!」

「へいへい、聞いてますよー」

二月初旬の教室、千代木高校一年A組。スマホでニュースサイトを見ている小柄で少し長めの髪を後ろでちょこんと結っている男子生徒は在瀬 翠(あるせ みどり)。細くしなやかな肢体や指先、幼さを残しつつも整った中性的な顔立ちのお陰で制服を着ていなければ女の子にも間違えられたかもしれない。

彼に話し掛け、セミロングの茶髪を揺らし頬を膨らませる女子生徒は小林 佳澄(こばやし かすみ)。天真爛漫を絵に描いた様な可愛らしい少女だ。

幼馴染同士の彼等はクラスではよく目立つ。

「で?何だっけ?」

「もう!やっぱり聞いてなかったんじゃない。怪盗アルセーヌの予告が有るでしょ。お父さん、宝石展の方から依頼されて今夜泊まり込むんだって。警察官だった時にアルセーヌの現場担当してたからすっかり頼りにされちゃって。お弁当届けに行くんだけど…一人じゃ危ないから翠と一緒に来てって言われたの。」

それを聞いた在瀬は揶揄う様にケラケラと笑う。

「一人じゃこえーのか?夜は暗いもんな~」

「ち、違うもん!私一人でも行けるもん!」

むきになる佳澄に更に笑みを深める。しかし、在瀬は流石に女の子を遅い時間に一人で歩かせる訳にはいかないと判断した。

「じょーだんだよ。しゃーねえから付いて行ってやるよ。」

「ほんと?良かった~。」

佳澄はあからさまにほっとした表情になる。

そんな会話をしていると担任の女性教師が教室に入って来た。

「はーい席に着いて。ホームルームを始めます。」


◇◆


時は過ぎて20時。

小規模ながらもずらりと並ぶ宝石のケースは壮観である。そして、今回の目玉であり怪盗アルセーヌの目標でもある“太陽の輝き”と呼ばれる大振りの煌くばかりのペリドットのために多くの警備が費やされている。

指揮を執るのは坂口 成史(さかぐち せいじ)と言う30代の警部。きっちりと七三に分けられた髪とスクエアの眼鏡は彼の真面目な性格を表している様だ。

彼に助言を求められているスーツを着込んだ40代後半の男性が佳澄の父である小林 佳一(こばやし けいいち)だ。二人は小林が警部として怪盗アルセーヌの現場を担当していた時代の先輩後輩の関係だったのだ。

閉館間近の其処へ制服姿の二人の男女が訪れた。

「お父さーん!お弁当届けに来たよー!」

「どうも!おじさん。」

佳澄が髪を揺らして父に駆け寄るとピリついていた空気が少し和やかになった。翠はその後ろから手を振りながら歩いて来ていた。

そんな二人に小林がにこやかに対応する。

「おお、来てくれたのか。佳澄。それに翠君も。何時も助かってるよ。」

彼がお弁当を受け取った後、学生二人は時間が遅いからと帰るよう促され、その場を後にした。


◇◆


午前0時。予告の時間はやって来た。

緊張と警戒でひりつく空気の中、それは現れた。

「Ladies and gentleman‼今宵のショーも是非お楽しみください。」

何処からか若い男の声が響く。その声の主を皆が館内を見回して探す。それが入口付近に張り付けられていた小さなスピーカーからだと判明する。が…

「アルセーヌだ!」

誰かが叫んだ。声に気を取られ過ぎていたのだろう。何時の間にか“太陽の輝き”のケースの上に彼は姿を現していた。

黒いシルクハットに燕尾服、マント、見えずらいが目元にはドミノマスク。時代錯誤も甚だしい服装。

それは紛れもなく怪盗アルセーヌだった。

「なっ!いつの間に!?…捕らえろー!!」

動揺した坂口警部であったが部下達に指示を出す。慌てて捕らえにかかる警備員。

しかし、佇む怪盗から突如として白い煙が噴出し、瞬く間に展示室を覆い尽くしてしまった。

驚き混乱する警備員達に鋭い声が飛ぶ。

「いつもの煙幕だ!怯むな!」

それに応じるように再び動き出す警備員達だったが、如何せん視界が悪い。どうしても警備員同士で揉みくちゃになってしまっていた。そんな混乱の中、入口へと駆ける影に気が付いたのは小林だけであった。彼がその影を追えば開いた扉の前、月明かりに照らされた姿が見えた。待ち構えていた様で小林を一瞥すると彼は優雅にお辞儀をして口を開いた。

