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竜の負う十字架  作者: 東 吉乃
第一章 真紅の出逢い

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26.素顔・後


 千年前の大戦によって失われた高度な技術は数多に昇る。

 レイノア王家に代々伝わるという極秘の文献によってのみ、当時の姿がかろうじて伝えられている。

 それをルークが知ったのは丁度五年前、大佐になってからだった。

 その時まではラッセルと同じ時分で昇任を重ねていたから、当然ラッセルも一緒に閲覧を許可された。だからこそ、彼はより一層慎重な姿勢を見せるのだ。


 開示された内容には驚きを禁じ得なかった。

 千年の昔は優秀な動力に溢れ、飛竜を家畜化する必要など皆無だった。空を翔ける巨大な船、海中航走などが当たり前に存在し、星にさえ手が届く寸前だったと文献は語った。

 燦然と輝く過去の栄光は、戦闘の技術においても目覚ましかった。

 それらは火砲と呼ばれ、固定使用する大型のものから人が携行できる小型のものまで多岐に渡り、現代の主流である槍と剣とは比較にならない殺傷能力を有していたとされる。

 射程、威力、精度そのどれをとっても桁違い、騎兵など的にしかならず、よって戦争は金属の船が空と海を走り、大陸も装甲車が縦横無尽に走る、そんな世界だった。その金属製の構造物でさえ、大型火砲の餌食になることもあった。

 今は火薬と小型の火砲、携行銃はかろうじてあるが、大型火砲は砲身を造る為に必要な金属の採掘が現代技術では難しく、またこれの爆発に耐えうる金属の精製加工もできず、まして設計図さえも残っておらず、失われた大いなる技術の一つに数えられている。これを量産できる技術が残っていたとすれば、今の世界勢力地図は容易く塗り替えられていただろう。


 本当に、失われた遺産は枚挙に暇がない。


 とある家に残された数少ない文献ですらこれだけの技術を伝えるのに、記録されもしなかった、もしくは文献はあったが失われた技術は途方もないはずだ。


 疑問は残る。


 ファティマス大陸が、二つある竜の一族の一つアルヴァイン家本流の拠点であったことで、かろうじて文献は残っていたとされている。

 しかし拠点であるのなら、逆にこれほど文献が少ないことの理由はなぜか。

 また、なぜレイノア家にのみ極秘で伝えられていたのか。レイノア家は元は王家ではなかったのだ。誰のどんな意図で、厳重にあの薄い文献が保管されていたのだろう。

 また一方で、では前のヴァン王家はどうだったのか。

 しかし現アスガルド王は、ヴァン王家の時代には国策として竜の一族に関する研究は認められていなかったと言っていた。だからこそ極秘で保持していたのであろうが、それにしてもその理由はなんであろう。

 

 なぜ、古い王家は末裔の痕跡を消した?

 そしてなぜ、新しい王家――元は王家になる予定すらなかった家が、後生大事に末裔の痕跡を残している?


 午後の掛かりから召集された会議。

 アスガルド王のどちらともつかない表情が、ルークの脳裏を掠める。現王である彼は呟いた。「だから私は当時、最後まで反対していたのに」と。

 まだ浅い春先、暖炉に火は赤々と燃えていたにもかかわらず、部屋の空気は急激に冷えた。

 並んでいた将官の誰も、真相を訊けなかった。

 当時はまだ重臣であったレイノア家が、ヴァン王家に対して末裔狩りを止めるよう進言していたとしか読みとれない台詞だったからだ。だからこそ、最後まで誰も口に出せなかったのだ。

 正しいか否かは横に置いて、少なくとも満場一致での国策だったならば、国軍としてまだ命令の正当性にも頷ける。

 しかし、最後まで強く諫言する者がいる程度に根拠の不明確な任務だったのだとしたら、殉職した人間が浮かばれなさすぎる。それは例え、任務での殉職を織り込んだ上で兵士をやっている前提であったとしても、誇りとはかけ離れた死と同義だ。

 決して聞きたい言葉ではなかった。

 当然ルークは誰にも漏らすつもりはない。双肩にどれだけ重く圧し掛かろうと、またラッセルが相手だったとしても、だ。他の将官もおそらく同じことと思う。失望を重ねる人数は少ない方が良い。

 だが聞きたくなかった言葉には、もう一つ重大な示唆が隠されている。


 十九年前、王家とその側近しか知り得ない所で、なにがあったというのだろう。

 忠実だった重臣が、今は国の為政者にさえなっている男が、十九年を経た今でも後悔を見せるような。一体どれほどの経緯が、末裔狩りの決定が下されるまでにあったのか。


 質さねばならないような気がしている。

 間違っていたと仮定して、どれほど自分たちが間違っていたのかを見極めなければならない。そして、是正できるものなら今からでもそうすべきなのだ。たとえ殉職した者が戻ってくるわけではないと理解していたとしても。


