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 収監されている魔獣――総勢百匹を解放していく。

 目的は勿論、一対多の集団戦。


 血気盛んで獰猛な魔獣達が猛々しい雄叫びを上げながら、そろりそろりと僕を中心にして円陣を形成していた。

 360度、どこに目を遣っても魔獣の大群。

 地下牢はかなり広く、百匹も解放しているというのに余白があり、自由に駆け回れる程だ。


「グルルルルル……アガァ……」


 魔獣は数での有利からか、余裕のある舌なめずりで僕に挑発をしている。どんな状態に陥っても関係なく数の暴力で終わらせるのが狙いだろう。

 実際、その数が味方につくとなれば僕も安心すると思う、そんな気合いが魔獣達からも漏れ出ていた。


 僕もそれに対抗するように、全身でエナジーを放出する。

 コイツは極上の餌であると錯覚させる事が目的である。

 まるで獲物を仕留めるかのように眼の色を変えた魔獣達は一斉に僕へと襲いかかる。

 それが僕の挑発であるとも気づかずに。


「オゴォアァァァ!!」


 自分の身を護るように屈み、ボールのような球体を作る。

 そうして血に飢えた獣達が全方位から噛み付く直前、全身の体内にエナジーを巡らせ身体強化を施した。


天からの恩恵(エナジーギフト)・身体強化>


 外見からは特段変わった様子は見られ無いが、効果は(しか)と出ている。強いて言うならば、平常に比べて素のオーラが拡大しているという感じか。

 鋼鉄のように硬くなった皮膚に魔獣達の本気の牙が突き刺さるが、甘噛みと化していた。


「グ、ググ……!?」


 魔獣達はオーラの異変に気づきながらも、依然として牙を抜かない。

 込められた力に更なる力を上乗せし、皮膚を突き破り肉を抉ろうとしている事が魔獣から感じ取れた。

 対抗心を燃やしながら、僕も更なる力でガードを固める。

 

 球体の体勢から身を起こすと共に、脚首に巡ったエナジーを利用し、天井スレスレまでジャンプした。

 かなりの力で噛み付いていたはずの魔獣達だが、いとも容易く吹っ飛ばされ、前線を張っていた周囲の魔獣も風圧に押される。


 自分達が見下していた人間が、一瞬で見上げる側に回った事に、獣達は納得がいってないのか憤慨したように吠えた。


「グギャァアアッ!!」


 うっひゃあ、すごい声。エナジーで強化してなかったら確実に鼓膜が破れてたね。


 吠えた魔獣の首筋を狙って、手に持っている牛刀を投げて一体を仕留めた。


「このくらいかなっ!――と」


 その狙い所と速度は一切の生を許さない、確実に討止(うちと)める一撃だった。


「ヒグァッ!!」


 一体目を仕留めた時の僕の様相は、跳躍してから着地するまでの落下状態である。


 床面に着地したと同時に、踏み締めたその足でクレーターのような穴ぼこを作る。深さは浅いが範囲は広い。

 円陣の最前にいた魔獣達は着地時の衝撃による風圧と、窪みの影響で数瞬浮遊した。


「――――!?」


 眼球が飛び出すかのように驚愕する獣達を他所に、先程仕留めた魔獣から牛刀を再び握り抜き取った。

 血で染った刀を大きく一回振る。

 その行為に意味があるのかと聞かれれば無いと断言しよう。一回大きく振った所で付着した血が完全に落ちる訳でもない。端的にいえば気持ちの問題だ。

 かっこいいから振ったまでだ。


 浮遊している魔獣達の急所をロックオン、回転しながら切り裂いていく。


「グゥアガァァァッ!!」


 一匹一匹と浮いた魔獣が生気を無くし落下する。噴き出す生血で円を形成。

 全包囲に散らばる魔獣の屍体に同胞達が青ざめた。


 ――ドクン、ドクン。


「うっ、エナジーが溜まってきた。

 さっき使ったばかりなのに」


 下腹部から馴染みのある圧迫感を感じていた。


 最近は、以前に比べてより一層生成速度が加速している気がする。成長期だからかな。


 無駄に溜まったエナジーを威圧として一挙に無駄打ちする。

 これには、自身のエナジー(コア)の破裂を防ぐ為、核の容量を空けておく事が必要だった。


 魔獣達も馬鹿じゃない。

 圧倒的な力の差をその身で実感すると、余裕のあった笑みは畏怖へと豹変し、対抗するのを止め、(しまい)には僕に背を向け遠ざかるように駆けていく。

 だが、外に逃げる事は決してできなかった。


「――流石に百匹は多かったか」


 感覚的にはかなりの数を処したはずだが、外観的には一向に減っている気配がない。

 特訓前の百ではまだ少ないだろうという舐めた考えを反省。


 その後も軽快な足取りで、壁に縮こまる無気力な魔獣達の急所を牛刀で掻っ切っていく。

 十匹、二十匹と亡骸は次第に増えていき、自身の体と周囲には魔獣の鮮血で染まっていく。


「――戦意喪失した魔獣達を一方的に斬殺する。

 これじゃあ、特訓じゃなくてただの虐めだな」


 本来なら相手の闘魂を取り戻して、戦闘を再開するのが最善なんだろう。

 けどもしもこれが、特訓では無く生死を分けるような本気の戦いだった場合、僕はどうなっていただろうか?