「今宵もお楽しみ頂けたようで何よりです、小林警部。…(いや)、今は小林探偵とお呼びするべきでしたね。それでは…」

「待て!」

「また次のショーでお会い致しましょう。」

その腕を掴む間もなく、彼が何時の間にか手にしていた小さな球状の物を地面に叩きつける。煙幕だ。屋外と言う事もあってすぐに晴れたものの、既に彼は姿を消していた。

遅れて館内の報告が聞こえてくる。“太陽の輝き”が無くなっている事、最初にケースの上に立っていたのはダミー人形だった事。

一ヶ月前に再び世に姿を現した怪盗は約6年ものブランクを感じさせない程華麗に宝石を持ち去ったのだった。


警察の手から鮮やかに逃れた怪盗はこのまま家路に就こうと考えていた。しかし、刺す様な殺気が向けられている事に気付き体をよじった。

背後から迫る弾丸が僅かに頬を掠める。撃たれたのだと判断出来たのは殆ど直観だった。振り返ればそこには真っ黒な恰好をした男が拳銃を向けて来ていた。

「その宝石を寄越せ。怪盗アルセーヌ。」

「今宵も随分と物騒なお客様ですねぇ。しかし、これは渡せません。」

「ならば、死ねえ!」


キンッ


拳銃が、コインに弾かれる。

男が撃鉄を起こす前に怪盗が手に持った改造銃で男の拳銃を撃ったのだ。拳銃が男の手から離れた隙に、肉迫する怪盗。袖から取り出したスプレーを男に顔に向けて噴射すると自分はガスを吸わない様に距離を取る。そして、煙幕を張ってその場から逃げ去った。


◇◆


「異常無し、色の変化無し。…これもハズレか。」

朝方、自宅で盗んだ宝石を朝日に透かしながら肩を落とした。これは警部に返さなければ。自分の求めているものでは無いから。

求めているのは神秘の石“アルカナ”。どんな願いも叶えられるという伝説を持つ宝石。朝日に照らすと緑色に輝くのだとか。

何も願いを叶える力が欲しい訳ではない。

一ヶ月前に見つけた、行方不明となった父の日記に書かれていたのは父が怪盗アルセーヌとして活動していた事。そしてよくよくそれを読み解けば祖父は“アルカナ”を求める組織によって殺害された可能性が高いのだと分かった。

それを知った時、試しに予告状を出してショーを開演してみれば彼等は殺し屋を差し向けて来たのだ。

確信した。彼等が祖父の命を奪ったのだと。父が行方を晦ませたのも、彼等が原因なのだと。

そして、彼等に“アルカナ”を渡してはならないと。

だから、怪盗アルセーヌを羽織る事を決めたのだ。

だから、“アルカナ”以外は持ち主に返すのだ。

さて、切り替えなければ。今日も学校が有るのだから。


「みーどりー!ご飯出来てるよー!」

隣家の窓から自分を呼ぶ幼馴染の声がする。何時もの朝だ。家に両親が居ない俺の為に小林親子は朝夜の食事を作って共に食べるようにしてくれている。

「うーい、今行くー。」

寝不足気味な目を擦りつつ返事をする。頬の傷は絆創膏を貼っているのでドジったという事にしよう。

制服に着替えて家を出る。早朝の寒さが身に沁みた。

小林家のインターホンを鳴らせば中から「入って良いよー。」と佳澄の声。それに対して「お邪魔しまーす。」と声を掛けて中へ入った。一階部分は探偵事務所になっている為、二階のリビングの扉を開けた。そして見えた背中に声を掛けた。

「おはようございます。おじさん。」

「おはよう。翠君。」

佳一おじさんは新聞から顔を上げ振り返って笑顔で迎え入れてくれた。が、すぐに顔を険しくした。予想通りの反応だ。

「翠君、その怪我はどうしたんだね?」

「あーこれですか?ちょっとドジっちゃって。」

なんて気恥ずかしそうに頬を掻けば、信じてくれたらしい彼は呆れ半分、心配半分といった様子で小言を言う。

「全く、あまりヤンチャし過ぎるんじゃあないぞ?」

「はーい。」

温かみを感じるそれについ嬉しくなって笑顔で答える。同時に感じた騙している事への罪悪感は無視した。

そのタイミングでバタバタと慌てた足音と共に扉が開いた。其処にいるのは勿論、制服の上にばっちり防寒をした佳澄だ。

「朝練あるから先行くね!行ってきます!」

「おう。」

「いってらっしゃい。」

吹奏楽部に所属する彼女は朝練がある日は先に食事を摂って挨拶だけして家を出て行く。だから、朝食は基本的に佳一おじさんと二人で食べる事が多い。

他愛ない話をしながら朝食を食べ終わると、食器を片付けてから小林家を出る。

「行ってきます。」

「ああ、いってらっしゃい。」


この日常だけは、壊したくない。

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