 今さら無かったことにはできまい。

 死んだのは末裔だけではない。国軍の中にも多くの犠牲を出した任務だったのだから。


 そんなルークの心中を余所に、ラッセルが渋い顔をしている。

「もう一つ訂正するのなら、トール分隊の重騎兵は三名のはずですね」

「……そこを細かく直さんでも、彼らが化け物じみていることに変わりはない」

 ここに来て、報告のかなり最初の部分に指摘が入った。

 この辺りはラッセルの性分なので致し方ないが、一方でハーズもまた丁寧に目礼一つで返す。さすが直属の部下、どっちもどっちというか、受け流し方が板についている。

 ところが適当に流した後で、もう一つの疑問がルークの胸に浮かびあがった。

 今、自身の口で彼らゴルガソスの竜騎士がたった一分隊でも化け物じみていると言ったではないか。それなのに、急に不可解さがこみ上げる。


 あの八年間、五度に及んだヴェルド掃討作戦。

 当時も既に現在と同じ規模の竜騎兵連隊を抱えていたゴルガソスが、小さな島国に蔓延る魔獣の掃討に、なぜあれほどに手こずっていたのだろう。

 並ぶもののいない軍事力を誇るゴルガソスが、甚大な被害を被ったという背景にはなにが隠れている?


 若かった当時はさして気にも留めなかったことが、今になって随分と気にかかるのが不思議でもある。まだルークが二十代の頃に全世界が注視した作戦は始まり、その終了はとても静かだった。

 違和感がまた一つ出てきて、心が晴れない。

 晴れない理由は、違和感をあちらこちらで認めながら、そのどれもが繋がりそうで繋がらないからだ。


 先にアスガルド王が言っていた、末裔狩りを強硬に反対したということ。

 石をぶつけられた末裔。特命を抱えたゴルガソス。ヴェルド掃討も考えてみればなぜゴルガソスでなければならなかったのか、また、ゴルガソスであったにも関わらずあれほど長引いたその理由は。


 どれもが簡単な理由で信じられている。言い張れば誰も、それ以上の疑問は差しはさめない程度には、どれも広く信じられている理由がある。

 十九年もの間なにごとも無かったのに、なぜこうも立て続けに不可解なことが起こる。

 ルークが知らないだけで、本当は世界中が今まさにこの瞬間、目まぐるしく動いているのかもしれない。

 不安とも恐れともつかない感情が、ルークの腹をざらりと撫でるようだった。


「……いずれにせよ、その化け物のような分隊が末裔の護衛につくというのなら、願ったり叶ったりだ」

 ルークの呟きに、ラッセルが軽く目を瞠った。

 理由を知らないまでも、任務自体を知っていたハーズは比べて幾分落ち着いている。が、若い彼もまた、ルークの真意をそっと待っているようだった。

 その空気を感じ取り、ルークは重ねる。

「末裔狩りの部隊展開を半月遅らせる。どうやるのかと聞いたな、ラッセル」

「ええ」

「ハーズの報告で末裔の拠点は南ファティマスと断定できた。通常通りこれより一週間後に発令し、最初の一週間はレベノスを中心に北ファティマスの探索に当たらせる。レベノス市民からの目撃情報も上がっていることだ、何も不自然な点はあるまい」

 次に驚きを露にしたのはハーズだった。が、すぐに声を上げるような真似はせず、視線だけが飛んでくる。

 逡巡していることは容易に想像できる。

 自身に与えられた特命と、今まさにルークが口に出した任務とが並び立たないことにハーズは気付いている。

 矛盾する命令の意味を、平たく言って頭の良いこの部下は完全に理解しているはずだ。かといってどちらに従うべきか、しかしそれを決定するのは彼ではないこともまた、口を開かない彼は確実に理解している。

「発令までの一週間と、北ファティマス探索の一週間。これで十分な猶予になるだろう」

「ここまで首を突っ込んだからには確認させて頂きます。ハーズだけに抱え込ませておくのも酷な話です。その猶予とはつまり、末裔がトール分隊と一緒にファティマスを脱出するまでの時間という理解で間違いありませんか」

「飲み込みが早いと助かるね。片棒を担いでくれ」

 内容に反して軽すぎる応酬にさすがに肝を潰したか、ハーズがラッセルを見て、ルークを見て、難しい微妙な顔になった。

 しかしそれでも疑問を差し挟まないあたり、本当に良く空気を読んでいる。

 この明晰さはいつか必ずファティマス国軍の役に立つ時がくるだろう。当の本人を余所に、ルークは内心で安堵を覚えていた。

「二週間後を目処に南ファティマスに展開すれば、入れ違いで彼らはダイム港を使うことができる」

 大陸間を渡るような遠洋航海船の発着できる港は、北ファティマスにあるダイム港しかない。間違いなく、トール分隊はどこかで機を見極めてダイム港に滑り込んでくるはずだ。

 どう思う。

 そんな問いかけを込めてラッセルを見ると、ため息混じりの頷きが一つ返された。

「いいでしょう。それこそ乗りかかった船です」

「大佐?」

 あっさりと悪事を肯定した上官に、さすがにハーズが怪訝な顔をして見せた。

 悪事と言い切ると多少語弊はあるが、片棒を担げだの乗りかかった船だの、選ぶ言葉に遠慮はない。まあ公的な任務に反する内容であるから、褒められたものではないことは確かだ。