「うん、負けだな」


 今回の修行相手である魔獣達は僕の力を理解した途端に、逃げるという選択をしていた。


 逃走――即ちそれは、相手と自身の力の差を明確に知らしめたものであり、今の自分達では、僕に勝てないと判断したからに他ならない。

 生きる為の逃走だったのだ。


 幸いにも今回は、修行という事も相まってか魔獣達の闘気は完全に失われている事が目に見えて分かる為、秘策はないと言える。


 だがもしも相手が真の力を隠していたとしたら?

 もっと具体的に言おう、もしも相手が天からの恩恵(エナジーギフト)を認知できた知能を持った人間だったら?


 自分は本気を出したというのにも関わらず、相手にはまだ隠し技が残されている。

 その時点でこちらの勝利は格段と下がるのだ。


 そしてその逃走が、僕を倒す唯一の手段だった場合、自分の力を見せつけてしまった僕は、まんまとその機会を与えてしまった事になる。


 もしもそれが一対一だった場合、まだ僕にも勝機は残るだろうが、今のような一対多となれば無いと言えるだろう。

 いくらでも作戦を立てられて終わりだ。


 能ある鷹は爪を隠すというように、実力を隠し相手の力量に合わせて戦う事も、また強さの一つであるという訳だ。


 勝負に勝って試合に負けた。

 今の心境を表すならばこの言葉が一番的確だろう。

 同時に良い教訓にもなった。


 それともう一つ、僕がここで敗北を認めた理由。

 単純な話だが、負ける事を知らず勝ち続けてきた人間が、初めての敗北に対処できず崩れていくという事例は何ら珍しくない。

 自分の力を過信せず、早い段階から予め敗北を知っておく事で、今後の強さの糧になると考えたのだ。


 言うなれば敗北とは、過程にすぎない。


 そして現時点を以て、もうこの魔獣達にも要はなくなった。このままダラダラと続けていても相手の闘志が戻る事はなさそうだし、早いところ片付けよう。


 ――残りの数はざっと見た感じ四十匹ほど。

 魔獣達は恐怖からか、一向に僕に近付かない。

 かといって、ただ始末するというのもそれはそれで勿体ない気もする。


 ――よし、折角だし遊ぶか。


 どの道全匹始末する事は僕の中では確定事項だ。

 だったら楽しく終わらせよう。

 試してみたい技もある事だし。


「――うぐぅっ!!!!あぁあっ!!

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!爆発するぅー!!

 ひゅーばたん」


 無論、演技である。

 身体強化を解除し、死んだように横へ倒れた。

 充満する血臭と獣臭で鼻腔がノックダウンされるが仕方がない。我慢だ。

 横に寝た理由は単純に、隙を見せれば襲って来るだろうという安直な魂胆だ。


 思考を止めて瞑し、無の境地へと己を誘う。

 十分、二十分、三十分……無意味に時間を浪費する。

 魔獣から噴出した血飛沫が全身に付着した事も相まって、完全な屍と同化していた。


天からの恩恵(エナジーギフト)・聴力強化>


 聴覚だけに意識を集め、耳を研ぎ澄ます。

 部屋全体に伝わる音響が手に取るように分かる。

 左斜め上に3匹、右後ろに10匹、頭上と下方に5匹ずつの計10匹、扉側に溜まって17匹、逃げようと必死だ。


 ――ペタ……ペタ……ペタペタペタ……。

 恐る恐る這い寄る足音を聞いていた。


「バウ……バウバウ……」


 ツンツンと鼻先で右頬を突っつかれた。


「バオ……バオ?」

「ドギャバ」


 左頬からも同じく。


「ギャオオオオンッ!!」

「バガァッ!!」


 まるで会話をしているかのように唸っていた。

 片眼半開きの状態で現状を確認する。


 同志の発するその(いなな)きを耳にした魔獣達は、初期陣形に戻るようにゾロゾロと僕を中心に囲んでいた。


 百匹の円陣を見ているからか、四十匹が少なく感じるな。


 ――さて本題であるコイツらの始末をどうするかだが。

 先刻のように刀刃で一匹ずつ確実に処理していくのは簡易ではあるが時間がかかる。それに動きも単調になるため、修行として集めた意味もなくなってしまう。

 それで得られる物といえば、精々魔獣の急所を狙う精度が上がるくらいだろう。できれば避けたい。


 だからと言ってまとめて倒す事は今の僕にはできない。

 いや、正確にはできるのだが、現況を考えると封印せざるを得ないのだ。


 封印されしその技は――<天の核爆発(エナジーバースト)

