17
まだ陽が昇り切る前の早朝、今でこそ見慣れた厩舎にて、一人の不惑を対面に、一人の男児と一匹の珍獣が立ち並んでいた。
不惑――ロウランス・ランドの表情は硬い。
学園長という立場であるが故に、日常的に会話を交わすことは無く、僕自身がこうして対話をするのは、アリバへの潜入スカウトを持ち掛けられた時以来であった。
実際に喋ってみると、意外にも温厚である事は初見の対話で既に承知しているが、その表情は僕の姿を見るやいなや、より一層硬くなっていた。
「やはり来たか……」そう零した一抹の不安を抑えきれぬ独言には、お世辞にも喜ばれているとは言えないだろう。
それもそのはず、学園長の意向ではこの件に関しては最初から乗り気では無かったように思われる。
実際にそうだと明言されたわけではないが、バツの悪そうな表情を見れば誰もがそうだと思うだろう。
それどころかその感情はとどまるところを知らず、あまつさえ上層部に怒りを覚えているかのようにも感じ取れた。
「――いやなんだ、こちらとしても心配でな、勝手ながら期限を設けさせてもらおうと思う」
モノクルの奥に据える威光を放った瞳を閉じ、眉を顰める。苦悶した表情が止むことは無いだろう。
「君の始業式が行われるまでの二年だ。
二年が経過しても帰ってこなかった場合は死亡と見做し、即刻除籍処分とする」
閉じられた瞳が開閉したかと思えば、集中線が出るが如くの鋭い眼光で僕を見る。
「成功できなかった場合もですか?」
年相応に経験と知識を積んできた学園長にとって、アリバの脅威は僕以上に知っているだろう。
堅物に見えるが内では生徒思いな優しさを持つ学園長の事だ。どれだけ僕が力を持っていたとしても、やはり過去の経験の方が勝ってしまい、イマイチ僕を信用しきれていない。
「はなから私は求めていない。
成否関係なく、戻ってくる事を最優先として考えたまえ」
「……必ず成功させて戻ってきますよ」
僕に対する学園長の不安を払拭させるため、そう息巻いてみたは言いものの、僕自身もまた不安が拭いきれていないのが痛いところだ。
やはり未知数だからだろう。
もしも自分以上にエナジーを理解した人間がいたら?世界一とされている戦闘能力とは?
鎖国しているが故に分からないのだ。
途端に小刻みに震え出した両手は武者震いだと判断する事で自信に鼓舞を打つと、
「――何だお前、怖いのカ?」
手の震えを見て今まで一度も言葉を発する事をしなかった人馬がはばからず言い放った。
元々学園長を安心させるために放った言葉である。それが嘘だと分かるとロウランスは「すまない」と悶えるように顰め面を見せた。
「馬鹿言え、楽しみなだけだ」
絶え間なく僕は猛る。口八丁にすぎないが。
「――陽が昇り切っても面倒になるだけだ。
そろそろ行こう」
「よし乗レ」
ジョーカーの背中に跨り、エナジーで全身強化を施す。
乗馬した時の、鼓膜が破れそうになるほどの轟音と風圧に耐える為の強化だ。
この世界の住人は、その過程を無意識で行うのだが、僕の場合意識的にやらないといけないのが不便だ。
そうこうしている内に、ジョーカーは飛行を開始した。
強化を施している為、初回の時のような痛みやうるささは無いし、快適な空の旅が楽しめる。
ムドラからアリバへの道のりは、約1万km近くある。
ちなみにこれは、日本からアメリカへ行く距離と同じくらいで、時間換算すると約十時間半はかかる。
つまり、ムドラからアリバへ行くのにも約十時間三十分の時間を要するのだが、この人馬――ふざけた外見をしているわりに、速さは本物である。
だから僕が「速度を上げろ」と言うと、「分かったゼ!」と意気揚々と返事をし、異次元の速さを繰り出してくるのだ。
そうして、僕達がアリバへと到着するのには二時間もかからなかった。
正直、五時間は要すると思っていたから予定よりも格段と早い到着である。
だが――、
「あ、わりぃ、止まれないヤ」
そう言い出したジョーカーは、言葉通り速度を緩める事はなかった。――というよりかは『できなかった』の方が正しいだろう。
「おいおい、嘘だろ?」
元々、着地地点をどうしようか考えていた。
やはり、違法入国になる訳だし、無難に人里が少ない森の中にでも降りようかと思っていたのだ。
「おわぁああっ!!」
上空で急停止をした人馬と共に、激しく落下する。
幸い、エナジーにより耐久強化をいれていたので、着地時による痛みはそこまで感じなかった。
だが、問題はそこじゃない。
着地地点である。
僕が着地した場所、そこは寂れた村落だった。
地べたで倒れる僕とジョーカーを中心に、なんだなんだと怪訝な目で見下ろしている村の住民と思わしき人達が囲んでいる。
中には銛やトライデントのような武器を持っている者もいた。
瞬間、僕は思った。
――終わった。