 ハーズのその反応は正しい。

 そして、声高に指摘する前に真意を図ろうとするその姿勢はより一層正しい。先程から逐一正しい反応を見せるハーズに、ルークは密かに上機嫌になった。

 一方でラッセルは可愛い部下を一瞥し、やれやれとでも言いたげに首を横に振る。その多少呆れたような視線は無論、ルークに縫い止められたままだ。

「心配しなくていい。お前に万が一にも不利益がないよう万事私が取り計らう。存分に特命で働きなさい」

 ラッセルがハーズに語りかける。

「……かしこまりました」

「後は、そうだな。この特命に動くことで国軍に甚大な被害が出る訳ではない。そうと分かってはいても尚、規則を逸脱する私たちを軽蔑するのは自由だ。これを果たした後、将来ハーズがやはり公務に反する特命は間違っていたと思うのなら、この経験を糧に活かせば良い」

 ルークは二人のやり取りを黙って見ていた。


 自分たちがそうであったから、当然に知っている。


 命令に対して「否」の選択肢はない。それが国軍所属という公的身分と引き換えの義務だ。

 普通に働くよりは余程恵まれた待遇は、有事に真っ先に危険を請け負うことを差し引いたとしても、当然に無条件で与えられるわけでは決してない。

 それでも敢えて先の言葉を放ったラッセルは優しいのだ。

 だから今回の件はお前の責ではないのだと明言して、どちらの思想を持つか分からない部下であっても丁寧に接する。

 幾ばくかの躊躇いを見せた後、ハーズが決然と顔を上げた。

「ブライアース大佐、私は」

 が、呼ばれたラッセルは片手で彼の部下を遮った。

「答えなくて良い。踏み絵のつもりはない」

 止められて、とうとうハーズは口を噤んだ。正しさに、またルークは唸る。

 彼は自身の主張を叫んで楽になるより、上官の厚意を受け取ることを優先した。中々素直にできる態度ではない。

「さて」

 次はあなたです、と言ってラッセルがルークに向き直った。

 早々に切り上げられた部下は、若干の消化不良そうな顔をしつつ大人しい。

「うん?」

 まだ何かあるのか。

 が、続けようとした声はラッセルに機先を制された。

「どこまで教えて頂けるか甚だ疑問ですが、言うだけタダだと思って言わせて頂きます」

「……おお」

「少なくとも人殺しは嫌だという理由だけでは弱い気がしますよ」

 選ばれた言葉は鋭利だった。

 続けて同じような鋭さで、ラッセルが切り込んでくる。

「たかが二十年やそこらで、あなたの考え方が劇的に平和主義者になったとも思っていません」

「人を掴まえてまた人聞きの悪いことを言うな」

 ラッセルの言い分だと、ルークが極悪非道だったような言い草だ。そんなことは断じてない。ないのである。だがそう言い募ってみたところで、指摘されたことは間違いではない。

 国軍に入ってからすぐに数えきれないほどの人間を手にかけてきた。

 今になって嫌だもへったくれもない、それはラッセルの指摘するとおりだ。

「確かに俺は平和主義者じゃあない」

 そういう思想に改宗していたのなら、とうの昔に国軍など辞して何某なにがしかの慈善団体を設立しているだろう。

「ではなぜ?」

 当然そのことを知っているラッセルの問い質しは手厳しい。

 突っ込みどころを押さえられていると、非常にやりづらいものだ。実際のところ、聡くて話の通りが良いのはこの幼馴染の特権だが、誤魔化すとなると途端に難しくなる。


 そして目蓋に蘇る。

 千切れたロケットペンダント、たおれた最後の末裔。


 口を開こうと試みる。

 だがルークの喉は妙に乾いていて、どれから話せば良いのか分からず、とうとうなにも言えなかった。

 いかな付き合いの長いラッセル相手とはいえ、かつてルークが不意に垣間見た真実を、今はまだ打ち明けられそうになかった。

 かろうじて首を横に二度、三度と振る。

 随分とくたびれた仕草だと自分でも分かった。途端に疲れが襲ってきて、ルークは耐えきれずに瞳を閉じた。


「――分かりました。退役までには教えてください」

 まだ何も言っていないのに、随分と早い見切りなことだ。

 そんな内容を言おうとしてやはり言えないでいる内に、つい先日も聞いたばかりの台詞を残し、ラッセルとハーズが部屋を出ていく気配があった。

 空気の流れが緩やかに起こり、やがてそれも止まる。


 暫時その場からルークは微動だにできなかった。すまない、と。ただその一言さえもが言えない程かと自嘲する。


 将官にもなって情けないことだ。

 他の大勢には大した感慨も抱かなかったくせに、なぜあの一人にだけこれほどこだわる。それとも己が心の弱さ故に、忘れられないと形容する方が正しいのか。

 ルークには分からなかった。

 


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