 それは、エナジー(コア)に直接干渉することで過剰摂取による内部破裂を起こさせる絶技だ。

 僕を中心にして円状に、全身からエナジーを放出する事で視覚に入らない敵にも死を与える事ができる。

 が、良くも悪くもこの技は、生物のみにしか影響されない為、建造物を巻き込むような大破壊は不可能であった。


 これぞ紛れもない一撃必殺。

 理不尽極まりないその力は自分ですら恐ろしいと感じてしまう。

 人間には使いたくないものだな。


 ――ポール先輩に言われた手前、一番容易で考える事を必要としないこの全体攻撃技は使えない。

 エナジー(コア)に干渉する破裂を行なえば、家畜としての使い物にならなくなってしまうからだ。

 となれば、メイン武器として与えられた一本の牛刀で、生き残った総勢四十匹の魔獣を処理する事になる。

 そう、本来ならば。


 だが、もうこの刀は使わない。


 絶対に落とさないように、と固く握り締めていた力を解き、床に刀が転がった。

 万が一魔獣が刀を扱ったらという事を懸念して、拇指(ぼし)と中指だけにエナジーを使用し、柄の部分をデコピンで弾く。


 ――パァンッ!!


 あ、まずい、思ったよりも音が強すぎる。


「アグァガゥアッ!?!?」


 回転しながら移動する刀が、進行方向にいた魔獣の腓骨(ひこつ)を裁断していた。バランスが取れなくなったのか、ドミノ倒しのように倒れていく。


 ……これはしょうがない。うん、しょうがない。


 自分にそう言い聞かせながらも、掌からは謎の汗が生成されている。


「グギャアッ!!」

「ゴォォォワァァァッ!!!」


 僕が生きている事を知った魔獣達は一定の距離をおくと、再び戦闘態勢に入る。

 だが依然として襲ってくる様子は無かった。


「あーあーあーあぁ、まさかこんな形でバレるとは。

 想定外も甚だしいね」


 襲う事も無ければ逃げる事もせず、僕の様子を伺っているだけの魔獣達。またバラバラに逃げられても面倒になるだけだし、まとまっている今が、楽に処理できる一番のチャンスか。


「正直、この技はまだ未完成で制御が利かないんだけど……まぁいいよね。

 一応名目上は修行だし、実験体として使っても」


 横たわった状態から(おもむろ)に立ち上がる。

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべて。


「斬撃にご注意ください」


「――――――」


 その瞬間、無数の魔獣の首が宙を舞っていた。


 僅か一秒、あるかないかのその刹那で、一匹や二匹なんて物じゃない、十匹、二十匹の首を()ねていたのだ。


「ガ……ググッ、ハ?」


 かつて、これほどまでに分かりやすい獣の焦りを観たことがあっただろうか。

 魔獣達は、ただ死を待つだけの咎人のように、虚ろな表情で自分の運命を悟っていた。


 いや、その内では既に分かっていたのかもしれない。

 自分が家畜として(いず)れは殺される事を。

 楽に死んでいく同種を見て、安堵を浮かべる物がいた。

 同じ家畜として生きてれば、当然仲間の悲鳴や唸り声を聞いていただろう。

 その度に自身も同じように殺されるのだと、現実逃避のように叫んでいたからである。


 また、俺達が何をしたのか?と、言葉の通じぬ相手である僕に問おうとした物もいた。

 それらのアンサーとするかのように、その男は行動で見せていた。――生まれたことが運の尽きなのだと。


 自身の視界の片隅で次々と仲間の首が飛ぶ様を見て、左右から周囲に蔓延る亡骸を見て、次は自分の番なのだ、と。


 その獣は悟っていた。


 残るは一匹。


「身体で感じられる力の成長は得られなかったけど、戦闘において無闇矢鱈に全力を出す事がどれだけ自身を苦しめる行為なのか――それはよく分かったよ。ありがとう」


 その声色は酷く刻薄的で、慈悲という言葉を知らない。

 殺す事に躊躇がなく、流れ作業のように。


 最後に映った魔獣の瞳は、そんな男の笑い顔だった。

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